第33話 暗躍されても大丈夫
「ま、待てよ!」
慌てていたのだろう、敬語すら忘れてグレイドーンが叫ぶ。
「まだ勝負は終わってねえ! こっちのができてからにしてくれ!」
大声でラクタルがため息をついた。
「グレイドーンさん、いいか、できていないから勝負が終わったんだ。少しくらいの差なら待つが、半分くらいしかできていない。話にならないだろ」
「くっ! クソが!」
腹が立ったのだろう、作りかけの犬小屋を蹴り飛ばし、代理で戦っていた職人の顔を平手で打つ。
……わかりやすく、クズな男だな。
「お前たち、覚えていろよ! この借りは、必ず返すからな!」
そんな殺気に満ちたすごい目でお見送りされながら、私たちはグレイドーン工務店を後にした。
ちなみに、犬小屋は王都まで持ち帰ることにした。あそこにおいておくと、必ず腹いせに破壊される気がするので。この子が可哀想だし、加えて、ウラリニスに渡せば大喜びで売り捌いてくれる気がしたので。
別れ際、ラクタルがこんなことを言ってくれた。
「頑張ってくれ。君たちに期待している。ここの硬直した建築業界を動かしたいんだ。ぜひ力を貸してくれ。期待しているよ」
私とロイドはやる気に満ちていた。
この期待には答えないといけない。あんな程度の奴らに家を建てられる人たちがかわいそうじゃないか。誰もがすごいと思うものを作り上げよう。
王都に戻り、親方に今回の件を報告すると大笑いしながら喜んでくれた。
「あっはっはっはっはっはっは! それは気持ちいいな! よくやった! お前たちを送り出して正解だったよ。頑張れ。絶対に成功させろよ!」
そして、仕事が始まった。
ラクタルが買っていた広い敷地に屋敷を建てる。デザインから私たちの仕事だ。2年間の修行のおかげで、私も設計図が引けるようになった。ロイドと、あーでもない、こーでもないと話をしながら図面を起こしていくのは実に楽しい作業だった。
……やはり、ロイドと一緒がいいな。
そんなことを思ったりもしたけれど、今はまだ案件が終わった後の話はできていない。
ロイドは忙しそうだった。
私は実務だけを考えておけばいいが、彼は全体を監督する必要がある。今回は街の外での仕事になるので宿を用意しないといけないし、うちだけでは回らないので外部の職人も用意しないといけない。その辺は全てロイドが担当しているので、さまざまな雑務に追われていた。
大変そうだな……。温泉宿では私がしないといけないのだけど。
私は私でロイドにさりげなくやっていることを聞きながら、来る日に備えていく。
「うん、このデザインで構わないよ」
やがて、ラクタルが設計図について承認をしてくれた。
私もロイドも大きく肩の力が抜ける。最初の峠を越えたのだ。ここからは作っていく作業が始まるので、先はもっともっと長いけど。
私とロイド、あと3人のキクツキ工務店の職人たちが現地へと向かう。
この5人はロイドが手配した宿を拠点にする。作業場が王都ではないので、家に帰るわけにはいかないので……。
ちなみに、私は金曜の夜に帰って月曜の朝に戻ってくる生活にする予定だ。こちらだと、私がウラリニスに納品している家具を作れなくなるので。
ロイドが私たち4人に向かって話しかけた。
「これから長くなりますけど、よろしくお願いします。ここの街の人々に本物の建築を、俺たちが親方から教わった建築を見せてやりましょう!」
そんな力強い言葉とともに、建築が始まった。
始まったのだが――
始まって、すぐに問題が多発した。
「まずい……」
さしものロイドも顔が真っ青になっている。
臨時の職人たちが捕まらなかった。こちらで作業できる人間たちを雇おうと考えていたが、募集をかけても誰も集まらず、仕方がないので、こちらから声をかけても無視される。
今回の期限と規模を考えると、職人5人では厳しすぎるのだが。
避けられている理由は明白だった。
「勘弁してくれ! 俺も、噂に名高いキクツキの仕事はやってみたいけどさ、あんたらの仕事を手伝うと、ここで仕事ができなくなるんだ! 諦めてくれ!」
