第22話 仕事の後のご飯はうまい
親方が口を開いた。
「おい、坊主。それだけの力があるのなら、ロイドの代わりに荷物持ちができるんじゃないか?」
そのとき、私とロイドの視線がかち合った。
まだ穴掘り作業真っ最中で汗だくのロイドと、涼しい顔の私――作業量も私のほうが圧倒的だ。どちらが荷物運びにふさわしいのか、言うまでもない。だから、
「できますよ」
ためらいなく答えた。
「私がやりましょうか?」
「ロイド、すまなかったな。今日の帰りからこいつに――」
「……いや、いいです」
ロイドが突っぱねた。きっぱりと、という言葉が似合う感じに。
「俺がやりますから。子供に任せるつもりはありません」
「……無理はしなくていいぞ。新入りに任せるのは、うちの慣例だ。悪いからとか気にしなくていいぞ」
「体力不足ですから。荷物運びで体力をつけたいんですよ」
私の掘った穴と、自分の作業中の穴。そちらを見比べて――
目に宿るのは、闘志。
ははーん、どうやらロイドは私に対して対抗意識を持っているのか。でも、どうしてだろうか? ここで始めましてだと思うのだけど。
親方が口を開いた。
「……やりたいのなら、止めない。意味があると思うのなら、やればいい」
「ありがとうございます」
そこで話が終わり、各自、再び作業に戻った。
石を撒き終わったストルンに尋ねる。
「で、この杭をどうすればいいんですか?」
「杭をこの穴に入れて――ああ!?」
ストルンが額をピシャリと叩いた。
「ハンマーを持ってくるのを忘れた。まさか今日中にここまで進むとは思わなかったからなあ……」
「それなら大丈夫ですよ」
私はそう言うと、木の杭を穴に突き立てた。
確か20センチくらい残して沈めるという話だったな……。
私は握った拳を杭の頂点に乗せて、息を吸い込む。
「……お、おい……まさか……そ、そんなことは、ないよな……?」
ストルンが泣きそうな声で何かを口走っているが、気にしないでおこう。
「はあっ!」
ゴン!
すごい音がして、杭が沈み込んだ。
ストルンの絶叫が響き渡った。
「マ、マジかよおおおおおおおおお!?」
「20センチ残したと思いますので、見てもらっていいですか?」
「おいおいおいおい……」
そんなことを言いながら、ストルンが自分の指を当てて長さを測る。わりとアバウトだと思ったのだけど、熟練の職人なのでそれくらいでわかるのだろう。
「本当だ……20センチだ……」
剛毅にして精密なる一撃が、前世の私の真骨頂。これくらいは朝飯前だ。
作業を眺めていた同僚たちが感嘆の声を漏らす。
「すげーこと、やりやがったなあ」
「もう、あいつが何をしても驚かんね。あれは8歳の皮をかぶった化け物だ……」
さっきよりも、受け入れられた感が強い。よしよし、作戦成功だ。
「こいつはモンスター級の新人だなあ……元祖天才のロイドもうかうかしてられないんじゃないか?」
ラードンがからかいの表情をロイドに向ける。
ロイド少年は唇を固く引き結び、じっと私が打ち立てた木の杭を眺めていた。
親方が声を上げた。
「もう、お前ら、仕事するって感じでもないな」
「す、すんません、親方……。あいつがあんまりにもアレなんで、集中力が……」
「おいおい、プロなんだから気持ちは切り替えていかないとダメだろ!」
と言いつつ、親方がニヤリと笑う。
「……ま、俺も人のことは言えねえけど。初日から押しのスケジュールだ。幸先がいいじゃねえか。もうそんなに作業時間も残っていない。今日はここまでだ。一旦、本部に戻るぞ」
荷車に持ち帰る荷物だけを積み込んで、再び私たちはキクツキ工務店へと戻った。
どうにもロイドはお疲れ気味のようだ。なんとなく、私に対抗するために頑張りすぎている感もあったので体力計算を誤ったのだろう。
行きよりも荷車の重量が軽くなったとはいえ、少し辛そうだ。文字通り、荷が重い。
「手伝いましょうか?」
そんなことを言ってみるが、ロイドは首を振った。
「これは自分の仕事だから。体のトレーニングだと割り切っているので、気にしないで欲しい」
その目はどこまでも真摯だった。
本気で、自分のレベルアップを狙っている人間のものだった。
なるほど、そうであれば無理にとは言うまい。
