第34話 そう簡単に負けるつもりはない

 工事は順調に進み、全体の90%を超えている。

 もう一踏ん張り、もう少しだ――

 そこまで来たときに事件が起こった。いや、そこまできたからこそ、か。

 王都と宿場町をつなぐ最短ルートが領主の兵によって封鎖されたのだ。


「ど、どういうことですか、ラクタルさん!?」


 詰め寄るロイドに対して、ラクタルは渋い表情を向ける。


「グレイドーン工務店が王都から資材を運搬中、野盗に襲われたらしくてな……領主が危険性があると判断して、商品の搬送は迂回ルートを取るように命令を出している」


 確かに、迂回ルートを使えば、問題なく搬送できる。

 しかし、それには多くの日数とコストがかかる。多くの商売人にとって一時的なコスト高くらいですむだろうが、納期間近のロイドたちにとっては頭が痛い話だ。最も大事な時間を削り取られるのだから。

 ロイドが怒りの声を吐き出した。


「そんなの、グレイドーン工務店の狂言でしょう!?」


 領主と深く結びついているのだから、やろうと思えばこれくらいはできる。


「いくらなんでも好き放題にやっていいレベルを超えている! さすがに陳情しましょう!」


 ロイドはラクタルに詰め寄る。しかし、ラクタルは虚しく首を振るだけだった。


「もうずっと、私のほうから何度も領主と話し合っている。しかし、ダメだ。この件に関して、妥協は引き出せない。我々が土下座をする以外にはな」


 はあ、とラクタルが大きく息を吐く。

 ……単純な解決方法は納期を伸ばすことだが、これは双方の立場的にできない。ラクタルもまた、その日に向けて関係各位とさまざまな契約の見直しを行なっている。世の中は、困ったんで日にちを伸ばしてください、ええよええよ、という優しいものではなく、約束を違えれば膨大な追加コストが待っているだけだ。

 そして、私たちにもまた、契約通りに終わらせなければならない都合がある。次の案件や人のやりくりに差し障る。

 ……ただでさえ、王都のキクツキ工務店本体から多くの応援をしてもらっているのに……。

 作業場に流れる陰鬱な空気は皆が共有するものだった。


「……こんなことしか言えなくて心苦しいが、善処して欲しい」


 そう言い残して、ラクタルが立ち去っていく。


「くそ!」


 ロイドが壁を殴りつける。


「姑息な手段ばかり訴えがやがって! お前たちが未熟だから外されただけだろうが!」


「お前たちって、誰のことぉ?」


 ぞろぞろと出入り口から大勢の人間が入ってきた。10人くらいはいるだろうか。

 顔には見覚えがある――


「……グレイドーン!」


 ロイドが吐き捨てるように答えた。

 先頭に立つスキンヘッドの筋肉ダルマは忘れようにも難しい存在感だ。


「ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ! なんだか、お困りのようだなああああああ!」


 グレイドーンは楽しくてたまらない! と言った様子で大笑いする。


「街道が閉鎖されて大変だなあ? 大丈夫かあ? 納期は守れそうかあ? 街の有力者のラクタルさんに迷惑をかけるんじゃねえぞお?」


 ロイドが瞳の色を烈火に染める。


「ふざけるな! お前たちがやったことだろうが!」


「はあ? 俺たちが? 根も歯もないことを言うなよ。野盗に襲われて困っているのは俺たちなんだよ。まあ、俺たちの場合は街の人気者だから、他の連中がすぐに資材を提供してくれて急場を凌げたけどさ、お前たちはどうなんだよ? 誰か助けてくれるの? くれるわけないよな、自分勝手なよそ者によおおおお。俺を恨むんじゃなくて、お前たちの人望のなさを恨めよなああああ!」


「お前らあ!」


 血気盛んなロイドが拳を握りしめて歩き出す。もはや、状況は一触即発の域を超えた。仕事が始まってから、特にまとめ役のロイドはグレイドーンの横暴に振り回されてきた。最後の最後にぶつけられたこれで激発してもおかしくはない。


