第32話 腕前は、これくらいだが?
「では、グレイドーン工務店に向かおう」
私はラクタルに連れられてグレイドーン工務店へと向かった。
グレイドーン工務店はキクツキ工務店と似ていて、事務所の横に大きな作業場の建物があった。ラクタルが出入り口をくぐる。
「私だ、ラクタルだ。グレイドーンさんを呼んでくれ」
頼まれた職人が奥へと行き、40くらいの男を連れて戻ってきた。長身でスキンヘッドの男だ。非常に筋肉質で、服の胸や肩がパンパンに張り詰めている。あと、目つきが尋常じゃなく悪い。この剣呑さは、職人というよりはもっと澱んだ世界のものを感じさせる。
「おお、これはこれは、ラクタルの旦那。よくきてくれましたな。うちに発注するってことで固まってくれました?」
私たちなど見えていないかのような放言だった。
もちろん、見えていない、などと牧歌的な解釈をしてやるつもりはないが。
「前にも言っただろ? 腕を見せて納得させてもらわなきゃいけないって。ここにいるのがキクツキ工務店の人たちだ」
私たちが会釈すると、帰ってきたのは大爆笑だった。
「アーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
私たちを見下ろし、腹の底から大笑いする。
「いやいやいや、ちょっと待てよ!? マジか!? マジなのか!? 王都でも最高峰と名高いキクツキ工務店の使いが、こんなガキどもなの!?」
そう言ってから、さらに大笑いを繰り返す。
「ひーひひひ、マジか。ふざけすぎだろ。ラクタルさん、こいつはふざけていますよ。こんな奴らをよこすなんてね、キクツキはここの仕事を適当に考えているんですよ。王都の外なんてガキでいいだろ、みたいなね。ほら、ここの仕事を本気で考えているのはうちですよ、うち。うちに任せてくださいよ。悪いふうにはしませんから」
しかし、ラクタルは揺らがない。
……まだ我々を信頼しているようには見えないので、どうやら本質的にグレイドーンを信じていないのだろう。
「残念だが、前にも言った通りだ。腕比べをして結果を見せてもらおう。彼らは仮にもキクツキが代理としてよこした人間だ。足蹴にするつもりはない」
「マジですか。はあ〜〜〜〜〜〜。おい、卵の殻のついたガキども、ハンマー持てまちゅかあ? 釘を打てまちゅかあ?」
グレイドーンが全力で煽ってくる。それを聞いた背後にいる職人たちも、我々を見て笑っている。まとっている雰囲気が、普通の職人のそれではない。どうやら、全員、グレイドーンと同じ穴の狢というわけか。
「では腕比べをしてもらう」
これ以上、グレイドーンの暴言に付き合うつもりはない、そんな意思を示すようにラクタルがキッパリと言った。
「では、犬小屋を作ってもらおう。その出来がいい、と思ったほうに依頼を出す」
「あっという間なんで。おいそこのガキども、二人で作ってもいいぞ。じゃないと、時間がかかって仕方がないからな。せめて完成くらいさせろよ?」
「……俺が――」
行く、と歩き出そうとするロイドを引き止めた。
「僕に行かせて欲しい」
……本来であれば、ロイドに行かせるべきなのだろう。彼が責任者なのだから。そして、直前までそうするつもりでいた。
だけど、気が変わった。
もちろん、ロイドが負けるとは思っていない。すでに彼らの技術は見切っていから。ただ、負けた衝撃という点では、私のほうがいいだろう。
16歳のロイドに負けるよりは、10歳の私に負けたほうが、彼らに衝撃を与えられるはず。
さすがに、こうまで言われて引っ込んでおくつもりもない。
「はっ! マジかよ、小さいほうがくるのかよ!? なあ、ぼくちゃん何歳?」
「10歳だよ」
「俺の四分の一かよ!? つーか、お前が生まれるより前から俺は職人やってるんだよ! 負けたら外で歩けなくなるなあ!」
「なら、そうしてあげよう」
「アアアン!? ガキが、調子に乗りやがって!」
そんなわけで、ついに腕比べが始まった。
作成物は『犬小屋』――デザインはどうでもいいらしい。ラクタルによると、作成スピード、品質の高さ、デザインの良さを総合的に判断するらしい。
「木はこちらにあるものを使っていいんですか?」
「好きに使えや。おい、工具はどうした? 手ぶらで何をするつもりだ?」
ロイドは工具を持ってきているが、私は言われた通りに手ぶらだ。もともと、作業をするつもりはなかったからだけど、何も問題はない。
「別に……なくてもどうにかなりますので」
そこら辺にある丸太を、私は手刀で叩き切った。
「……は?」
ノコギリをギコギコと動かして木材を切っていたグレイドーンがぽかんと口を開ける。一瞬にして、全員の視線が私に集中した。
ふふふ、実に気分がいい。
へ?
