第30話 2年後の決断

 それから2年の月日が経った。

 ……あっという間だったな。あれから親方に従って、多くの建築をこなしてきた。おかげで、ずいぶんとレベルアップした。


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名前『クラスト・ランクトン』

性別『男』

年齢『10歳』

特性『全生産適正』



習得スキル

『作図Lv61』『造形Lv37』『木工Lv75』『革細工Lv22』『解体Lv25』『料理Lv12』『建築Lv45』『石工Lv32』『塗装Lv33』

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 木工に関しては家具作りもしていた関係か、今なら親方にも引けを取らない。

 ……それ以外に関してはボロボロだけど。

 とはいえ、建築家としての技量はかなりの水準に達した自負はある。それは自己評価だけではない。私は2人しかいないキクツキ工務店の筆頭職人に名を連ねていた。

 もう一人?

 もう一人はロイドだ。

 彼もまた才能を認められて、先日その地位を与えられていた。本人は「いや、お前と並んでいる自信はないのだけど。恥ずかしいな……追いつけるように頑張るよ」などと言っていたけど。

 ちなみに、親方は別格なので筆頭職人ではない。そもそも職人というより、親方なので。

 建築に関するスキルも知識もずいぶん溜め込めたと思う。

 だから、どうしてもよぎってしまうのだ。

 ――そろそろ次のステップに踏み出すべきじゃないか?

 そんな考えが。

 私のゴールは超一流の建築士になることではない。あくまでも、故郷に温泉宿を作ることだ。そして、それを為すだけの見識は手に入った。

 ここまで育ててもらった恩もあるので心苦しいが、最初からウラリニスから修行という名目は伝えてある。不義理ということもないだろう。

 次の仕事を最後にするべきか。

 最近はそんなことをよく考えている。


「ロイド、クラスト。こっちに来てくれ」


 親方が私たちを呼ぶ。

 ちょうど案件が終わったところだ。おそらくは次の案件に関する話だろう。私たちは事務所にある親方の部屋に集まった。


「ロイド、次の案件はお前に任せたい」


「俺ですか……?」


 ロイドは隣で目を丸くしている。無理もないだろう、現場監督になるという意味なのだから。今までは親方か、年嵩のいった実績豊富な先輩職人が担当していたけど。


「不満か?」


「い、いえ、そんなことは!」


 ぶんぶんとロイドは首を振った。


「ですけど……俺よりもクラストのほうがいいんじゃないですか?」


「俺はお前を指名した、それ以上の理由が必要か? どうするんだ、やらないのか? やらないのなら別のやつに回すぞ?」



「受けます」


 ロイドはしかと親方の目を見て、きっぱりと言った。親方が満足げに頷いた。


「そうだ、それでいいんだよ。目の前にぶら下がったチャンスは全力で掴みにいけ。そこで尻込みするやつはダメだ。わかったかな?」


「はい!」


「クラスト、お前も同じ現場に入ってもらう。ロイドを支えてやってくれ」


「もちろんです」


 親方が私よりも先にロイドを現場監督として選んだことに不満はない。現場監督に必要なのは職人としての技量だけではないから。ロイドの見識はそこに達していると私は思っている。逆に、私にできないか、と言われると、中身は100を超える老人なのでできないはずもないのだけど、外見は10歳だからな。やはり色々と問題はある。