「お、やるのか? おお?」


 グレイドーンがバキバキと指を鳴らす。臆することなくロイドは進む。

 周りが急激な変化に動けなくなる中――

 私だけが動いた。


「おっと、失礼」


 ロイドにそっと近づいた私の足が床を舐めるように円弧を描く。それはスパン! と小気味よい音を立ててロイドの足を刈り取った。

 結果、


「おぶうぅ!?」


 派手な音を立ててロイドが顔面からすっ転んだ。

 その様子が面白かったのか、グレイドーン一味が腹を抱えて大笑いする。


「っつ、な、何をするんだ、クラスト!?」


「落ち着いてよ。ロイドが殴りかかるのを誘っていたんだから」


 そして、肉体的にも痛みを与える――あるいは、骨の一本でもへし折って、完全に作業不能にするつもりなのかもしれない。


「……すまない……俺としたことが熱くなってしまって……」


「いいや、無理もないよ。慣れてないんだから《・・・・・・・・・》」


 私のように戦いに身を置いたものでなら感じる気配もある。グレイドーンという男は、どうにも不穏な空気をまとっている。普通の職人が正攻法で相手をするべきではないだろう。

 グレイドーンが大声を上げる。


「ひっひっひっひっひ! いいもの見させてもらったぜ! なあ、おい。都合よくぶったおれたんだ。そのまま土下座でもしてみろよ。資材を融通してくださいって? なら、助けてやってもいいんだぜ!?」


「……誰が、できるか、そんなこと!」


 立ち上がって、ロイドが激情のこもった声で言い返す。


「お前たちの腐った建築をこれ以上、許してやるものか! 俺はラクタルさんから頼まれたんだ。この街の建築を変えてくれって! お前たちになんて頼るか!」


「っはあ! 言ってくれるなあ! まあ、いいぜ。やれるものならやってみろよ。痩せ我慢してもしんどいだけだぜ? 気が変わったらうちにこい。なんとかしてやるからよお!」


 グレイドーンは高笑いを残しつつ、取り巻きどもを引き連れて戻っていった。

 悔しさが作業場に充満していた。

 仕事がうまくいかないだけでも職人にとっては辛いものだが。その上に、この仕打ち。見事なまでに踏みつけられたのだ。まるで泥のついた靴で何度も何度も。

 暗い感情だけが空気に拡散している。


 ――だけど、その感情はいらない。決して負けない、勝利を掴むためには、そんな気持ちに囚われていてはいけない。


 私は両手をパン、と打ち鳴らした。

 全員がびくりと体を震わせる。少しくらいはつきものが落ちただろうか。さあ、鼓舞しよう。彼らの魂に火をつけるのだ。

 全てはこれからだ。


「まだ、勝負は終わっていないよ。まだ僕たちは負けていないんだから」


 これはもうただの仕事ではなくなった。勝ち負けのある戦い。私たちが納期通りに片付ければ勝ち、彼らのなんでもありな妨害に屈すれば負け。

 ふふふ、面白いじゃないか……。

 私は前世の頃から、勝ち負け流のある戦いで負けたことなんて一度もないし、負けるつもりもないんだから。

 そちらがなんでもありなら、別に構わない。

 一線を無事に越えてくれることを期待するよ。こちらだって遠慮なく反撃できるから――

 早くその日が来ればいいのに。

 問題はとても簡単に解決すると言うのに。


「そうだ、まだまだやるぞ! キクツキの看板は伊達じゃねえってことを見せてやろう!」


 ラードンが腕を振り上げて絶叫する。

 こういうところで、根拠もなく盛り上げてくれるところは彼のいいところだ。他の職人たちもプライドを燃やして頑張ろうと目の色を変えていた。

 私たちの視線を受けて、ロイドが頷いた。


「当然だ。絶対にこの仕事は成功させる。俺も頑張るから、みんなついてきてくれ!」


 おおお! と職人たちの野太い声が答えた。


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