第39話 帰還
王都に戻ってくるなり、私とロイドは親方に辞意を伝えた。
「おいおい、うちの将来のエースを引き抜きやがって……」
「ええ!? 引き抜いてもいいって言ったじゃないですか!?」
「まさかロイドが受けるとは思わねえじゃねえか!」
理不尽! これは理不尽である!
だけど、これは親方なりの冗談でもあった。親方はニヤリと笑う。
「気にするな、言っただけだから。お前たちが作るとかいう温泉宿、楽しみにしているぞ。うちで修行したんだ、半端なもん作ったら承知しないからな。あとで見に行くから、腹くくっていいもん作れ」
「はい!」
私もロイドも腹の底から強く声を出して返事をした。きっとそれが、親方の聞きたい言葉だろうから。
戻る――と言っても、特に私がすることはない。
なぜなら、すべての手配は優秀なウラリニスがやってくれるからだ。
「わかりました。出発の日までに私物を用意しておいてください。馬車はこちらで準備しておきますので」
そんなわけで、あっという間に出発の日がやってきた。
待ち合わせ場所の、王都の門前に向かうとウラリニスと立派な馬車が止まっていた。私たちが近づくと、にこやかな笑顔でウラリニスが迎えてくれる。
「お待ちしておりましたよ、クラスト様。準備は万端でございます」
そして、私の隣に立つロイドに目を向けた。
「商人のウラリニスと申します。ロイドさん、クラスト様から話は伺っております。今後ともよろしくお願いいたします。不足がございましたら、ぜひ私めにお伝えください」
「商人の、ウラリニス……?」
何かを思い出すかのように、ロイドがつぶやく。
「ひょっとして、あのウラリニスさん、ですか?」
「あの……おやおや、これは困りましたね。私ごときの名前が広まっているとは。どういう内容ですか?」
「俺も聞いただけの話なんですけど……その、出所不明のとんでもなく高品質な家具を扱っている商人がいるって聞いたことがあって――」
「出所不明ですか……」
笑いをこらえながら、困ったような表情をウラリニスが私に向けてくる。こらこら、そんな意味深な態度をとると、バレちゃうだろ。
「おそらく、そのウラリニスは私で間違いないと思います」
「本当ですか!?」
驚いたような、だが、明らかに興奮を含んだ声をロイドが発する。
「俺、実はその家具を見にいったことがあるんです。王都の展覧会があって――すごい、光り輝くような家具で圧倒されたんです。本当に、本当に、すごかった! あの作者とお知り合いなんですか!?」
「……ええ、まあ……」
そんなことを言いつつ、ややロイドの迫力に気圧されながらも、ウラリニスがさりげなく私に視線を送ってくる。こらこら、そんな意味深な態度をとると、バレちゃうだろ。
「知り合いといえば、知り合いんですね」
「どんな人なんでしょうか?」
また意味深な態度をとるので、私は首を振っておいた。
「残念ながら、出所不明には理由がありまして……本人からキツく口封じをされております。申し訳ないのですが、許可なく伝えるわけには参りません」
「……そうですか……」
意気消沈した後、ロイドはハッとした表情を浮かべた。
「しまった! 申し訳ありません! 初対面の人に取る態度ではなかったですね。反省しています……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろ、頼もしい限りです。今のも、職人としての知的好奇心だと理解しておりますので。すごいと思ったものに首を突っ込むくらいの人でなければ、気概に不足を感じます」
そんなわけで、しばらく私の正体は伏せることにした。
……別に隠すようなことでもないのだけど、今ここで勢いよく教えるのも少し違う気がする。どうせなら、もっと「えええええええええええ!?」と驚いてくれるシチュエーションのほうが面白いだろう。
「それでは出発します。馬車に乗ってください」
馬車に揺られて、私たちは故郷に帰る旅に出た。
なんだか馬車が2年前と比べてグレードアップしている。以前も立派な馬車だったけど、今はごとごとと道を走る振動すら感じられないスムーズな駆動を実現していた。
「ウラリニス、この馬車すごくない?」
「……まあ、その、家具のおかげで儲かっておりますからね」
私が王都でも頑張って家具を作り続けたことがこうやって私自身にも還元される。実に素晴らしい。
もちろん、用立ててくれる宿も料理もちょっとした贅沢レベルのものばかりだ。さすがはウラリニス・プレゼンツ。
「ここまで気張らないでも大丈夫だよ、ウラリニス?」
「いえいえ、クラスト様には利益還元、そして、ロイドさんには先行投資でございます。存分にお楽しみください」
ロイドには聞こえないような小声で言って、片目をつむってくれた。
そんなわけで、私たちはとても快適な旅を続けて、ついに――
「クラスト様、ロイドさん! 到着しましたよ!」
生まれ故郷の村にたどり着いた。
ああ、ついに帰ってきたのか。
私は馬車の窓を開けて身を乗り出した。うん、知っている景色だ。目に映るもの全てが懐かしい。何も変わっていない。広い王都では必ずどこかが変わっていたけれど、ここは何も変わっていない。それはそれでいいとも思う。何も変わらない、あり続ける美しさもあるけれど――
変えたいと思う。そのために研鑽を積んできたから。
このままゆっくりと摩滅し、いずれは地図の上から消えるだけのちっぽけな存在のまま、生まれ故郷を終わらせるつもりなんてない。
「わああ、クラスト様だ!」
「ウラリニス、おかえり!」
子供たちが近づいてきて、馬車の周りを回遊魚のように追いかけてくる。彼らに手を振ってやると、わあああ、という歓声が広がった。
子供たちほど俊敏性のない大人たちも、遠くから私たちに向かってを振ってくれる。
よかったよかった。どうやら、忘れられていないらしい。
そんな様子を眺めていたロイドが口を開く。
「すごい人気だな、クラスト」
「一応、領主の息子だからね」
「え、そうなのか!?」
あれ、まだ言っていなかったっけ? 言ってなかったかもしれない。
「だから、ウラリニスが敬語なんだよ」
「ああ、確かに……ずっと、どういう関係なんだろう? とは気になっていたんだよな」
「僕は領主の息子で、ウラリニスはこの村で商売している行商人――そういう関係だよ」
本当のところは、それに家具を卸している職人と商人という関係もついてくるけど。
「……そういうことか……。それで、お前だけ『様』なんだな……」
「なんだ、ロイドも様をつけて欲しいのかい?」
「いや、いいよ。別に俺はお前より格上とか思っちゃいないからね」
強がりではなく、心底からそう思っている様子の声だった。
「それより、俺もお前に敬語のほうがいいわけ?」
「いいよ、別に急にそんな言葉遣いをされても困るからね。王都の兄弟子だっ説明すれば、誰も何も言わないよ」
馬車が私たちの実家の前についた。
どうやら、親切な村人がひとっ走りして教えてくれていたようで、私の両親と妹が玄関で待っていてくれている。
馬車が止まった。
馬車から降り、私は前に立つ父に声をかけた。背筋を伸ばし、凛とした声を発する。
「クラスト・ランクトン――王都での修行を終えて、ただいま戻りました!」
「うん、よく戻ってきた」
父は一歩、踏み込むと私を強く抱きしめた。
それは暖かくて、力強くて――子を思う気持ちにあふれた抱擁だった。
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