と言われることの、なんと甘美なことか!
いつもなら基本的には工具を使うことにしているのだけど、こういったシーンでは肉体工具を使ったほうがいい。わからせるとしようか、世の中には、お前たちの理解の及ばない領域があるということを。
私は次々と木材を解体し、犬小屋用のパネルを作っていく。パネルを接合させるために釘を打ち込むが、もちろん、ハンマーは使わない。
ただただ、指で釘を押し込む。
メリッという音がして、それはあっさりと沈み込んだ。
「おおお、お前は、なななな、何をしているんだああああああああ!」
必死にハンマーでカンカン釘を打っているグレイドーンが大声で叫ぶ。
「何って、釘を打っているだけだけど?」
「ハンマーは!? ハンマーはどこだああああああ!?」
「いらないでしょ? 別に釘は打ち込めているし」
「あああああああ! 意味がわかんね!? 意味がわかんね!?」
「よそ見していると危ないよ。指を打っちゃうよ」
「あぎゃああああああああああああああああ!?」
案の定、グレイドーンは指を打ってしまった。ごきん、という音がして、親指を押さえて飛び跳ねている。
「ハンマーなんて使うからだよ。使わなくてすむに越したことはないんじゃないかな」
「クソガキがああああ!?」
グレイドーンはここで降参となった。なぜなら、打った指が痛くて作業ができなくなったからだ。勝負あったか、と思ったら、部下が代理となって継続する。
「おいこら、負けたら承知しねえからな! 死ぬ気でまくれ!」
代理の部下に大声で葉っぱをかけている。……負けたらというが、すでに負けそうなのはお前のせいだと思うのだがなあ……。
なかなか気の強い性格だな。
負けたら鉄拳制裁くらいありそうで、やや悪いなあ、とも思うが、彼らもまたグレイドーンに便乗して私とロイドを笑ったのだ。手を抜いてやるつもりはない。もちろん、笑っていなくても、負けてやるつもりはないのだけど。
「終わりました」
私はあっさりと犬小屋を作り終えた。グレイドーン側を眺めると、まだまだ進捗率50%を超えたくらいだろうか。
スピードにおいて、私の勝利は揺るぎない。
そして、品質においても、無論。できている部分だけを比較しても、その差は歴然。スピードだけでも食らいつこうとしたのか、とにかく荒い。そして、そのスピードですら追いつけていないのだから滑稽である。
「……うん、終わったな。もういいよ、君」
ラクタルが終わりを告げる。グレイドーンの代理職人が手を止めてうなだれた。自分自身できっと結果はわかっているのだろう。グレイドーンが歯を噛み締めて、顔を真っ赤にしている。
ラクタルが私たちに視線を向けた。
その目には、腕比べ前とは違う、私たちへの明らかな敬意が宿っていた。
「さすがだよ、さすがは、キクツキ工務店が派遣してくれた職人だ。疑って悪かった。君たちならば、素晴らしい仕事をしてくれるだろう。是非とも君たちにやってもらいたい」
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