第12話 枯れた温泉ならあるんですよ
8歳になった。
あの日から、半年に一回くらいだったウラリニスの来訪は1ヶ月に1度になっていた。
「クラスト様の家具、ものすごい大人気ですよ!」
くるたびに、大興奮の様子でそう報告してくれる。
この商機を逃すつもりはないらしく、オンボロだったクラストの荷馬車は、たくさんの荷物が運べる最新式の大型なものに変わっていた。
「知り合いに金を借りました!」
だそうだ。心配したくなる発言だが、時に投資が必要な瞬間があるのは確かだ。
行商のときは商品を積み込めるだけ積み込んでいたが、今ではほとんど無搭載でやってくる。そして、私が作った家具を満載にして旅立っていく。
「これが今回のお代です!」
かなりの枚数の金貨を置いて。
もちろん、私はその全てを父親に引き渡した。両親が善良な人間であるのはわかっているので、なんの心配もいらないのが救いだ。
「すごいな……本当にありがとう、クラスト」
そんなふうに父から感謝されると、嬉しくなってしまう。
ただ、有効な使途が見つからずに困っているようだが。
村人たちに還元したいと思っているが、この寂れた村は寂れた村で寂れているなりに安定しているので、実は大きな不足がない。直接、お金を渡すのは喜ばれるだろうが、あまり賢い方法でもない。また、この寂れた村は自給自足と相互扶助の考えに基づく物々交換で成り立っているので、お金を使う先もない。
そうこうしているうちに――
「お代です!」
またウラリニスがやってきて、たくさんのお金を置いて去っていく。そんなわけで使い道の定まらない貯金が増えていく一方だった。
それを考えるのは領主である父に任せて、私は黙々と生産に勤しんだ。
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名前『クラスト・ランクトン』
性別『男』
年齢『8歳』
特性『全生産適正』
習得スキル
『作図Lv41』『造形Lv35』『木工Lv65』『革細工Lv22』『解体Lv25』
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木工を主力としながら、森での鹿や猪狩りにも取り組んだ。当然、獲物の皮はなめして革製品に細工していく。革細工は木工に比べると高品質という自信はないので、村人たちに上着や靴を作ってプレゼントして喜んでもらっている。
狩りはいい。
肉が手に入るからな。当家だけでは食べきれないので、こちらも村中に分けて味を楽しんでもらっている。
そんな日々を過ごしながら、季節は晩秋となった。
「寒くなってきたな……」
「うん、でも、クラストくんおかげで暖かいよ!」
俺の独り言に反応したのは、隣を歩いているみっちゃんだ。みっちゃんは俺がプレゼントした猪の上着とブーツを身にまとっている。ちなみに、俺も同じだけど。
「これって、ペアルックだよね!」
などと、嬉しそうにみっちゃんは言っている。
あのみっちゃんが病気になって、私がコーネリアス草を手に入れた件以来、地味にみっちゃんからの圧が強まっている。怖い。
まあ、子供の世迷いごとだとは思っているが……。
私たちはハントの家を訪れた。ちなみに、ハントも同じ猪の上着を持っている。村人たちも。みんな、ペアルックだ。
「今日も狩りに行くのかい?」
「うん。場所は――」
ちなみに、狩りに行く条件として、どこに向かうかハントに報告することを義務付けられている。まあ、子供が入っていい場所ではないからね。昔はハントも同行していたが、私が猪を張り倒すのを見て「もう、俺は必要ないだろう……」と遠い目をしてルールが変わった。
ちなみに、みっちゃんがついてきているのは、彼女も狩りに同行するからだ。とはいえ、狩りそのものは手伝わず、解体と運搬の手伝いをしてくれている。
手伝い始めた理由は、
「だって、お手伝いしないとダメでしょ? 未来の花嫁として?」
