第11話 商人魂、燃える
私は迷うことなく答えを口にした。
「構いませんよ」
「――!?」
がばりとウラリニスが頭を上げる。見開いた目で私を見つめていた。おそらくは、こうもあっさり色良い返事がもらえるとは思っていなかったのだろう。
「ほ、本当ですか?」
「はい」
むしろ、こっちとしても渡りに船というやつだ。
村人たちの家具はあらかた作り終えてしまったので、そろそろ作る理由がなくなってきていた。なので、販売という需要はウェルカムな状況でもある。
私はテーブルに手を置いた。
実際、このテーブルは高く売れるだろう。前世だと重要人物として丁重に扱われていた私は高級家具に囲まれて暮らしていた。ゆえに、材質面での弱さはあるが、製法という点で劣ってはいないことを知っている。
ゆえに――
「買い叩かれるのは嫌ですよ?」
「もちろんです! 誠心誠意、正しい値段で買い取らせていただきます!」
そんなわけで商談を進めることになった。
彼が滞在中に用立てるのも慌ただしいので、泊まっている空き家にある家具で気に入ったものを持っていくように話をする。とはいえ、彼も行商人のため、大型家具を持っていけるほどの余力がない。
「今回はイスを2脚だけ持っていきます」
「わかりました」
あとで補充しておこう。
それから、ウラリニスが払うといってきた金額は、金貨6枚であった。
「……イス2脚で……!」
父親が息を呑んでいる。
この村で使っている、安物の椅子であれば金貨1枚でもお釣りがもらえる。普通の、それなりの椅子であれば金貨1〜2枚だろう。
ただ、この価格は『一般客の購入費』である。つまり、仕入れだとそれよりも安くなる。
なのに、ウラリニスは椅子の仕入れだけに1脚あたり金貨3枚払うと言っている。つまり、金貨4枚以上で売れる計算なのだろう。
それは悪くない価格にも思える。
技術的にはそれ以上の価値があるとは思うのだが、問題は材質だ。この辺の木材を適当に使っているので、最高級家具と比べると見劣りはする。
その辺で価値が下がる以上、値段の天井が低くなるのは仕方がないことだ。
「高く売れた場合は、次に来たときに追加でお支払いします!」
「わかりました」
本来であれば、もう一人くらい商人を用意して彼が誠実に商売するか競争させるべきなのだろうが――
「それで構いませんが、ひとつ条件があります」
「はい、なんでしょう?」
「僕のことは誰にも言わないでください。出所は不明でお願いします」
この条件があるので、彼の言い分を信じるしかない。
正直なところ、特に力を隠したい気持ちはない。両親や村人たちにもフルオープンなのは、そのためだ。だけど、あまり知らないところまで勝手に広まるのは困る。
私の脳裏に地の奥底から響くような声が轟いた。
――そして、私の魂もまた生まれ変わる。気をつけることだ。お前の存在を見つけ次第殺す……抵抗する余地などないと思え!
前世で倒した邪竜の声が。
あの言葉が本当なのかどうか不明だが、無駄に油断する必要もない。
……まあ、バレたらバレたとき、くらいの緩い構えなのだけど。
「わかりました。私としてもそのほうが都合がいいので構いせん。……本当にいいのですか?」
「はい」
ウラリニスとしても専売という状況はありがたいだろう。逆に言えば、利益の面からも彼が私のことを口にすることはない。
「では、こちらで」
ウラリニスが持ってきていたカバンから6枚の金貨を取り出してテーブルに置いた。
「それでは、今後ともご贔屓に」
丁寧に頭を下げて、ウラリニスは家から出ていった。
私はテーブルの金貨を拾い上げて手のひらの上に置いた。私がこの世で初めて稼いだお金だ。そう思うと感慨深いものもある。
「やったじゃないか、クラスト!」
「そうだね」
金貨6枚はなかなかの大金だ。ここの村人たちだと自給自足なので、ほぼ稼ぐ力はない。税金もたかがしてれているし、そんな寂れた村を治める男爵という身分の当家にもたいした給金はない。
なので、私はそのお金を父に差し出した。
「はい」
「え?」
「お父さんが管理して。村のために使ってよ」
「……だけど、これはお前のお金で、お前が欲しいものを買えばいいんだぞ?」
「欲しいものなんかないよ」
強がりではなかった。趣味は鍛錬で仕事は生産。鍛錬は己の身ひとつで可能だし、生産だって素材は自然から集めればいい。必要な工具も己の身さえあれば、手刀と打突で事足りる。
私は金のかからない男なのだ。
「その時々でお金をくれればいいよ。今までみたいにね」