断られたときの言葉が、すべての答えだった。
……なるほど、グレイドーンが嫌がらせをしているのだろう。
王都の職人を呼び集めようとするが、やはり離れた場所となると容易に人は集まらない。
もちろん、王都は広く人も多い。手を挙げてくれる職人もいなくはないが、悪い条件を飲める人間にはそれなりの理由がある。ラクタルが『職人は腕のいい人間だけを用意すること』と釘を差している点がネックとなった。
結果、遅々として人集めが進まない。
さらに追い打ちをかけるように、木材や石材の流通にも暗雲が立ち込める。
「……すまんが、ここで仕事をするのなら、通すべき義理ってのがあってね……。揉めている人間には売れないんだよ」
卸業者がドライな口調でそんなことを言った。
これもまた、わかりやすい筋書きだ。グレイドーンが圧力をかけているのだろう。
資材もまた王都から搬送することで対処した。しかし、輸送費などが追加でかかるため、コストを圧迫してくるし、タイムリーな発注をかけられないのでスケジュールにも悪影響を及ぼす。
こういうときに親方がいてくれれば頼りになるのだけど、あいにく親方は仕事のため遠方へと旅立っている――まあ、その件があるから、私たちに案件を任せたというのもあるのだろうけど。
ちなみに、有力者であるラクタルさんを通じて街の領主にも報告してもらったが、特に改善は見られなかった。
「領主も、グレイドーンとはベッタリだからな……とはいえ、ここまでのことだ。本来ならば動かないといけないわけだが――グレイドーンの連中、かなり深く釘を刺しているのだろうな」
ラクタルがため息を吐く。
孤立無縁。まさにそれが今の状況だ。
すなわち、我々だけでどうにかしなければならない。
先輩職人のラードンが、作業場にある資材を眺めながら、ため息を吐く。
「資材の数が足りないなあ……まじで大丈夫か、これ?」
重苦しい沈黙が広がる中、私は口を開いた。
「大丈夫ですよ。食材は骨も内臓も無駄なく食べる――資材も同じでしょう?」
そう言って、私は木材や石材など、片っ端から処理していった。
自然から採取したものを、そのまま建築で使うことはしない。そのままでは、あまりにも『生』すぎて人工的なラインにはほど遠いからだ。
ならば、どうするか?
人工的な形に切り出すのだ。彫刻家が、石の塊から石柱を切り出すように。
例えば、切り倒した樹木をそのまま使うことなどない。必要なのはソリッドな形状の木の板なのだから。なので、丸太をうまく解体して、そこから木の板を抽出する。
ポイントは、効率よく解体できれば、多くの木の板を抽出できる、ということだ。
わずかな無駄すら許さず、最高効率で削り出せば、資材の無駄を減らすことができる。
そして、私ならばそれが可能だ。
「うおおおおおお、すげえええええええええ!」
興奮したラードンの絶叫が響き渡る。
私が最高効率で建築資材を作っているのだから、それも当然だろう。私の鍛え抜いた技であれば、0.1mmの誤差もなく解体できる。これはノコギリのような部品を手の延長として使っている職人ではできないだろう。
「だいたい、こんなもんだろう」
積み上がった建築資材を眺めながら、私は言った。床に散らばる端材は極限まで減らしたという自信はる。
ロイドが近づき、私の両肩に手を置いてくれた。
「……ありがとう、ありがとう、クラスト! これならいけるかもしれない!」
「建築資材の整備は僕に任せてよ」
この方法を駆使すればギリギリで資材不足を回避できるかもしれない。
だけど、作業者の不足はなかなか厄介だ。私とロイドの技量を持ってしても、そう簡単には補える分量ではない。
それにグレイドーンの暗躍がまだまだ続く可能性もある。
実に読めないが、全てを片付けていくのみだ。
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