第30話 謁見
これが、小塚君のお父さんね。
綺麗な顔は良く似ているが、小塚君よりもずっと険のある厳しい表情をしている。
「ごくろうだった。二人が無事で安堵している。あちらでは第一王子が世話になったな」
二人が玉座の下に立つと同時に、国王がねぎらいの言葉をかける。
「このような失態をおかし、誠に申し訳ありません」
二人は胸に手を当てて、身体を折り曲げんばかりに頭を垂れる。
「報告はだいたい聞いた。あの馬鹿が、止せばいいのにマヌーレなど追うからこんなことになるのだ。大切な騎士のお前達まで危険に晒して、いったいあいつには跡取りの自覚というものがあるんだろうか」
国王は大きなため息をついた。
小塚君が捕まって、酷い目にあっているのに、心配よりも罵倒ですかっ。
私は徐々に目がつり上がっていくのを止められない。
彼は責任感が強いから、そして優しいから、愛していなかったマヌーレを探し出し、迎えに行ったのよ。
エスランディアに来てから私は完全に言語を思い出していた。
王の言葉も手に取るようにわかるし、世話をしてくれていた人との会話も問題なかった。
「もともとあれは王子の望んだ婚約ではありませんでした。ですが、国民の異常な盛り上がりと戦勝の功労者である彼女のたっての希望で、立場上断るわけにはいかないとお考えだったのです。王子は自分を抑えて、彼女を婚約者として遇したのです」
飾西君が口を開く。
「あの気が強くて倫理観に乏しい女などやめておけと私は言ったのに、耳を貸そうともしなかった。あいつは最近、私の言うことにことごとく反抗しおって」
「しかし、西の森の開墾や、貴石の産出は王子の指導があってこその成果です。戦の時にも食料や財源としてとても役に立ちました」
「お前らは小さい頃からあいつと仲が良かったからな。かばう気持ちもわかるが」
王が首を振る。
「国を統べると言うことはおままごとではない。伴侶ですら時に切り捨てる勇気も必要なのだ。イスパニエルとはまだいつなんどき何が起るかわからない。この時期にこの国を開けるとは言語道断だ」
「しかし、少数であっても敵陣に取り残された兵士を助けに行く決断をせねば、それを見ている他の兵士は明日は我が身と士気を下げます。王子はいつも前線で戦っていた私たちと同じ目線で感じ、そして戦ってくださいました。真面目な王子にとって、マヌーレ様を助けに行かないという選択肢はありませんでした」
羽光君が叫ぶ。
「王子とマヌーレが敵の手におちています。取り戻す交渉を、それが無理なら私たちにどうぞ援軍をお貸しくださいっ」
深く頭を下げる羽光君と飾西君。王はその熱情を跳ね返すように、抑えた口調で諭す。
「まて、早まるんじゃない。わかっているかとは思うが、奴らの本当の目的は王子ではない、『獣脚丸』だ」
国王の言葉に私の全身がびくりと震える。
「幸いあの日、マヌーレは獣脚丸を家に置いていた。だから獣脚丸は取られずに事なきを得たのだが」王は深いため息をつく。「導師ラータの置き土産。獣人の能力を何倍にも増幅するあの魔法具をイスパニエルは狙っている。呪具を使って変身する獣人といえども、一騎当千の者は数えるほどしかいない。しかし、あの獣脚丸を使えば普通の獣人が一騎当千の戦士になってしまうのだ。彼らの手に渡れば、獣人傭兵にとんでもない力を与えてしまう。そして、獣脚丸が奴らの磨音術で複製でもされれば、イスパニエル軍はとんでもない戦闘集団となるだろう」
「イスパニエルは王子の身柄と獣脚丸の交換を打診してきたのですか?」
王は飾西君の方を見て、首を横に振る。
「いや、間者からの情報では私たちと同様にイスパニエル側も獣脚丸の行方を知らないようだ。おそらくこちらに無いことも知っているのかもしれない。今、王子に吐かせようと苦労しているようだが、まだ王子は持ちこたえているようだな」
黙っている二人を王はのぞき込むように見た。
「私も王子を憎く思っているわけではない。しかし、私たちが王子を返せとおおっぴらに要求すれば、かの国は獣脚丸と引き換えにと公表してくるだろう。王子が捕まったことが国民に知られれば、国が動揺する。表向きは知らないふりをしておくのだ。そして機を見て王子を――」
「王子が責め殺されるかもしれないのに、何を言っているのですか。もはや一刻の猶予もありません」
我慢ができず、後ろに控えていた私は前に進み出た。
「私が王子を助けますっ」
しん、大広間が無音になる。
「私がイスパニエルに潜入して、王子を救い出します――」
国王はキョトンとした顔で騎士二人組に顔を向ける。
「なんだ、この娘は? もしかして、王子の……」
本来であれば報告もすんで落ち着いたところで、実は王子と付き合っているということを羽光君達から正式に紹介して貰うはずだったのだが。
どうも彼に関しては直情的すぎて、自分でもあきれている。
慌てて飾西君が口を挟む。
「この人はマヌーレ様の身の回りの世話をしていた獣人で、マヌーレ様と一緒に異世界に転生してしまったのです。この世界での名前は無く、あちらの世界では――」
「く、黒田竜子です。小塚君とは高校の同級生で、仲良くさせていただいています……」
いや、何言っているのかわからないよね、多分。
言ってしまってから自分で突っ込みを入れる。
「小塚く……、いや王子のことが好きなんです。王子を救いに行かせてください」
王は顔の前で小さく手を横に振る。
「いや、気持ちはありがたいが、お嬢さんではとても歯が立つ相手では――」
私は胸ポケットから獣脚丸を取り出す
天井から下げられた幾多のシャンデリアに照らされて、銀の棒がまばゆく光った。
「そ、それは」王が身を乗り出す。
私はびしっ、と国王の目の前に突き出した。
「私の相棒、獣脚丸」
私の視界のすみっこで、羽光君と飾西君が頭を抱えている。
え? まずかった?
