第28話 初めての打ち上げ

 翌日の仕事が終わった後、私はルーローハンの屋台に向かった。

 確認したいことがあったからだ。


「はいよ」


 店長が丼を置く。

 ゆっくりと味わいながら、昨日の感想は正しいと思った。

 ……やっぱり、ここのルーローハンのほうがうまいな……。

 私が作ったものも、ルーローハンとしての味はしていた。骨格は間違いなく、この屋台のものと同じで、同じ味を目指した料理だ。

 だけど、違う。

 味の深さ、とでもいうべきか。味の広さ、というべきか。とにかく、口中に広がる幸福感が違うのだ。

 そう、それはまるで、達人の素振りを見たかのような。ただ、剣を振り下ろす動作だけにも関わらず、澄み切っていて、極限まで無駄の省かれた動きは美しくすらある。単調な動作だけど、そこに込められた鍛錬と研鑽は途方もない。

 当然、初学者の素振りとは同じ動作でも次元が違う。

 おそらく、その差を私は料理にも感じているのだろう。

 ……まだまだ、料理Lv2では違うのだなあ……。


「店長、実はね、休みの日にルーローハンを家で作ってみたんだ」


「へえ、面白いねえ! で、どうだった?」


 剣の師匠が、不出来な弟子を試すかのような笑みを浮かべている。


「おいしかったよ。でも、ここの屋台の味とは比較にならないね」


「だろおおおおおお?」


 店長がニヤニヤと、とても嬉しそうな笑顔で言った。


「こんなにも味が深くないというか……大雑把な味だったよ」


「ははは、そりゃどうも。かけている手間が違うからな」


「手間? どんなの?」


「たとえば、その豚肉にはきっちりと下味をつけているし、焼き加減だっておざなりにしちゃいない。ご飯の銘柄にもこだわっている。ま、万事に俺が目を光らせているからな」


「……なるほど……」


 それは武の達人にも同じことが言える。その動きはなんのためにある? 無駄なら省け。それに応えられるように動きを磨き上げていく。あらゆるものに意図を込める。きっと、料理も同じなのだろう。なぜ、そこで火を止めた? なぜ、この大きさに切った? それらの問いに対して自分なりの答えを持つ必要がある。

 実に面白いものだな。

 料理本には、どれくらい焼くように、水の分量はこれくらい、というのは書いてあるけれど、そこに意図はない。答えだけが書かれている。

 きっと自分なりに答えを見つけなければならないのだな……。

 私は吐息をこぼした。

 それは究極までの距離の長さに絶望したのではなく、その距離があることへの喜びだ。ああ、ここにもまた、極めがいのある世界がある!


「店長の料理、もっと感動しながら食べることにするよ」


 そこに込められた、料理人たちの技量への敬愛とともに。


「ははは、照れるね。ありがとよ」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 王都にやってきてから3ヶ月目になった。


「お疲れさん、終わりだ!」


 親方が大きな声をあげた。

 初日から参加していた住居の建築が完成した。名のある商人の家らしく上物は瀟洒な作りで、なかなか立派な家になった。

 同僚の職人たちも、うおおおおおおおおおお! と叫んでいる。

 私は感無量だった。

 これだけの大きなものを作ったのは初めてだ。しかも、一人だけではなく、みんなと。今までは違う達成感が心地よかった。


「じゃあ、これから打ち上げに行くぞ! ロイド、店の予約はしているな!」


「はい、親方」


 それから食堂に移動した。

 さして広くはないが、うちの職人たちの貸切にするにはちょうどいい感じだろう。参加者は10人。最初から最後まで参加した職人は私とロイドくらいだろうか。残りは入れ替わり、立ち替わりしていた。親方も最初のほうこそ頻繁に顔を見せていたが、だんだんと来る回数が減っていった。

 現場は複数あるらしく、必要な人間を融通しながら進めるらしい。確かに、基礎建築を取り仕切る石工のスルトンは上物作成では、石造りの家でもなければ不要だろう。その辺は合理的に仕事を回しているようだ。

 そんなわけで、関わった人たちが全員、顔を見せていた。


「よし、みんな揃ったな?」


 顔ぶれを確認して、ビールグラスを片手に親方が立ち上がる。


「えー、今回も苦労をかけたが、無事に完成することができた。感情の少し前に、発注者が見に来てくれてな、たいそう喜んでくれていたよ。さすがは、キクツキ工務店の仕事だってな」


「おーい、親方! 長い話はやめてくれ! ビールが冷めちまう!」


 ラードンが突っ込むと、他の職人たちも、そうだそうだ、と囃し立てる。 

「ったくお前らは……じゃあ、最後にひとつだけ。新しい仲間が入った。名前は、みんなも知っての通り、クラストだ。ほら、挨拶しろ」


「え」


 いきなり話を振られて面食らいながらも、コップ片手に立ち上がった。ちなみに、私のコップに入っているのはジュースである。


「……ええと、クラスト・ランクトンです。建築の勉強をしたくて、無理を言ってキクツキさんの弟子にしてもらいました。まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします」