工務店にたどり着くと、すでに戻ってきた職人たちも集めて集会が行われた。各現場でどんなことをしたのか、明日はどんなことをするのか、そんな話だ。特に問題は起こっていないようだ。
「まだ基礎工事の着手で、進捗は――」
我々の現場については親方自身から報告する。
「……え?」
他の現場で働いていた職人たちがぽかんと口を開けた。
「ええと、待ってくれよ、親方。確か、そこの現場って今日からだよな?」
「そうだ」
「1日で進んでいる量、おかしくないか?」
「……まあ、進捗が進んでいるってことはいいことだ。気にするな」
親方は言葉少なげだったが、彼らは彼らで感じるものがあるのだろう。私に向かって、気味の悪そうな視線を向けてきた。……はい、その通りです……。
そんな空気を無視して、親方が告げる。
「おい! クラスト! こっちに来い!」
私が前に出ると、親方は小さな袋を渡してきた。受け取るとき、ガチャッと硬貨の擦れる音が聞こえた。
「他の連中は月極で渡しているんだけどな、お前はまだ見習いだから1日単位だ」
「もらっていいんですか?」
「当たり前だろ。見習いとはいえ仕事は仕事だ。たいした額じゃないが、給料だ。受け取れ」
修行させてもらっているのに悪い感じもするが、素直に受け取ることにした。これは鎖だ。価値のある仕事をしなければならない――そういう鎖だ。修行中の身だと甘えてはいけない。対価をもらう以上は己を律する必要があるのだ。
「ありがとうございます」
伝わってくる重さに喜びを感じた。ウラリニスが家具とは違う、1日の労働という意味ではこれが初めてだ。なかなか楽しい気分になれる。
「お疲れさん。今日は解散、また明日も頑張ってくれ」
初仕事が終わった。
「お疲れ様でした!」
私は元気よく挨拶すると、足早に帰路に着いた。どうにも詮索の嵐が飛んできそうで。まあ、同じチームに詮索の嵐が吹き荒れている可能性もあるけど。それはそれで本人不在のほうがいいだろう。ラードンあたりが面白おかしく報告してくれるんじゃないだろうか。
薄暗くなりつつある王都のメインストリートを歩いていると、朝とは違う風景が広がっている。
具体的には、多くの屋台が出ていた。
きっと仕事帰りの人たちの胃袋を捕まえようとしているのだ。
もちろん、私だって腹が減っている。
「何か食べて帰るか……」
私は明かりに吸い寄せられる羽虫のように、屋台へと吸い込まれていった。
「いらっしゃい!」
20くらいの若い男が威勢のいい声で迎えてくれる。私に向いた彼の目が、ギョッとなった。
「おいおい! こんなガ――」
キという言葉をごまかそうと、男が大袈裟な咳払いをする。
「……ふぅ、ええと……お父さんとお母さんとはぐれたのかな?」
「ううん、違うよ。お腹が空いたから来たんだ。お金ならあるから心配しないで」
ちょうどさっき手に入ったばかりの小銭をテーブルに置く。
それでも8歳児というのが気になるのだろう。腑に落ちない表情を浮かべているが、私は構わず話を進めることにした。
「店の前の看板に書いてあった食べてものが欲しいんだけど」
それが、この店を選んだ理由だった。
看板には、バラバラに刻まれた豚肉の乗った丼の絵が描かれていた。シンプルイズベスト。腹が減っている状態では、そういうものが食欲に直撃してくる。
「あいよ。だけど、うちが扱っているのはあれしかないんだけどな」
そういうと男は手前にある桶の蓋を外す。湯気がモワッと吹き出し、現れた熱々の白米を丼に盛り付ける。もう、それだけで美味しそうじゃないか!
もちろん、それだけでは終わらない。
コンロの上にある大きな鍋から、作っていた食材を丼にかける。それは1センチ角くらいに切られた豚肉だった。染み込んだタレの色が実に食欲をそそる。
ああ、早く食べたい……。
あっという間に丼が完成した。
「はいよ、ルーローハンだ」
ほかほかの豚バラ丼から、いい香りが漂ってくる。腹が減って仕方がなかった。肉肉肉、タレ、白米! これほど幸せな組み合わせもそうないだろう。
スプーンを手に取った。
「いただきます!」
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