ええい、ここまで言ったら最後までっ。
「お任せください。これで変身して、私が王子をお助けします」
王の口がワナワナと震えて手が傍らのベルを掴む。
「黒田さんっ」
羽光君が私に飛びついた。
「な、何っ」
国王が手元のベルを振って大きく鳴らす。
「あなたにそれを持たせたまま、イスパニエルに行かせるはずがないじゃないですかっ」
飾西君が叫ぶ。
「この娘をここから出すな。獣脚丸を取り上げろ」
王の言葉とともに戸口からバラバラと兵士達が入ってくる。
羽光君が両手を広げて突進し、兵士達を将棋倒しにした。
「こっちだ羽光」飾西君が広間の絵を外して出てきた小さなドアを押す。「国王脱出用の非常出口だ。一直線に大窓につながっている」
さすが、飾西君。どこの情報に関しても超詳しい。
「黒田さん、俺と」
羽光君が私の手を引っ張る。その後ろから飾西君が続いた。
私と言えば、つるつるの床をほとんど引きずられている状態である。
大勢の兵達が走ってくる。皆、内心は仲間である騎士二人に手荒なことはしたくないのだろう、武器を持っている者は居ない。しかし、これだけの兵に取り囲まれたらさすがの二人でも逃げ切れないだろう。
「王の命令です。お待ちください、ハーミ殿、飾西殿っ」
後ろを走る飾西君が、外套の下から取り出したずだ袋に手を突っ込んで、足の下に中身をまき散らした
「悪いけど、僕たちは第一王子直属なんだよ」
「お停まりください、手荒なことはしたくないのです――ああっ」
追ってきた兵士達は、次々に滑って転んでいく。
「ここは建て方が悪くて、少し傾斜がついているんです」
追いついてきた飾西君はすましてまた足元に小さなベアリング用の玉をまき散らした。傾斜に沿って追っ手のほうにコロコロと玉が川の流れのように転がっていく。
「無事に王子を連れて帰ってきたら、彼らに膏薬でも配るとするか」
そういいながらハーミは首元の金鎖を触って、正面の窓から飛ぶ。
すぐさまその姿はケツァルコアトルスに変わり、続いてほとんど飛び移るようにして飾西君が、そして抱きかかえられながら私が首に乗りうつる。
「王子には抱きかかえたこと、くれぐれも内緒にしておいてくださいね」
飾西君がぼそりと言った。
眼下を見ると、飛び立った王宮の窓からなんと国王が身を乗り出している。
私たちを見つめながらゆっくりと右手が肩にあがり、まるで手を振るように左右に動いた。
「お任せください――、私たちがなんとかします――」
私は王に向かって叫んだ。
険のある顔が少し緩んで、送り出すように右手が高く上がった。
「王子も反抗期で衝突が多いけど、なんとかかんとかいいながら国王は王子を心配しているんだ。でも、口から出る言葉は『王』でなくてはならない。辛いところだよな」
羽光君が首を左右に振りながら話す。
「それはそうと、追っ手として俺の親父が率いる翼竜隊が来たらまずいな。家で一番早いのは親父なんだ。そうなったら、悪いが俺では多分逃げ切れない」
だが結局、翼竜隊は現われなかった。
「やっぱり王も、内心では僕たちに救出に向かって貰いたかったんですね」
飾西君が夕焼け空に頬を染めてつぶやいた。
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