第21話 スコップ無双

「よーし、始めるぞ。ストルン、こっからはお前に任せる」


「はい」


 ラードンと同じくらいの年齢の男が反応する。ストルン……確か、石工のスペシャリストだったか。


「今日は新入りがいるから、何をするのか説明するぞ。まず基礎作りのために穴を掘ってもらう。場所は細い棒の立っている場所だ」


 にストルンの言う通り、空き地のあちこちに何本か細い棒が立っていた。

 話してくれた手順を並べると、こうだ。


・まずはスコップで穴を掘る。高さは1メートル。底は平らにならしておくこと。

・片付いたら、持ってきた砂利や小石を底に敷く。

・基礎用の木の杭を打ち込む。杭のてっぺんが地上から10センチくらい浮かせる。

・土を穴に戻す。戻す際、杭の周辺に砂利や小石を撒いていく。


 ……なるほど。

 家の支えとなる木の杭を土中に打ち込む、ということか。


「作業の工程管理は俺が行う。基礎はやり直しがきかん。きっちりやってくれ。以上だ」


 話が終わると同時、職人たちが荷車からスコップを取り出して穴掘りを始めた。

 私はスルトンと一緒に作業することになった。


「お手並み、拝見させてもらうぞ?」


「頑張ります!」


 差し出されたスコップを受け取りながら、私は応じる。


「ところで、石工なのに、基礎工事の工程を管理されているんですか?」


「ん? 別にそんなに不思議でもない。大型な建築の場合は木の杭じゃなくて石で基礎を作るからな。もともと基礎はそういったものを作るためにできた技術だ。そんなわけで石工の仕事なんだよ。石を切ったり磨くだけが能じゃないんだぜ?」


 深いなあ……感動してしまった。

 家とは、人が快適に過ごしたいと思った頃から始まる技術だ。ある意味でそれは、人の究極の願いなのかもしれない。それゆえに奥深く、多岐に渡っている。学びがいがあるじゃないか。

 ストルンが土を掘り始める。

 そんな彼の様子を眺めつつ――

 さて……どうしたものか?

 もちろん、作業をするかどうかの問題ではない。どれくらい本気を出すか、という話だ。

 実は穴掘りも得意なのだ。ストルンや他の職人の掘っている様を見て、思う。間違いなく、私が本気――いや、普通に掘るだけで、圧倒的なスコアを残すだろう。

 それはきっと、私という人間への疑惑になるのだけど。


 ――私の魂もまた生まれ変わる。気をつけることだ。お前の存在を見つけ次第殺す……抵抗する余地などないと思え。


 私を転生させた邪竜グリモアの言葉を思い出す。

 あまり、目立ちたくないのだけど……。

 サクッ。

 そんなことを考えつつ、私はスコップを地面に突き立てた。掘り返した土を捨てる。


「お、なかなか器用に扱うじゃねえか!」


 そんなストルンの声が聞こえる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。楽しい。だんだんと周囲よりペースが速くなっていく。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。サクッ、捨てる。

 うん、吹っ切れようか。

 私は思う存分、土を掘り始めた。


「な、なんだあああ!? おいおい、新入り!? 張り切りすぎだぞ!?」


「いや、速い!? ガキのできるものじゃねえぞ!?」


 動揺が他のメンバーたちを襲う。

 うん、そうなるね。知っていた。

 だけど、これでいいと思っている。どうにも手を抜くことが難しい。前世の頃から全力を尽くすことを礼儀としていた。あえて手を抜く――無理だ。そもそも、私が手を抜くということは、他人の仕事が増えることなのだ。どうにもそれが、耐え難い。根が真面目なのだろうなあ……。

 周りは作業の速度に驚いているが、歯痒いものも感じている。

 前世の私ならば、スコップで掘るなどと無駄なことはしないでも良かった。拳の一振りだけで、地面を抉っていただろうに。過去の栄光を顧みると虚しさが先立つな。


「くそ、8歳児に負けてられるか!」


 そんな感じで職人たちも必死に掘り始める。

 だけど、1メートルの穴を掘り切るのは私が最も早かった。……途中からストルンは私の作業の邪魔にならないよう見学していた上で、だ。


「終わりましたよ」


「あ、ああ……すごいな……まさか、今日のうちに到達するなんてなあ……」


 あっけに取られながら、ストルンが懐から取り出した赤い紐を穴に垂らす。


「深さは問題ないな。とりあえず、先に作業を進めるか」


 荷車に戻った。

 いろいろな荷物のうち、ストルンが指をさしたのは長さが私の身長くらいの木の杭と、小さな石の入ったバケツだった。


「この木の杭を打ち込むことになる」


「なんだか、黒いですね」


「防腐剤としてタールを塗っているからな」


 バケツを手に取ってストルンが穴へと戻っていく。


「まずは底に砕石をばら撒く」


 石を穴の底へと投げ入れているストルンに私は話しかけた。


「あのー、スルトンさん、これどうしましょうか?」


「ん――って、うわああああああああ!?」


 スルトンの絶叫に、職人たちが目を向けて叫び始めた。


「えええええ!? おいおい、お、お前、何持ってるんだよ!?」


「へ?」


 ラードンの声に、私は間の抜けた声を漏らしてから応じた。


「木の杭ですけど?」


「木の杭ですけど? じゃねえええええええええええええええええええ!」


 ラードンが周辺にいる全員分の声を代弁するかの勢いで叫ぶ。


「なんで、そんなクソ重いものを、お前は平気な顔で持てているんだ!?」


 私は荷車から持ち出した木の杭を肩に担いでいた。

 ……確かに、色々とまずい絵面な気がするな。


「田舎育ち、なので?」


 手は抜きたくないので、全力でやって誤魔化す方針で行ってみよう。


「田舎者だからって、そんなに体力あるわけないだろおおおおおおおおおおお!」


 誤魔化せなかった。


「あのな、こちとらもう何年も力仕事してるんだよ! 8歳児に超えられるはずないだろ!」


 実際、その通りだ。

 一応、筋トレは続けているけれど、この肉体そのものは常識の範囲を逸脱しないので、大人と比べれば話にもならない非力さだ。前世であれば、8歳の頃には世界アームレスリングチャンピオンにも勝てたのにな。相手は両手で、私は小指で。

 であれば、どうやっているのか。

 技である。前世で100年かけて磨き上げた技を使って、最小の筋肉で最大の仕事効果を発揮するように立ち回っている。

 もちろん、彼らはそれを知らないのでおかしく感じるのだろう。

 ちなみに、この技を教えることはできない。教えても無駄というべきか。あまりにも高等すぎるので、誰にも学べるようなものではないのだ。

 理解の外に理がある以上、私を彼らに理解させる術はない。


「田舎者なので、子供の頃から親の手伝いで鍛えられているんですよ、ええ」


 繰り返す正面突破。

 周りの職人たちも、そんなアホな、という顔をしているけど……。

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