第2話 お絵描きをして、スキルが生える
この世界に生まれ落ちて3年が過ぎた。
体は子供でも頭脳は大人。前世は脳みそまで筋肉だったせいで掛け算も危うかったが、一応、意識は大人だ。それゆえに周りの状況も同年代の子供よりは理解できてきた。
どうやら、我が家は小さな村を統治する男爵家のようだ。
村の名はラグール。
村は貧しく、その税収はたかがしてれている。家格も微妙であるため、国から支払われる金額も知れていて、率直に言えば我が家は貧乏である。
だが、両親ともに貴族主義のかけらもなく、のんびりとした明るい人物なのは救いだ。おかげで、朗らかな過程で楽しく過ごせている。
……やれやれ。私が前世のような強靭な肉体であればな……3歳には敵将の首を討って多額の報奨金をもらえていたのだ。きっと家の再興も簡単だったろうに……。
素晴らしい両親なので、いつかは恩を返したいところだ。
そんな貧乏な我が家は基本的に『すべて自分でする』になるわけだが、一応、たまに手伝いに来てくれる村人もいる。
「クラフトくん、よろちく」
同じ年齢のみっちゃんがやってきた。みっちゃんはピンク色の髪がかわいい女の子だ。
「よろちく、みっちゃん」
私も応じる。
ちなみに、私の意識と違って言動が舌足らずなのは、肉体が原因だ。私の意識は100年を超える経験を持つが、肉体はまだ発達段階。体に刻まれた語彙も少ない。そのせいで、発言内容は肉体年齢に依存する。感覚的には、吐き出そうとした言葉が年齢相応に翻訳される感じというか。
……まあ、3歳の私が100歳の老人のように喋るのはおかしいから、これはこれでいいのだ。
前世で、3歳の頃に正拳突きでソニックブームを発生させて驚かれたが、年相応というのは大事なことだ。
私はみっちゃんと一緒にお絵描きをすることになった。
私の母親とみっちゃんの母親が楽しげに喋っている。内容は、子育ての苦労から家事の大変さで、実に盛り上がっている。
みっちゃんがペンを手に取り、絵を描き始めた。
「蝶々さん〜、お花に飛んで行きました〜♪」
みっちゃんはへんてこな音程で歌を歌いながら、カラフルなペンを使って絵を描いている。黄色と赤色を使っているので、きっと歌詞の通りの絵を描いているのだろう。
特に描きたいものはなかったが、私もみっちゃんに習って同じ絵を描くことにした。
黄色のペンを手にとって、すっと線を引――
「うう?」
幼少の私の口から奇妙な声が漏れた。
自分の手の描き出した線が、想像していたものと違ったからだ。それは、まるで定規を当てて引いたかのように美しい線だった。
ご機嫌に描いている、みっちゃんの絵に視線を向ける。
そこには『子供らしい絵』があった。きっと蝶々と花の絵なのだろう……と歌詞を聞いていれば類推できる、何かしらのオブジェクトが配置されている絵だ。
輪郭をかたどる線はあやふやで、実にでたらめだ。
もちろん、それでいい。子供の絵というものは、そういうものだから。むしろ、異質なのは私の描いた線だろう。
確認のため、私はもう一度、すっと線を引いた。
その線はまたしても、迷いのない、まるで鋭い刃で切り裂いた傷のように一直線だった。
……これは幼児が描く線ではない。
その線を私は覚えている。前世の私が描いていたものだ。脳みそまで筋肉だった私だが、よく書く文字は美しいと言われていた。なぜなら、精緻を極める筋肉コントロールの賜物だからだ。私は己の体を0.1ミリの精度で動かすことができるのだ。
どうやら、その技術もまた、私と同じく今世に引き継がれているらしい。
みっちゃんが自由気ままに絵を描いている横で、私は精密な線を引いて蝶々と花の輪郭を作り出してく。
そのとき、私は己のステータスに反応があることを知覚した。
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名前『クラスト・ランクトン』
性別『男』
年齢『3歳』
特性『全生産適正』
習得スキル
『作図Lv1』
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……今までは何も存在していなかった習得スキルに『作図L Lv1』が現れた。
いきなりの反応に――
特に驚くこともなかった。
なぜなら、前世で経験積みだったからだ。前世で1歳のとき、シャドーボクシングをしていたら、拳打Lv1というのがついたのだ。
全生産適性が全戦闘適正の裏返った結果だというのなら、同じ動きをしても不思議ではない。
そうか、であれば……。
次は色塗りだ。再び手に取ったペンを輪郭に沿って走らせる。その動きもまた、自分で言うのも何だが、精緻の極みであり、塗った色は輪郭線ギリギリに張り付くかのようだった。
ちょうど絵が完成する頃、異変が起こった。
もう『作図Lv1』がLv2になったのだ。
やはり、レベルが上がったか。これもまた同じだ。スキルとは長い修練によって会得できるのだが、特性がフィットしていると爆速でレベルアップする。
つまり、これこそが全生産適正の効果なのだ。
前世でも、1歳でちょうど100発目のパンチを放ったとき、同じ変化があったのを思い出す。実に懐かしい思い出だ。私を見ていた父も「おお!? パンチのキレが増したぞ!?」と興奮していたものだ。
絵が完成した。
みっちゃんもできたらしい。
「できたよ〜!」
楽しそうな声で言っている。
ふむ、蝶々と花を極端に抽象化すればこうなるだろう、という感じの絵だ。ゆえに、
「これ、蝶々と花だよね?」
私が聞くと、にこやかな表情でみっちゃんが応じてくれた。
「ううん、違うよ〜」
違うのかい!
「ええと……この絵は何なの?」
「うーん……」
しばらく考えてから、はにかみつつ、みっちゃんが応じる。
「わかんない!」
わかんなかったかー……。だけど、普通の3歳児とはこんなもので、頭脳が大人な私がおかしいのだ。
そんなことを話していると、こちらの状況に気がついた母親たちが近づいてきた。
彼女たちの目はみっちゃんの絵を見ている。
「あらあら、上手に描けたわね〜」
「うまい?」
「上手いよ〜! さすがねー。これは……蝶々とお花?」
「ちがうの」
「そうだー、違うんだー。ごめんねー」
あはははは、と母親たちの明るい笑い声が響く。続いて、彼女たちの視線が私の絵を見た。
「え……」
「嘘……」
二人は絶句した後に顔を見合わせた。まるで自分の判断が間違っていないことをお互いの顔で確認するかのように。
そして、
「「えええええええええええええええええええええええ!」」
みっちゃんの母親が私の絵を指差した。
「こ、これ!? クラストくんの絵、すごすぎですよ!?」
「だ、だよね!? え、クラスト、あなたが描いたの!?」
「うん、僕が描いたよ」
「すごい! 未来の天才画家かも!?」
なんて言いつつ、母親たちが興奮している。
うーむ……。期待には応えたい気持ちもあるが、残念ながら、私に『絵画』の才能はない。
なぜなら、上がっているスキルは『作図』だから。
おそらく、生産食として設計図を描くためのものだろう。制作物の最終形を正しく描き出す能力――といったところか。
絵を描き続ければ、いずれは絵画スキルも発現するだろうが、その伸びは生産職が関与するスキルに比べて遅いものだ。
何も問題はない。
なぜなら、私は別に絵画を描きたいわけではないのだ。
そして、生産職に関与するスキルの伸びについては確認が取れた。それだけでも充分とするべきだ。
興奮する両親たちを見て、ぷーとみっちゃんが頬を膨らませた。
「みっちゃんのほうがうまいもん!」
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