 私の挨拶が終わると、わーっと歓声が上がり、拍手が響く。彼らの目には、仲間を見る輝きが灯っていた。

 ……うん、ありがたい。これが一体感か。強敵と戦うとき、パーティーを組み、幾つもの試練を乗り越えて、熟成されたパーティーに漂う雰囲気と同じだ。互いに信頼し、相手に背中を付けてもいいという安心感が芽生えたときの感覚だ。

 もちろん、だいぶ前から、すでに彼らから優しさと親しみを向けられていたけど、こういう場所でそんな空気を向けてもらえると、仲間になれたのだな、という気持ちになれる。

 親方が口を開いた。


「よし、じゃあ、ラルグフォン様邸、完成を祝って、乾杯!」


「かんぱーい!」


 がしゃん、とグラスのぶつかり合う音が店に響いた。

 あっという間に店の中はガヤガヤとうるさくなった。しかし、私たちしかいないので問題はない。職人たちの野太い声が響く、楽しい空間だった。

 とても居心地がいい。

 ジュースしか飲めないのが残念だ……。


「それにしても、お前はとんでもないやつだな、クラスト!」


 少し酔っ払い気味のラードンがそんなことを言ってきた。


「え、そうですか?」


「そうだよ! 8歳の仕事じゃねえよ!」


「確かに、ラードンよりは役に立っていたな、ラードン、お前は何歳だ?」


「傷つくんですけどね、親方!?」


 親方が肩を揺らして、くくく、と笑う。


「いや、ラードンだけじゃない。まだ経験が足りない部分もあるけれど、成長速度が速い。仕事の精度はとんでもないレベルだ。俺も抜かれるのは時間の問題かもな」


「……ありがとうございます」


 成長速度は、この身に宿った『全生産適正』のおかげだろう。そして、作業の精度は前世での肉体技術によるものだ。

 やはり、私は生産に対して絶大な才能を持っている。この、素晴らしい技術を持つ親方にそこまで言わせてしまうほどに。


「お前のおかげで、納期よりも早く終われたよ。ウラリニスから話をもらったときは、ただの足手まといだと思っていたんだけどな、まさか即戦力って。すげえなあ、若いもんは」


「お役に立てて嬉しいです」


「8歳がなあ……技術はともかく、そもそも力仕事まで大人顔負けなのだから、恐れ入る」


 確かにおかしいですね!

 もうそこは、あんまり突っ込まないでほしいのだけど……。


「……田舎育ちだから?」


 定番の誤魔化しをしてみるが、もう誰も信じてくれなくなってしまった。悲しい。思えば、最初から信じてくれていなかったけど。


「天才ってのは、こういうもんかもしれねえな。なんていう名前だったかな……有名な絵描きも、子供の頃から絵描きの親が筆を折りたくなるくらい、上手い絵がかけたっていうし」


 親方の目がロイドに向いた。


「ロイドもたいしたもんだと思っていたけどな……まさか、同時に二人も出てくるなんて」


 横で静かに食事していたロイドが首を振った。


「……いや、俺なんて……クラストとは比べものにはならないですよ」


「あっさり引くんだな。最初の頃はクラストをバチバチに意識していたのに」


 顔を少し赤らめてロイドが応じる。


「気づかれてしましたか?」


「気づいているに決まっているだろ? あれだけわかりやすいんだから」


 ははは、と笑ってから親方が続けた。


「だけど、悪いことだとは思わねえよ。腕利きの職人なんてのは、プライドの塊なんだよ。俺が一番だ! ここで負けていても、ここは俺が勝っている! そんな気持ちを持っているべきだと思うよ。バチバチ結構じゃねえか。で、放置しておいたんだけど急に仲良くなったな?」


「まあ……」


 私たちは互いに顔を見つめ合って苦笑した。他人から、仲がいいと言われると少しばかり照れる。

 ロイドが口を開く。


「実力を見せつけたいとか、そういうのよりは――互いに高みを目指せる、いい意味でのライバルになれたら、そう思ったんです」


 ライバル、か――いい言葉だと思った。

 実力を磨き合うには、競争相手がいないとおぼつかない。ロイドは、私よりも下だと言っていたけど、センスと才能は間違いなく優れている。おそらく、彼もまたいずれは親方を凌駕する職人となるだろう。

 そんな人間と出会えて、腕を磨き合う間柄になれた。

 これほど嬉しいことはない。

 前世でも、数々の強敵ともたちが私を磨き上げてきたものだ。

 親方が大笑いした。本当に、嬉しそうに。心から、嬉しそうに。


「いいじゃねえか! 俺も若い頃は、そういう相手がいたよ! いいね、青春! 頑張れよ。お前たちがいてくれれば、うちの工務店も安泰だ!」


 やがて、宴が終わった。

 2次会に向かうものたちと別れて、私は家へと向かう。そこへ、ロイドがやってきた。


「少し一緒に歩かないか?」


 たわいのない会話をしながら王都を歩く。

 そうやって時間を潰していると、ロイドが意図を持った沈黙を置いてから、少しばかりかしこまった調子で言葉を吐いた。


「……実は聞いてほしい話があるんだ。なんとなく、知っておいて欲しいと思って」


「なんの話?」


 まるで、自分の覚悟を確認するかのように、一拍の間を置いてから、ロイドが続けた。


「前にラードンさんが言いかけたことだけど、俺の出自についてだ」


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