第40話 無駄なことなんて無い
いつも学校から帰ったら、おやつを持って部屋に入る。
宿題は夕飯の後。
パソコンを開けて、面白そうな記事を見ながらネットの波乗りをしていく。悲しい記事、面白い記事、感動する記事、そしてびっくりな記事。
すっごおい、そんな発見する人がいるんだあ。
これからこんな機械が作られるかもね。
ぼんやりネットを見る時間、考えなくても興味のあることを見ていけば次々に出てくる興味深い動画。みんなに言わせれば受け身で無駄な時間――でも本当にそうなのかなあ、っていつも思ってた。
あの時、最初の炎を受けた時。
私は自分が下方に逃げて炎をすり抜けた、と思っていた。
でも、焦げたのはむしろ足先の一部。
私は逃げられなかった。真っ向から炎を受けていたのだ。
でも、炎が来た瞬間。
目をつぶり口全体を震わせて、無意識に発射した低い大きな音。
ドゥオオオオオオオンッ
あれが炎を防いだ。
インターネットで見たことがある、大きな重低音で消火する画像。水も化学薬品も使わず、低周波で空気を振動させて燃焼を妨げる、画期的な方法――音波消化器。
私は音波で眼前の炎を消火していたのだ。
私は周りを見回す。けっこうな炎が上がっている。
できるか、私に。
「力を貸して、獣脚丸。そして、小塚君」
できるよ、君なら。
私の心に彼の声が響いてくる。
キラリと獣脚丸が輝いた。
私は大きく息を吸い込む。急がないと一酸化炭素中毒になる。
造竜に向かって思い切り大声を出す。いっぱいに広げた口、いや気管までもが共振するように。
ドゥオオオオオオオンッ、ドゥオオオオオオオンッ、ドゥオオオオオオオンッ
まっすぐに発射された重低音が造竜の炎を押し返した。しかし、息継ぎをすると炎は再び同じくらいの高さで揺らめき始める。
連発した私は咳き込んで膝を突く。
気管の奥がヒリヒリする。苦しい。汚れた空気か、激しい共振のせいか。
いや、まだまだっ。
立ち上がって窓の外の空気を吸う。
炎がある限り、息が続く限り、私は音を出し続ける。
音波に当たると、炎はいったんはひるむものの、音波が少しでも弱まると竜のようにくねり再び音波に躍りかかる。そこを押し込むように、再び重低音で吹き飛ばす。
消失した、と思っても執拗に復活する炎。大きくなる前に再び音波を浴びせる。
何度繰り返したろう。
次第に頭が朦朧としてくる。
ここで負けたら、小塚君には会えない。
私の命に換えても、あの人を救う。絶対にあきらめない。
例え心臓が止ったとしても、根性で私は音波は吐き続けるっ――――。
ふと、窓から吹き込む風が涼しくなっていることに気がつく。
見回すと部屋の中の炎は完全に消え去り、白い煙がくすぶっていた。
息を、綺麗な空気で息を……。息をしたい。
今の私に煙の充満する階段を上がる力は無かった。
フラフラとしながら、エントランスの扉を開ける。
どこで拾ったか木切れに頼りながら、私はゆっくりと歩を進める。
我ながら、なんて姿。
血だらけのセーラー服、焼け焦げたボロボロの靴。
目の前に垂れ下がるチリチリの髪の毛からは焦げた匂いが漂ってくる。
正面の階段を降り始めて、私はふと顔を上げる。
塔の周りを人々がぐるりと取り巻いて、皆こっちを見ていた。
見渡す限り、人、人、人……。
いきなり、分厚い音波の壁が四方から私を襲う。
耳に達する外圧、息が止るほどの衝撃。
それが、万雷の拍手と歓声だとわかるのにはしばらくの時間を要した。
「獣人様、このたびのご活躍、心から感謝しております」
軍服姿の男性が私の立つ階段を駆け上がって来て、深々と礼をする。
「こちらでお手当とお召し替えをどうぞ。お休みの後、国王があなた様との謁見を希望しておられます」
「国王……」
「はい、トーガ様があなたに是非会いたいと」
顔が赤く紅潮する。
うまくいけば王子を連れ帰れるだろうか。それとも、戦わねばならぬのだろうか。
しかし、それは隙間に漏れるわずかな光ほどではあるが、王子奪還に希望が見えた瞬間だった。
そういえば、羽光君は?
周りを見回すが彼の姿はない。
今までもどこかに羽光君がいないかと目で探し続けていた。しかし彼の姿は地上にも空の上にも見当たらなかった。
いの一番に駆けつけてくれるはずの彼の姿がないことは、私の心に大きな不安として影を落とす。そして、得体の知れない不安はもう一つあった。
不安だらけの中、安心したことは私のお世話をリゴン達が買って出てくれたことだった。
「このお嬢さんに何かあればただじゃおかないよ」
王宮の庭に建てられた平屋で女性達は、軍服の男がたじろぐほどの勢いで脅してくれる。
そこは貴人が王宮内に泊まるときに従者が使う宿であったが、王宮に来るぐらいの貴人の従者とあって、なかなか綺麗な建物であった。
「どんな訳があるのか知らないけど、少しおやすみなさい」
ソファに身体を
「目が覚めたら、リゴン特性のスープを飲んでくださいな、レモンを入れたとっても爽やかな香りのスープですよ」
駕籠に山盛りのレモンを見せて、リゴンがにっこり微笑む。
「そんなに使わないだろ」誰かが突っ込みを入れる。「飲めるスープにしておくれよ」
仕込みをしているのか、何かを切るリズミカルな音が聞こえてきた。
ここは敵地の深部、寝られるわけがない……と思っていたが、包丁の調べとぐつぐつと何か煮える音が私の緊張の糸を切った。
いつの間にか、私は泥のように眠ってしまった。獣脚丸だけは握りしめて。
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