みっちゃんからの圧が強烈だ。
ハントが頷いた。
「おう、わかった。行ってこいや。こんな寒いときに頑張るな、若い連中は」
「ホント、寒いですよねー」
そうみっちゃんが応じる。
「早く暖かくなって欲しい!」
「昔はな、森の中に面白いものがあったらしいぜ」
「面白いもの?」
「ああ、小さな池くらいの大きさでな……入ると、なんと暖かいお湯なんだよ!」
「ええ!? なにそれ?」
「温泉って呼ばれていたかな」
「ハントさんは入ったことあるの?」
「ないよ、ない。先代から聞いた話でな……それに今は、もう水が枯れてしまっているらしい」
「えええ、すごい面白そうだったのにー……」
みっちゃんが残念そうな声をあげている。
私も内心で残念だな、と思っていた。
温泉は、前世の私が大好きだったもののひとつだからだ。激戦を終えた後、温泉に浸かりながら酒を飲み、疲労をとっていたものだ。
できれば、また味わいたいものだが。
「クラスト君も温泉、入ってみたかったよね!?」
「そうだね」
そこでハントが口を開いた。
「じゃあ、見に行ってみるか、温泉? 案内してやるよ」
「え、枯れているんでしょ?」
「ひょっとしたら、また湧き出しているかもしれないだろ? それに俺以外には知らない話だからな、誰かに教えておいてやりたいんだよ。今日じゃなくてもいいけど、どうする?」
「行こう」
私は即決した。予定は変更になるが、そもそも狩り自体が暇つぶしや気分転換の類のものなので問題はない。それが『温泉跡地見学』になっても、特に失うものはない。
そんなわけで、私とみっちゃんはハントの案内で森へと入っていった。
どれくらい歩くのかと思えば、それほど遠くもなかった。
「ここだよ」
木々が途切れて、ぽっかりとした空間があった。その中央にすり鉢状の大きなくぼみがある。きっと、大昔には暖かいお湯で満たされていたのであろうが、そこには空気だけしか存在しなかった。
「意外と近いんだね」
振り返ると、木々の間から村が見えなくもない距離だ。
「ああ、先代の話によると、昔は村人たちも使っていたらしいぜ。この辺は物騒な動物もでないしな」
「あーあ、でも、残念! もう温泉はなくなっちゃんだ〜」
みっちゃんが肩をがっくりと落とす。
「どうだろう?」
私はポンと縁から底に飛び降りた。ぽっかりと開いた穴へと近づいていく。
「あ、私も私も!」
そんなみっちゃんの声が後から追いかけてくる。私は穴を見下ろしていた。大きさは人間の頭くらいだろうか。おそらくは、ここが温泉の吹き出し口なのだろう。
前世での記憶を思い出す。そういえば、お世話になった温泉宿の女将がこんなことを言っていた。
――以前、ここの温泉は枯れていたんですけどね、また湧くようになったんですよ。それ以来、蘇りの湯と言いまして、怪我に効くと評判なんですよ。
私は、ふむふむ、素晴らしいなあ、といたく感動していたが、一緒に温泉に入っていた空気の読めない大賢者グローリスが、ふん、と鼻を鳴らした。
――地震によって地下水の流れが変わって湧水が蘇ることはある。それだけのことだ。
本当に空気の読めない男だった。
だが、その空気の読めなさが今回は役に立ちそうだ。
私は右拳を握り締めた。
であるのなら、軽く地を揺らしてみるのも良いだろう。それで蘇るのなら重畳、蘇らなくても、まあ、それはそれで問題ない。特に失うものはないのだから。
私は静かに集中し、空気を吸い始める。
もちろん、この貧弱な体にそれほどの力はない。だが、前世で鍛え抜いた技ならある。衝撃を与えることに特化した殴打を放てば、地震と同じ効果を得られるだろう。
……前世であれば、技など使わずとも大地くらい割れたのだがなあ……。
気は満ちた。
「はあ!」
気合い一閃、私は渾身の一撃を大地に向かって放った!
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