第31話 仕事の受注

 翌日、親方が詳細な話をしてくれた。


「仕事は王都から半日ほど先にある宿場町だ。そこの実力者が大きな邸宅を建てるらしくてな、それで俺たちに白羽の矢が立った。予算は――」


 値段を聞いて、私は少なからず驚いてしまった。かなりの大仕事だ。その衝撃はロイドも同じらしい。


「実力者だからな。それなりのものを作りたいらしい。で、うちなわけだ」


 ニヤリと親方が笑う。


「この宿場町はな、ずっと大手の工務店とその下請けが仕事を抑えていてね、全然こっちには流れてこないところなんだ。今回はそれをおしてのご依頼だ。キクツキ工務店の仕事を知らしめれば、今後の仕事にもつながっていく。失敗はするなよ」


「……なおさら、俺でいいんですか?」


「なんだ、まだクラストを推すのか?」


「い、いえ……そうではなくて……親方のほうがいいんじゃないですか?」


「俺が二人以上いるなら、いいかもな。だけど、他の案件で手一杯だ。でも、他には取られたくねえ。だから、信頼できるお前たちを当てるんだ。わかるか?」


「はい!」


 ロイドの顔に戦うものと同じ表情が浮かぶ。託されたものとしての責任を両肩に感じているのだろう。うん、素晴らしい。


「とはいえ、だ。この仕事なんだが、実はまだ受注していない」


「え、そうなんですか?」


 尋ねるロイドに、親方が頷いて返した。


「宿場町の大手工務店が相当にゴネてな。テストをすることになった。腕比べをして、勝ったほうに仕事を発注するらしい。そんなわけで、行ってきてくれるか?」


「もちろんです」


「負けるなよ? 負けたら始まりすらしないからな?」 

「当然です。負けるつもりはありませんし、キクツキの名前に泥を塗るつもりもありませんよ」


 そんなわけで、私とロイドは馬車に乗って宿場町へと向かった。

 朝すぐに出たので、今はもう夕方ごろだ。

 活気はあるが、どこか整然とした王都と比べて、宿場町は実に賑やかだった。多くの宿が立ち並び、客を引き込もうと熱を入れている。客たちの半分は王都に向かう人間なので、さまざまな期待に胸を焦がしてテンションが昂っている。

 自分が王都に目指していることを思い出し――あんまり興奮していなかったな。中身が100を超える老人なので、すでに枯れているからなあ……。ウラリニスは「クラスト様は年に似合わず落ち着いていらっしゃる。実に大器ですな」と感心していたが。いや、そういうのじゃあないんだよな……。

 隣を歩くロイドが口をひらく。


「もう遅い。今日は宿に泊まって、明日、出かけよう」


「わかった」


 今日はベッタリとロイドと一緒にいるわけだが、独立の話はまだしていない。

 初の現場監督で集中したいだろうし……そもそも、この話自体がロイドにとっていい話なのかも私にはわかっていない。

 親方への義理が問題なかったとしても、ロイドの夢の件は無視できない。

 もちろん、最終的な判断は彼本人が下すだろう。夢を追い求めるのなら断るのも当然で、それ自体は問題ない。

 だが、即答できなければどうだ。

 悩ませるとすれば。答えを考えることも、断ることも。それはストレスがあるものだ。

 だから、安易には聞けなかった。聞かないほうがいいのかもしれない。私にやるべきことがあるように、彼にもまた、やるべきことがあるのだから。

 そんなわけで、私は彼に何も言わなかった。

 私が辞めることも、この仕事が終わるまで告げることはないだろう。


 翌日――

 私とロイドはクライアントの元へと向かった。


 さすがに朝だと、メインストリートも静かなものだ。宿を出て次の出発地へと向かう旅人たちが足早に歩いていく。

 そんな様子を眺めながら、ロイドがのんびりと口を開く。


「王都育ちの俺からすると、なかなか珍しい風景だな。ちょっと建物の建て方は雑だけど、この感じにはあっているのかもな……いや、そういうものでもないような……」


 職業柄なのか、そんなことをぶつぶつと言っている。

 確かに建築のクオリティは甘い。細部が雑、というか。それはキクツキ工務店のレベルと比較してではなく、一般的な工務店と比べて、だ。正直、お粗末。それは泊まった宿の内装にも言える。こんな仕事をしていたら、親方にどやされるレベルではない。

 ――この宿場町はな、ずっと大手の工務店とその下請けが仕事を抑えていてね、全然こっちには流れてこないところなんだ。

 そんなことを親方は言っていた。

 つまり、どの建物も『大手の工務店』とやらが仕切っていたのだろう。こんなものを作るなんて、なかなかに悪徳な感じもするが、ただ未熟なだけなのだろうか。

 考え事をしているうちに、クライアントの家にたどり着いた。

 クライアントの名前はラクタル。この街でいくつもの宿を経営しているやり手の一族の現当主である。執事に親方から渡された手紙を見せて客間で待っていると、ラクタルが姿を現した。口髭を生やした、歳の頃は30代くらいのダンディーな男性だ。


「私がラクタルだ。君たちが? ずいぶんと若いな……というか、子供?」


 私たち――特に私をしげしげと見つめながら、ラクタルがそんなことを言う。確かに、10歳の子供が建築家としてきたら、びっくりするだろう。ロイドですら16歳だし。

 ロイドがキッパリと答える。


「年は若いですが、腕は大丈夫です!」


「確かに、キクツキさんからの書状には凄腕と書いてあったけど……こういうのはダメなやつですとは絶対に書かないものだからねえ……」


 ラクタルが小さな笑みを作って応じる。

 だけど、目は笑っていない。辣腕家の容赦のない視線が私たちを値踏みしている。


「ま、それもすぐにわかるだろう。受注の条件は聞いているかい?」


「はい。腕を確認してから、と」


「ああ……申し訳ないね。色々としがらみがあってね」


 本当にめんどくさそうな様子で、ラクタルが手を振る。


「この街の建築は『グレイドーン工務店』が牛耳っているんだ。何世代も前からね。正直ね、私は納得していないんだ。君たちだって見ただろ? あの微妙な建物の作りを。若い頃、私は王都の学校に通っていたから、わかるんだよ。それも競合がいないからってべらぼうに高い値段で……。彼らが善良で腕のいい職人であれば構わないけど、そうではないんだ。私はそんな状況に風穴を開けたくて、外部に発注することにしたんだけど――」


 はあ、と大きなため息が続く。


「なかなかね、こう……圧力も強くて。この宿場町じゃあ、彼らも力を持っているんでね。今回のような状況になってしまったんだ。手間を取らせるようで悪いけど、ちょっと腕の差ってやつを見せてやってくれないかな?」


 悪徳工務店ということで問題ないようだ。

 ならば、こちらとしても手心を加える必要もない。

 ロイドは私と顔を見合わせて、頷いた。


「お任せください! ご期待に応えて見せます!」


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