 それに、ロイドの才能も偉大なものだ。

 ここで私に先を越させて、気持ちを煽るよりは、年数を考えてロイドを先に進ませる判断は理解できる。今後のモチベーションも考えれば、この判断は正しいだろう。


「お前たちが、これからのキクツキ工務店の柱だ。それだけに重要な仕事を任せる――」


 当分に私たちに視線を送った後、親方が続ける。


「細かい話は明日だ。今日は帰ってくれていいぞ」


「わかりました。クラスト、一緒に飯でも食べて帰るか?」


 ちょくちょくロイドとは帰りがけに食事をともにする回数が増えてきた。あのルーローハンはロイドも気に入っている。

 しかし、私は首を振った。


「親方と少し話をしたいから、また今度でいいかな?」


「ん? わかった。じゃあ、また明日な」


 そう言って、ロイドは部屋を出ていった。

 親方が私に声をかけた。


「どういうことだ、まさか、どうして俺じゃないんだ!? とか言わないよな?」


 冗談混じりの声だ。2年の付き合いだから、さすがに私がそんなことでキレる人間ではないことくらいわかっているのだろう。


「そんなの思っていませんよ。実は――」


 そして、私は続けた。


「今回の仕事で最後にしたいと思っています」


「やっぱり、思っているじゃねえか!?」


「ええ!?」


「不満があるから、辞めるんだろ!?」


「ち、違います!」


 ……確かに、この話の流れだとそう解釈されても仕方がないかもなあ……。

 親方はわりとヒートアップしていて、プチお怒りモードだ。己の真意が伝わっていないので、こいつはなんなんだ、という感じなのかもしれない。

 誤解を解かなければ……。


「別に今日のことがなくても、そろそろと考えていましたもともと田舎に温泉宿を作りたいと思っているんです。そろそろ着手したいと思いまして」


「……あー、2年以上も前だから忘れかけていたけど、そんな話だったなあ……」


 残念そうに親方が息を吐く。

 ……胸が痛むな。前世でまだまだ面倒を見るつもりだった弟子から、独り立ちを相談されたときのことを思い出す。おそらくは似た気持ちなのだろう。


「確かに、お前の腕なら、それくらいできるだろう。お前が本気でモノを作るんだ。とんでもないものができるんだろうな……それを見たい気持ちもある」


 うん、と親方が頷いた。


「わかった、笑顔で見送ってやるよ」


 笑顔というには、不敵すぎる笑みを親方が浮かべる。

 そして、その気持ちもまた、私には理解できた。結局のところ、私もまた旅立ちたいという弟子の背中を押してやったから。


「いいか、うちで学んだ以上、最高の宿を作るんだぞ」


「もちろんです」 

 言われるまでもない。今世の私の、最高の作品と言わしめるものを作る覚悟だ。

 一拍の間。

 私からの話は終わったから当然だろう。話題を提供しなければ、話は途切れる。私は辞去を口にしようとしたが、それより早く――


「で、お前だけなのか?」


「え?」


「……ロイドはどうするつもりだ?」


 ……見抜かれていたか。

 親方が言わんとしていることは、こうだ。ロイドを引き抜くつもりなのか? と。

 私とロイドの仲がいいのは工務店でも知れ渡っている。大きな事業を始めようとする私が、ロイドの腕を借りたいと考えるのは当然の流れだ。

 実際のところ、少し悩んでいる。

 村に、私以外の大工が必要だと考えていたからだ。これから村を発展させていくとなると、私だけでは手が足りない。

 それにロイドはうってつけだ。

 若くて、技量も確かだから。温泉宿を作る際は当然のこと、今後の村の発展においても私が仕事を託すに足りる大きな戦力になってくれるだろう。

 ……だけど、問題が2つある。

 1つはロイドには夢があること。父親を超える大きな建築家になりたいと言っているのに、片田舎の職人を頼むのは何かが違うんじゃないか。

 そして、もう1つは親方への義理。

 私とロイドは凄腕揃いの工務店においても一目置かれる存在だ。そんな二人が同時に抜けるとなると、手痛い打撃になるのは間違いない。

 さっき親方は言っていた。

 ――お前たちが、これからのキクツキ工務店の柱だ。

 なのに、私がロイドを引き抜くのは不義理以外の何物でもない。


「誘うつもりはありません」


「そうか」


 じっと親方が目を細める。


「俺の話を勘違いするなよ。裏のある言葉なんて使わないから。そのままの意味だ。いいか――」


 すっと息を吸ってから、親方が言葉を吐き出した。


「好きにしろ。誘いたきゃ誘え。俺に遠慮はするな」


「……え?」


「お前たちがいなくなったところで、うちは困らないさ。忘れるなよ? キクツキ工務店はずっと前から王都でトップランクだ。お前たちがいなかった頃からな」


 ニヤリと親方が笑みを浮かべる。己の技量を誇るように。おそらくは当代における最高峰の職人としての矜持がそこにある。

 思わず、背筋が伸びてしまうような。


「お前の好きなようにしろ。わかったな?」


「……はい」


 一礼して部屋を出た。

 親方なりの気遣いなのは明白だ。これから大きな事業に挑むのだから、遠慮はするな。使えるものはなんでも使え。ありがたい限りだ。辞めるというだけでも気が重いのに、そこまで言ってもらえるなんて。

 ……ああ、私は本当に、いいところで修行させてもらっていたんだなあ……。



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