第10話 この家具、売ってもらえませんか?
「はっ!」
目を覚ましたウラリニスは慌てて身を起こした。
気になって今日は眠れなグー――のような速度で寝たことを思い出して、衝撃を受けた。このベッドもまた、並のものではない。
窓から差し込む日差しを見て、ウラリニスは手早く身支度をしてから家を出た。
商売を始める前に、この疑問を解決しておかなければならない。
訪れたのはラグール村の狩人ハントだ。たまに獲物をとらえた際に作ったなめし革を売ってくれるので顔なじみである。
家の前で森に出る準備をしていたハントが、近づくウラリニスに気づいた。
「おお、ウラリニスか。久しぶりだな!」
「話がある」
ウラリニスの声は、ハントののんびりとした挨拶とは対照的だった。それほどに、頭が一杯なのだ。
「あの空き家は、なんだ?」
「え?」
「俺が泊まっている空き家だよ。あそこのドアが直っていて――家具も新調されていた。正直、この村で揃えたものだとは思えないんだが」
「いや、この村で作ったものだぞ?」
「そんなわけあるか!」
「いや、そんなわけあるって。ほら」
言うなり、ハントが自宅のドアを開けた。開けた瞬間、目に飛び込んできた光景にウラリニスは度肝を抜かれた。テーブルセットやベッドが空き家と同じものになっている。
「ええええええええええ!?」
「何を驚いているんだ?」
「い、いや、そ、そんな……入って、見てみていいか?」
「ああ、もちろんだよ」
ウラリニスは部屋に入り、家具を確認した。ハントとは仲がいいので部屋に上げてもらったこともある。そのときの記憶では、粗末な家具を使っていたが――
「……家具を、新調したのか?」
「ああ、だいぶ前だけどな。俺だけじゃない。村の連中みんなだ。それが終わったから、お前の空き家も、お前が泊まっているから置き換えたんだ」
部屋に入ってきたハントがテーブルの天板をばんばんと叩く。
「すごいだろ? 本当に。こんなにいい家具が使えて嬉しいよ」
「すごいってものじゃないけどな……」
ウラリニスの感覚としては、こんな寂れた村にあってはいけないレベルのものだ。
「村人全員が、って言っていたな? どうやって調達したんだ?」
「この村の、領主の息子の坊ちゃんが作っているんだ」
「は? 嘘をつけ」
「いや、本当だって」
にわかには信じられない話だった。
ウラリニスも、この村の領主に子供がいることは知っている。だが、長男のクラストの年齢は7歳だ。
「7歳だろ? できるはずがないだろ?」
「普通はな。だけど、坊ちゃんは普通じゃないんだよ」
一端の商人が持つべき、嘘を嘘と見抜く直感がウラリニスにも備わっている。その直感はハントの言葉に反応しなかった。おまけに、ウラリニスはハントが嘘をつくような人間でないと知っている。
そもそも、今の口ぶりなら村人全員が同じ答えを返すだろう。
村中あげて、行商人ウラリニスをだます理由がない。
つまり、これは本当なのだ。
そして、その事実に身震いした。なんだろうか、ウラリニスの摩滅しかけていた商人としての直感が、これはチャンスなんだ、どでかい金脈なんだと騒いでいる。
「わかった、信じるよ。ありがとうな」
ハントにそう言うと、ウラリニスは空き家に戻った。
領主の屋敷を訪れるには、それなりの土産が必要だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、私は子供部屋で妹のフィーナのお絵描き遊びに付き合っていた。
5歳のフィーナが描く絵も充分に上手くなっていた。それが馬なら馬だと、人形なら人形だとわかるようになっている。
「うまいぞ、フィーナ」
「えへへへー」
フィーナがニコニコとした後、私にペンを差し出した。
「今度はお兄ちゃんが描いて!」
「仕方がないなー」
私はさっさっさと馬を描いた。それはもう、どこからどうみても馬だった。実に写実的で、現実世界の馬を切り取って貼り付けたような瑞々しさだ――とは、自画自賛すぎるか。
では、妹の評価を使うとしよう。
「お兄ちゃん、すごく上手! 本物みたい!」
「ありがとう」
褒められると嬉しいものだ。
2歳の頃、100人組み手を無傷で勝利したとき、師範に褒めてもらえたことを思い出す。あの頃の楽しい時代を追体験できる私は幸せだろう。
そんな会話をしていると、母親がやってきた。
「ねえ、クラスト。あなたに会いたいって人が来ているんだけど」
「わかった、行くよ」
「ううううう! お兄ちゃん! フィーナと遊ぶの!」
「はいはい、私が相手してあげるからね」
母親と入れ替わりになって、私は客間を目指して歩いていく。
……はて、私と会いたいという人物とは誰だろうか?
