第13話 温泉会
どぉん!
鈍い音が大地の奥底から響いた。
「え、これ――きゃあ!?」
隣に立っていたみっちゃんの声は悲鳴となった。超局所的な――まさにこの温泉跡地だけを対象にした狭小な揺れが足元を揺らしたからだ。
私の放った拳打は物質の内部に振動を伝えるものだ。例えるのなら、コップを割らずに中の水だけを大きく掻き回すような。硬い鎧を身にまとった相手を倒すために考えた技だ。ただ、前世の私だと、そもそも鎧を着ていようと中身もろとも砕く一撃が放てたので役に立つ局面が少なかったのだが、まさか、ここで役に立つとはなあ……。
揺れがおさまった。
「おい、坊ちゃん! 何が起こった!? いや、何をした!?」
「温泉が復活しないかなって」
「そ、そりゃ、どういう……?」
ハントの声は不意に語尾が上がった。みっちゃんも不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ――
奇妙な重低音が足元から聞こえてくる。おまけに、その音は不思議なことに少しずつ近くなっていた。
「クラスト君、これ……」
私の返事はいらなかった。私の足元にある枯れた温泉の穴から、勢いよく水が吹き出したからだ。
「えええええええええええ!? うわああああああ!?」
吹き出した温泉は地面に引かれて落下する。根元にいる私と悲鳴をあげるみっちゃんの頭に降り注いだ。
その水はとても温かった。実に適温で、心地がいい。
少しばかり前世の温泉を思い出して懐かしい気分になる。どうやら、ダメ元だった私の実験は成功に終わったらしい。
みっちゃんが降り注ぐ温泉に両手をあげて喜んでいる。
「すごい、すごい! 温かい水だ! これが温泉! 温泉なんだ!」
ハントがぽかんとしている。
勢いよく吹き出した温泉水だったが、すぐにその勢いは衰えた。だが、消えてなくなることもなく、持続的に水を供給し、あっという間に足元を水で満たしてくれた。ぐんぐんと水位が上がっていく。
「早くあがろう」
私はみっちゃんの手を引いてハントの元まで戻る。
水位はぐんぐんと上昇し、あっという間に温泉跡地を水で満たしてしまった。溢れないのかな? とも思ったが、どこかから水が抜けているのだろう、ちょうどいい感じで水位が保たれている。
「ほおお……まじかよ、たまげたなあ……坊ちゃん、あんたって人は……」
「ははは、うまくいってよかったよ」
「すごい、すごいよ、クラスト君!」
ここは気持ちよくひと風呂浴びて帰りたいところだが、男性二名に女性一名だ。仕切りもないし無理があるだろう。ここは出直して――
「よし、坊ちゃんとみっちゃんは温泉に浸かってのんびりしていろ。そんな濡れた格好で帰りたくはないだろ? 風邪でも引いたら大変だ。俺が村に戻って服を持ってきてやるよ」
「へ?」
「のんびり温泉でも楽しんでいろよ!」
そのままハントは私たちを残して村へと歩いていった。
残ったのは、私とみっちゃん。
……いや、男性と女性なのだ。さすがに一緒に風呂に入るのは……。
「ハント、変なことを言っていたけど、気にしなくて――ええ!?」
振り向いてみっちゃんを眺めていると、みっちゃんは服を脱いでいるところだった。
「え、どうしたの、クラスト君?」
ためらいなくみっちゃんが服を脱いでいき、次々と肌色部分が増えていく。
やがて、素っ裸になったみっちゃんは、
「わーい!」
と温泉に飛び込んだ。温泉には静かに入りましょう――まあ、周りには誰もいないのでいいけど。
温泉から顔を突き出し、みっちゃんが笑顔を向けた。
「気持ちいいいいい! クラスト君も入ろうよ!」
とても幸せそうな少女の笑顔だった。
少女の――
ああ、そうか。みっちゃんも私も8歳児なのだ。子供同士が風呂に入ることは特に不思議でもない。
しかし、私の中身は100歳を超えた老人なのだ。それなりの人生経験もあれば分別もある。この誘いに乗ることに不道徳な気持ちがあるのも事実だ。
しかし、ここで突っぱねるのもおかしな話でもある。
なぜなら、私の外見は子供なのだから。お友達の女の子と一緒に風呂に入ることにおかしな点はない。
……やましいのは私の心だな。
そもそも、まだまだ子供なみっちゃんの体に異性的な何かを感じることはなく、ただただ元気なお子さんという印象しかない。
あまり深く考えなくてもいいか。
結論、バカになれ。
「よーし、入るぞ!」
「わあああああい!」
喜ぶみっちゃんの前で裸になり、私もまた温泉へと入った。
はうう……気持ちいい……。
ほどよい温度の温かさが、冷えていた体を包み込んでくれる。固くなっていた筋肉がほぐれていく感じが、疲労が溶け出していく感じがたまらない。
あっという間に体の芯まで温められて、私は夢見心地になった。
温泉を掘って本当に良かった。
「気持ちいいよねー、クラスト君!」
「そうだね、極楽極楽……」
「極楽ってなに?」
うっかり老人用語を口にしてしまった。
「すごく気持ちいいって意味だよ」
そんな感じでまったり溶けているうちに、服を持ってきたハントが戻ってきた。
……人数が増えている。
ハントの後ろには私の父親が立っていた。
「す、すごい! 本当に温泉が湧いただなんて!」
どうやらハントから報告を聞いていても立ってもいられなくなったらしい。父は片膝をついて温泉に手のひらをつけた。
「温かい!? こんなものがあるのか……!? すごいじゃないか、ハント!」
「ええ、すごいです。これは奇跡です。だけど、すごいのは俺じゃなくてね、坊ちゃんですよ」
「クラスト、やったじゃないか!」
「は、はい!」
全裸なので、褒められても少し困るのだけど。
村人たちの憩いの場所を作ることができて良かった。味気ない行水よりも、絶対に温泉のほうが気持ちいからな。まずは大きな仕切りを作って、男湯と女湯に分けるところから。脱衣所も作りたいな。そんなことをモヤモヤと考えていると――
最終系まで一瞬にして映像が頭に浮かび上がった。それは私が湯治していた温泉宿だった。
「そうだ!」
「うん、どうした、クラスト?」
首を傾げる父親に、私はこう言った。
「この温泉を売り物にした宿屋を作って、観光客を呼び込めないかな?」
そうすれば、この寂れた村も大きく発展するだろう。
そんな簡単にことが運ぶかって?
問題ない。お金も、職人も、ちょうどここにあるのだから。
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