「クラスト、感謝する。大切に使わせてもらうよ」
父は感極まったような表情で私のお金を手にした。
大切に使う必要はない、と私は思っている。
なぜなら、これから私の作った家具が金になっていくのだから。あの椅子があっさり売れれば、ウラリニスも本腰を入れてくるだろう。そうすれば、幸せな循環ができあがる。
私はその稼いだ金の全てを父に渡すつもりだ。
そうすれば、この寂れた村の生活も少しは楽になっていくだろう。
つまり、私の頑張り次第ということだ。
もっと色々と作ろう!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
領主の家から帰り際、ウラリニスはハントの家に立ち寄った。
この興奮を、誰かと共有したくて仕方がなかったから。
「すごいな、あの少年は!」
感情そのものが言語になったかのような熱さだった。
それをハントがニヤニヤとした笑顔で聴いている。彼にとってもクラスト少年は己の息子のような存在だ。部外者の慌てふためき方が面白くて仕方がない。
「絶対にすごい御仁になるぞ!」
「そんなもん、俺も村人もみんなが思っているぞ。そんな坊ちゃんの家具を扱えるようになったんだ。恥をかかせるんじゃないぞ」
「当たり前だ!」
ウラリニスは気合を入れ直す。
うらぶれた商人人生に差し込んだ希望の光だ。それも、ちゃちな希望ではない。大商人への道すらもひらけてしまうほどだ。
あの少年が作り出す家具にはそれほどの力がある。
競争の激しい王都に持っていっても、間違いなく買い手はつくだろう。それも複数の。今まで足元を見られるだけだったウラリニスの商人人生で初めて、上に立つ商談が展開できる。
(やってやる、やってやるぞ!)
ウラリニスは燃えに燃えていた。まだ自分にもこんな感情があったのかと驚くほどだ。
話がひと段落したところで、ハントが別の話題を切り出した。
「ところでな、お前に買ってもらいたいものがあるんだよ」
「なんだ?」
家の外に出ると、そこには立派ななめし革が積み上げられた。
「これは……狼か?」
「ああ、村の奥にいた連中だ」
ウラリニスはなめし革を検分していった。
(狼を8体も……? こんな寂れた村でどうやって?)
そんなことを不思議に思いながらも、商人としての職責から品質のチェックを優先させた。いつもの、ハントが作るなめし革と同じ感じだが、いくつか品質の悪いものがある。
「……これは?」
「それはな、俺じゃなくて坊ちゃんが作ったものだ」
「ふぅん」
それほどの感動はなかった。目を見張るほどの高品質さはなかったし、それに、そう、それはハントが作ったものよりもよくなかったから。
人にも得意不得意があるのだろう、とウラリニスは思ったが――
「微妙だと思っただろ? だけどな、これは坊ちゃんが初めて作ったものだ」
「はあ!?」
そうなると話は別だ。ど素人中のど素人が作ったにしては形になりすぎている。質は良くないが、商品としては成立しているのだから。
「おまけにな、これとこれを比べてみろよ」
言われたものを比較すると、明らかに品質が違う。いずれもハントのものよりも劣ってはいるが、一方には確かな上達が感じられる。
「下手なのは坊ちゃんの一枚目。上手なのは坊ちゃんの最後のやつだ」
「――!?」
それなりの期間を置いた同一人物の作であれば理解できなくもない。
だが、こんな短時間でこれほど上達するものなのか!?
まるで雷にでも打たれたかのような気分だった。
「1年もしないうちに坊ちゃんのなめし革は俺を超えるよ。これからは革細工にも挑戦するらしいぞ?」
「ははは……売り物が増えて嬉しい限りだ……」
間違いなく、あの少年は天才だ。
さっき、大商人にも通じる希望などと思っていたが、それすらも甘い、とウラリニスは思った。それ以上のもの。あの少年の協力を得て、そこに至れないのなら、自分はその程度の器ということだ。
(失敗できねえ……!)
そのプレッシャがーたまらなく心地よかった。今までは、そんなチャンスすらなかったから。
「このなめし革も引き取ってくれねえか。未来の名職人の初作品だ。色つけてくれねえか?」
「悪いが、それはできないな」
肩をすくめる。
「だけど、今日は最高に気分がいい。友達のお前に自慢の酒を奢るよ。一緒に飲もう」
ハントはにやりと笑って、いいぜ、と答えた。
数日後、ウラリニスは再び燃え上がった商人魂を胸に村から旅立っていった。
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