「失礼します」
ドアを開けると、そこには父親と30代半ばの男性が向かい合って座っていた。男性の顔には見覚えがあった。確か、よく村を訪れる行商人だ。
父が口を開いた。
「よく来てくれた、クラスト。このウラリニスさんがお前と話をしてみたいとおっしゃってな。こんな辺鄙な村にまで定期的に足を運んでくれる方だ。粗相のないようにな」
行商人がすっと立ち上がり、丁寧な仕草でお辞儀をした。
「私の名前はウラリニスと申します。行商人をしております。お話をするのは初めてですね、クラスト様。今後はお見知り置きを」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私は父親の横に座った。
私に用事があるらしいが、さて、どういうことだろうか?
「昨日、空き家に宿をとりまして。いつもお貸しいただきありがとうございます。それでですね、家具が全て置き換わっていたことに驚いたんですよ」
もちろん、私は驚かない。
なぜなら、少し前に私が作ったからだ。あの空き家まで直す必要はなかったのだが、彼が寝泊まりしていると聞いて手を入れたのだ。彼の口ぶりや表情からすると、とても満足した様子が窺い知れる。やってよかった。これもまた、嬉しいことだ。
「噂によると、クラストさんが家具を作られたそうですけど、本当なんですか?」
「はい、本当です」
俺が答えると、ウラリニスは息を呑んだようだった。
……ここまで来て私を指名したのだから、それなりの裏付けはとっていると思ったのだけど。それでも、その事実を受け止めるには大きかったのか。
ちらりとウラリニスの視線が父に向く。
それに答えるように、父が鷹揚に頷いた。
「間違いないよ。このテーブルも息子が作ったものだ」
今、互いの間にあるテーブルを父がポンポンと叩く。
ウラリニスが何かを確認するようにテーブルに手を置いて、ハッとした表情を浮かべる。直後、その両目が私を見た。
「君は、天才だ!」
「ありがとうございます」
私は照れも見せずにそう応じた。賞賛は前世で受け慣れているので動揺はない。そして、恥ずかしさもない。それは当然のものとして受け止めるべきなのだ。それこそが、賞賛を口にした、己の真心を差し出したものへの礼儀だ。
それに、客観的に見ても、確かに今世の生産スキルは高すぎるのは理解している。
「それで……その、下世話な提案で申し訳ないのですが、私も商人の端くれ。いいものをみれば買い付けて売りたくなるのが性分でして……」
そこで、ウラリニスの目がしかと俺を見た。表情には乾坤一擲の大勝負に挑まんとする気概に満ちている。
「クラスト様。あなたの作った家具を販売させてもらえないでしょうか!」
同時に、がばり、と頭を下げる。
「あなたの作った家具! 間違いなく本物です! 惚れ込みました! これをこの村だけに留めておくのは惜しい! ぜひ、いろいろな街で売らせてもらえないでしょうか!」
その声には本気の願いがあった。軽い気持ちというよりも、強い意志がそこにある。
いい目だな、とは思ったが、残念ながら、その直線的な感情が私の答えに影響を及ぼすことはない。この件について、私の答えは決まっている。
私は迷うことなく答えを口にした。
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