第14話 温泉宿を作ろう!
温泉宿を作るのはどうだろう――
その着想は領主として有能な父の心に響いたようだった。彼もまた、この寂れた村を盛り上げたい――外部の人からも魅力のあるものにしたい、という気持ちはあるようだから。
家に戻ってから、しばらく考え込んでいた父が話しかけてきた。
「少しいいかな、クラスト。相談に乗って欲しい」
そして、連れていかれたのは父親の執務室兼寝室だった。
父が執務机の椅子に座り、私はベッドに腰掛ける。
「クラスト、温泉宿を作る案、本気なんだな?」
「うん」
「温泉宿だけで人が呼べるだろうか……?」
投資の回収を気にしているのだろう。外部の人向けに作る以上、それなりの箱を作る必要がある。それにはお金が必要だ。あぶく銭である私の金ではあるが、無駄にはしたくないのだろう。
「問題ないよ」
私は自信たっぷりに言い切った。
「そんなに娯楽の種類があるわけじゃないからさ。謎の温かい湯に浸かって気持ちよくなる――悪くないと思う。あちこち飛び回っているウラリニスにも宣伝をお願いすればいい」
急速に商人としての立場を気付きつつあるウラリニスの発言力はかなりの助けになるだろう。
品質や物珍しさには自信がある。口コミで広がるのは間違いない。今までは無視されるだけだったこの寂れた村も、温泉に浸かっていこうかな、という動機で旅人や行商人たちの経路に組み込まれる可能性もある。
「きっと繁盛すると思う。だから、それに見合う大きな宿を作りたいんだ」
幸い、土地だけならいくらでもあるし、領主である父の力もあるんだから。
「ああ、私も希望を感じしている」
しかし、父の表情は険しい。おそらく彼自身も乗り気ではあるが、誰かストッパーが必要なのも事実。下手に動かして、失敗でした、では悲しすぎる。いくら私の貯金が元ネタとはいえ、これほどの大きな事業の失敗は寂れた村に大きな損傷を残すことになる。
ゆえに、自分を徹底的な慎重派に置くと決めたのだろう。
それはそれで、村民たちの上に立つものとして正しい道だと私は思う。
父の目が壁にかけられた絵画に映った。
それには、この村と周りの絵だった。村と大きな森の全景が描かれている。
「温泉があったのは、森のあの辺――村からそこまで遠くはない場所だ。だけど、今は森の中にあるのも事実だ。これをどうする?」
「森を切り開くしかないよね。歩いていける距離ですよ、と言ってお客さんに暗い森を歩かせるわけにはいかないからさ」
「切り開く、か。かなりの手がかかるぞ」
「大丈夫だよ、少しずつでもいずれは終わるから」
体力には自信がある。手刀で木を切断し、切り株をひっぺ返すだけ。それほどではないだろう。前世の肉体であれば1秒で森全体を消滅させることも可能だったが、この肉体でも技を駆使すればいずれは終わるだろう。それに、この肉体のほうがいいこともある。少しだけ森を切り開く程度の小さな作業は、前世の肉体だと逆に面倒なのだ。
「いずれにせよ木材もたくさん必要だから。一石二鳥ではあるんだよ」
「それはそうだな……」
納得をした父は次の論点に移行した。
「あの辺の森は安全ではあるが、昔のように狼が現れる可能性もある。客が怪我をするのは避けたい。どうすれば安全を担保できるだろう?」
「森を切り開くから、動物たちは距離を置くと思うんだ。あとは狩人にお願いして、定期的な見回りをすればいいんじゃないかな? 罠を仕掛けるとか」
「ハントだけで回せるか?」
「村を大きくするということだから、他の狩人にも来てもらえばいいと思うよ」
私の言葉に、父親は大きく頷いた。
どちらにせよ、人を増やすことは必要だろう。宿の運営は村人の手伝いだけでは厳しいだろう。それはまだ客が少ない最初のうちだけで、客が増えるに従って――つまり、この村の名声が高まるに従って、新しい住民たちを増やす必要がある。
「できなくはなさそうだな」
「うん、やれると思う。きっと村のためになると思う」
「最後の質問だ。誰が宿を作るんだ?」
「それは、僕――」
自信たっぷりに答えようとしたのに、言葉の語尾が不意に消えてしまった。
……そうか、今の私には建築物を作る能力がないのか……。
なんでも作ることができる『器』ではあるが、現時点でなんでも作れるわけではない。それなりの修練を積むことで、他人よりも早く成長できるだけだ。
建築物を作ったことがない。
建物を作ることに関するスキルを持っていない。作図スキルくらいは役に立つだろうが……それだけで建築物を建てることはできない。
見様見真似で建物を作っていけばスキルは向上していくだろう。
その代わり、不格好で怪しげな建物がたくさんできてしまう。作ってすぐ壊せばいい? それはそうだけど、資材の無駄だし、あまり有意義な時間だとも思えない。最後の、本当に最後の手段だろう。
そもそも、私が作りたいのは100年後の村にも残っている、やってきた観光客たちが他に話したくなるほどの立派な宿だ。どれだけのスキルが必要になるのだろう。宿の出来は計画の根幹だ。強引な進め方は失敗を招くだけだろう。
急に黙りこくった私に、父が心配そうな声をかける。
「……どうした?」
「うん? うん……宿を作るのは今の僕には無理かな……」
「……そうか……」
少し残念そうな声をこぼす父。彼もまた、計画に乗り気だったから、当然の反応だろう。
「なら、外部から連れてくるしかないか……」
「外部?」
「建築の専門家だ。そうすれば、できるだろう。ただ、問題は――」
父は渋い表情で黙り込んだ。
問題は、私にもすぐわかった。まず金額だ。無料で働く私と違って、外部の人間を使うにはコストが必要だ。それは技量に依存する。作りたい宿のグレードに妥協しなければ、とんでもない金額になるだろう。
そして、より大きな問題は――そんな彼らが、こんな寂れた村まで来てくれるかどうか。
「宿のグレードを落とすしかないか……」
父がぼそりと暗い声で吐き出す。
現実的なことを考えると、そうなるだろう。それなりの金額で、こんな寂れた村にも来てくれる人たちで妥協するしかない。
「僕はもう少し考えたい」
そんな父を諌めるように、私は強く言った。
それでは意味がないのだ。いや、意味はないは言いすぎた。おそらくは、それでもそれなりに成功はするだろう。だけど、私は大成功させたいのだ。訪れた人が感動してもらいたい。それには宿の立派さしかない。残念ながら、この村にはそれ以外の何もないのだから。
安易な妥協は良くない。
これは一発勝負。建ててしまったら、もうどうしようもないのだから。
「ウラリニスに相談してみようよ。彼なら何かアイディアがあるかもしれない」
そんな会話がなされているとは知らずに、数日と経たないうちにウラリニスが村にやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます