第14話 理科室の戦闘(3)

 ギエエエエエエエッ。


 高揚した気持ちとともにガラスがビリビリと震えるかのような咆哮が口から噴出する。

 敵の足が止る。導師が指令を出していたのか甲冑兵の動きが鈍い。最初の導師への一撃がかなり効いているのだろう。

 私のかぎ爪と、獣脚丸が次々と甲冑兵を倒していく。


 冷石と外動、邪魔だ、おどきっ。


 外動に当たらないように、足で兵を蹴り飛ばし、宙に浮いたところを切りつける。

 兵達は残りわずか。まだ余力は充分だ。

 だがその時、導師のしゃがれ声が響いた。


「女どもを拘束しろ」


 甲冑兵たちがいきなり外動と冷石の背後から手を回して自由を奪う。そのまま冷石は、ずるずると部屋の隅に引きずられていった。


「きゃあ、私たち味方よ。言うことを聞いてあげたでしょう」「何するの、助けて」


 外動と冷石の悲鳴に私の動きが止る。


「黒田さん、ぼ、僕はそいつらにだまされて罠に嵌められたんだ」


 飾西君が半身を起こしてかすれた声で叫ぶ。


「おい、この女達がどうなってもいいのか」


 目を血走らせた導師が私のほうをにらみつける。その手には鋭利なナイフが握られており、切っ先は甲冑兵が羽交い締めにした外動の顎にぴったり当てられていた。


「獣人よ、お前はさっきこの女どもが怪我しないように攻撃していたな。お前、同胞を殺す勇気が無いんだろう? たとえそれが敵であっても、な」


 そ、そりゃもちろんでしょう。

 いくら陰険で鬼のような最低女でも、一応はクラスメート、いや人間なんだから。


「お願い、黒田さん、助けてちょうだい。いじめた私が悪かったわ、ごめんなさい。不細工なくせに、超然としているあなたがうらやましかったのよっ。本当は尊敬していたのよ、あなたほど魅力的な人はいないわって」


 後ろに下げられた冷石が、涙と鼻水を垂らしながら、しらじらしく泣きわめく。


「さっさと殺しなさいよっ。あんたみたいな醜い奴は大嫌い、イライラして虫酸が走るの。あんたも私を嫌いでしょ。さっさと見捨てなさいよ」

「何言ってるのよ外動さん」


 後方から冷石が叫ぶ。


「自暴自棄なあなたがみんな悪いのよ、あなた破滅型なのよ。がんじがらめで自由の無い人生が不満だからって私を巻き込まないで。死ぬのなら一人で死んでちょうだい」


 掌返しをする冷石を、後ろに首をねじ曲げた外動が蛇のような形相でにらみつける。


「その銀の刀を離せ、獣人よ。この女達を助けたいのであれば、な」

「だめだ、刀は離してはいけない、姫」


 王子の声。

 わかってる。この獣脚丸がないと、きっとここで私の変身は解けてしまう。

 そうしたらもう王子を助けることなんてできない。


「助けてええ」絞り出すような冷石の声。「誰かああ、せんせーいっ」

「いくら叫んでも無駄だ、ここには結界が張ってある。普通の者は入ることもできず、外へも音は漏れない。お前達は外と完全に遮断されているのだ」


 さっきは、入れたわ。

 試しに横っ飛びに窓に向かう。


 ガツッ。


 自分のパワーがそのまま、自分に跳ね返り私ははげしく床に身を打ち付けた。


 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……。


「助けて、誰か助けてえええ」

「小娘め、いくら叫んでも無駄と言ったろう」


 導師の声など聞こえないかのように、冷石は叫び続ける。歯を食いしばって表情を固めていた外動も、ついに大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めた。

 ふと、憩い園での自分を思い出す。

 私も心底怖かった、恥ずかしかった、悔しかった。

 だが、私が押さえつけられて悶え苦しんでいた時、この女たちは楽しげに笑っていた。

 眉をつり上げた私の顔に気がついたのか、二人の顔が引きつる。

 こいつらなんか見捨てて、王子達を連れてさっさと逃げよう。

 散々いじめた復讐よ――心の中から誘惑の声が湧き上がる。


 でも。


 私は……私には、例え醜くても人としてのプライドがある。

 見かけは恐竜でも、私には人の心がある。どす黒い心を持つあなた達と違う。

 私は小さなため息をついて、肩をすくめる。王子だって絶対この選択をする。


「私が刀を離せば、二人を解放するのね」


 私を見ていた、二人の目が丸くなる。さすがに彼女たちもこの展開は予想していなかったのだろう。

 右手の握力を緩めようとした、その時。


「待て、私がそちらに行こう。だから彼女たちは解放してくれ。そして他の者にも手出しをするな」


 王子が羽光君を制して、歩いてくる。


「いいだろう、お前さえ手に入ればそれでいいのだ」


 導師が口角を上げてうなずく。

 いや、だめ。王子を犠牲に助かるなんて、まっぴら!


「王子っ、やめてっ」私のほうを見て、王子が微笑む。

「最愛の姫を救えるのなら、この命くらい安いものです」

「いい覚悟だ王子。我が主君もお前を待っておられるだろう」


 額から血を流し、目を血走らせた導師が王子に左手で持った杖を伸ばす。


「来い、王子」


 杖から出る見えない力に絡め取られるように、小塚君はその場で硬直する。


「このまま、我とともに来るのだ」


 私の小塚君に何をするっ。

 ええい、今度こそ容赦なく切りつけてやる。足の筋肉が緊張し、剣を持つ手に力が入る。


「姫、動くな。他の者を頼む」絞り出すような王子の声。


 私、どうすればいいの……。




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