第3話 ネジを回すのに、ネジ回しなんていらない

 数日後、再び私はみっちゃんと遊ぶことになった。

 今度のお題目は『粘土』だ。

 また雑談に興じる母親たちの声を聞きながら、真剣な顔つきで粘土を作っているみっちゃんに尋ねた。


「それは、何?」


「猫さん!」


 元気いっぱいに答えてくれたみっちゃんだが、なんだかよくわからない形にコネコネされた粘土から猫要素を見出すのは難しかった。あの、ちょっと飛びている出っ張りが猫耳だろうか……?


 では、私は犬を作るとしよう。


 ちなみに、今回もまた、私の超精緻な動きは発動していて、とんでもない精度で粘土をこねていく。

 手作業において、この能力はとても強いな。

 しばらく作業していると、


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名前『クラスト・ランクトン』

性別『男』

年齢『3歳』

特性『全生産適正』


習得スキル

『作図Lv2』『造形Lv1』

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 造形スキルが生えてきた。


 ちなみに、造形スキルの効果は『作りたいものを正しくイメージすること』『それを正確に作ること』の2つになるのだが、前世から私が持ち込んだ手技は2つ目の効果に対するアシストになっている。


 先日のお絵描きにしろ、今日の粘土犬にしても、作品の外観――デザインとしては子供の雑さが目立つ。それは生産スキルの低さゆえだろう。

 ただ、引いている線や塗っている色、粘土で作り出した形状は子供の域を超えている――そんな感じだ。素人目には充分すごく見えるだろう。


 ゆえに、私が作ったものを見て、再び母親たちが興奮の声を上げた。


「すごおおおおおおおおおおおい! これもクラストが作ったの!?」


「お絵描きに続いて、すごいですね、奥様!」」


「すごいわねー。こっちにも才能があるのかしら?」


 こちらは絵画とは違い、そのまま『粘土遊び』に直結したスキルになっている。極めれば、プロの粘土職人になれるかもしれない。

 その日からも、私はみっちゃんと楽しくお遊戯しながら毎日を過ごし、5歳になった。


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名前『クラスト・ランクトン』

性別『男』

年齢『5歳』

特性『全生産適正』


習得スキル

『作図Lv21』『造形Lv15』

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 今はこんな感じだ。

 スキルそのものは伸ばそうと思えば、意図的にお絵描きや粘土遊びの数を増やせば伸ばせただろうが、そうはしなかった。

 特に急ぐ理由もないので、自然に任せようという判断だ。


 それに、前世での後悔もある。


 あまりにも拳打スキルが上昇するのが楽しく、3歳にして1日1万回の正拳突きをしていたら、少し変な子供として扱われた苦い記憶もある。自重するべきことを、私は学んだ。

 さて、そんなある日――

 リビングに居合わせた母親が椅子に手をかけて口を開いた。


「ねえねえ、あなた、この椅子、少し変じゃない?」


 母親が椅子の背を揺らすと、その言葉を証明する通り、椅子がぐらぐらと揺れた。

 父親が椅子をひっくり返して視線を走らせる。


「……ああ……ネジが抜けているな」


「ネジが?」


「うん、まあ、壊れているんだけどね。とりあえずの応急処置としてはネジを戻せばいい。ネジは?」


「……うーん、見つからないわねえ……」


 両親は困った様子で部屋をきょろきょろと見回したが、どこにも見当たらなかった。


「ネジが見つかったら、ネジ回しで戻すだけなんだけど、ちょっと見つからないか……」


「探しておくわ」


「おい、クラスト! この椅子は危ないから、上に乗っちゃダメだぞ!」


「はい!」


 両親が部屋から出ていった後、私は部屋をうろうろと探し始めた。

 大方、落ちた拍子に転がってどこかの家具の足元にいたのだろう。ならば、背の低い私にこそ、見つけ出しやすいと思ったのだ。

 その読みは正しかった。

 数分のうちに、私は椅子のものであろうネジをソファの下から見つけ出したのだ。


「パパー、ママー」


 呼んでみたが、彼らがやってくる気配はない。

 ならば、と私は問題の椅子を引き倒してみた。椅子にぽっかりとあいたネジ穴と、探し出したネジは完全に合致するように見える。


 ネジ回しを使う、と父は言っていたが――


 私は気にせずにネジをネジ穴に押し込んだ。そして、くるくると指で回してねじ込んでいく。ネジはある程度まで進んだが、それ以上は動かなかった。


 ……ふむ。

 ここから先へ押し込むにはネジ回しが必要なのだろう。


 しかし、それは『これ以上の差し込みには、これよりも大きな力が必要だから』だ。この力とは、作業者の腕力と、それを伝える効率で決まる。

 一般的に作業者の腕力は不変なので、効率を上げる必要がある。

 ゆえに、ネジ回しが必要なのだ。


 だが、私であれば、まだ出力を上げることができる。


 私は人差し指をピンと伸ばした。

 それはきっと他者から見れば、ただ指が立っているだけに見えるだろう。だけど、実際は違う。超極微細な精度で円を描いている。

 

 ――奥義・螺旋刺突。


  円の動きによる突進力であらゆるものを打ち抜く技だ。だが、今回は打ち抜くためではなく円の動きそのものを利用する。

 指先をネジの頭に押し当てた。動かなかったネジが回転に囚われて、ギッギッと音を立てて回り出す。あとはすぐだった。あっという間にネジが穴に押し込まれていく。

 やがて、ピッタリとそこに収まった。


「ふぅ……」


 まさか前世で鍛えた奥義がネジ回しの役に立つとは。何がどうなるかわからないものだな。

 とはいえ、さすがに疲れてしまった。

 ベースの肉体が常人の子供である以上、あまり無理はできない。前世の肉体であれば、この程度のこと、新生児の時点で軽くできただろうに……。


 私は椅子を元に戻し、椅子の背中を揺らしてみた。

 もちろん、びくとも動かない。

 大した作業ではないが、うまくいくと気分がいい。


 そのとき、ぴょこんとスキル――『木工Lv1』が生えた。木工か……それほどのことをした感じはしないのだが、さすがは『全生産適正』だな。


 そうこうしているうちに父親が戻ってきた。彼は、私が直した椅子に手を置きながら「ネジ、ネジ、ネジ……」と視線を部屋に這わせている。

 そのとき、異変に気がついた。


「……ん?」


 父親が椅子の背中を揺らしてみても、びくともしない。


「あれ? 椅子が直っている?」


「ネジ、見つかったよー」


「え? お前が見つけたの?」


 驚く父親に私は満面の笑みでうなずいた。


「うん!」


「ほー……ネジ回しを持ってきたのか? 見当たらないけど……」


「ううん、手でー」


「はっはっはっは、父さんだって無理だぞ、それは。さては、ネジ回しの意味がわかっていないな? でも、偉いぞ! 偉いぞ!」


 そう言って、父親は小さな私を持ち上げて誇らしげな笑みを向けてくれた。

 ううむ……うまく伝わっていないのは残念だ……。


 とはいえ、私は少しばかり新しく気がついたこともある。木工というスキルが生えてきた以上、私には家具を作る才能があるらしい。この村は貧しく、自分の家も含めて、上質な家具を作っていない。ならば、私の手で作っていくのはどうだろう。幸い、素材となる自然だけならたくさんあるのだから。


 実に面白そうな目標じゃないか!

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