第15話 建築スキルを生やそう!

「あいも変わらず、クラスト様の家具は大人気でして……もう予約が半年先まで埋まっていますよ。よいものをご提供していただきありがとうございます」


 挨拶にやってきたウラリニスに、私の隣に座る父親はにこやかに告げた。


「まあ、それは置いておいて」


「は?」


「今日は少し趣が違う話をしたいんだ」


 第二作戦会議が始まった。温泉宿の構想を聞いたウラリニスは、

「面白いことになっていますね」


 と本当に楽しそうな表情で言った。やはり商人だけあって、こういうことには興味が強いのだろう。


「温泉ってのは、そんなに気持ちのいいものですか?」


「あとで入っていくといい。本当に素晴らしいものだよ」


「そりゃ楽しみだ」


 父の言葉に浮かべた笑顔を、しかし、ウラリニスはすぐに引っ込める。


「それで、その宿を作る人間を探したいと?」


「ああ、そうなんだ。誰かあてはあるかい?」


「最近は、皆さんのおかげで私にも多くのツテができましてね……大商会のラインをたどれば話を聞いてもらうことはできると思います。でも――」


 そこで顔が曇った。


「領主様の考えていることと同じ問題は残ります。腕利きは難しいでしょう。並みの範囲でよければ――このウラリニス、ご恩もありますから、そのうちで最上を連れてきます」


「やはり、そうか……それで頼むべきか……どう思う、クラスト?」


「あんまり気乗りがしない」


 やや現実に折れそうになっている父親ではなく、ウラリニスに目を向けて私は話をした。


「この温泉宿は立派なほうがいいと思うんだ。だって、これが目玉だから。泊まってよかったな、って思ってもらえるようなものを作るべきなんだ」


「私もそう思います……妥協したラインで、その理想にどこまで近づけるか、ですね……」


「やってみなくちゃわからない?」


「わかりますよ、クラスト様の言いたいことは。それじゃ困る、と。できてから、これじゃなかった、となると悲惨ですからね」


 ウラリニスは天井を見上げながら、少し考えて、やがてポツリと言った。


「……そうだ、逆にクラスト様が……行くってのはどうです?」


「僕が?」


「ええ。その、もともとクラスト様が作るつもりだったんですよね? だったら、作れるようになるまで修行してはどうでしょう?」


 それは悪くはないアイディアだと思った。

 私が作るのなら、私が思うものを完全に再現できる。前世では連戦に次ぐ連戦、ゆえに戦後は温泉に次ぐ温泉だった私だ、立派な温泉宿のイメージは溢れるほどだ。

 だけど、問題は――

「修行って、どこが雇ってくれるの?」


「どこでも、です。王都の有名店であっても可能です」


 隣の父親は小さく息を飲んだが、ウラリニスの口調には断固とした強さがった。


「雇うだけですからね。もちろん、ダメならすぐに切られますが、クラスト様であればなんの心配もいりません。その程度の口利きであれば、今の私ならばどうとでもなります」


 いつの間にか、ウラリニスが大商人の気風をまとっていた。実に頼りになるな。

 王都の有名店で弟子入りか……。

 悪くない考えだ。自力で修行するのは非効率の極みだと思っていたが、有名店で教わりながらなら成長も早いだろう。少しばかり、宿の建築計画が遅れるのが難点だが、別に急ぐ必要があるわけでもない。


「お父さん、僕は王都に行ってみたい 」


 大事な一人息子兼後取り息子の旅立ちだ。悩むかと思ったが、父親の答えは速かった。まるで、ウラリニスの言葉を聞いた瞬間に腹を決めていたかのように。


「うん、私も行くべきだと思う。お前の才能を知っている私に止められるはずがない。思う存分、学んで来るんだ。王都には、この寂れた村にはないものが全てあるんだから」


 話は決まった。

 ウラリニスが満面の笑みを浮かべる。


「私もそのほうがいいと思います! クラスト様の才能に恥じない、素晴らしい修行先を用意しますので、お待ちください!」



「ありがとう、手間をかけさせるね」


「いえいえ、お気になさらず。私としても、ありがたい話なのです」


「……どうして?」


「王都に拠点を移していただけるのなら、そこで家具の受け取りができますから。スムーズに仕事が運びます。おまけに、クラスト様ほどの実力であれば、紹介先に多大な恩を得ることができるでしょう。私の株が上がるというものです」


 さすがは商人、如才がない。


「なら、遠慮はしないでおこうかな。万事、よろしく頼むよ?」


「はい、住居の手配から全てお任せください!」


 ウラリニスは村での用事を手早く済ませると、いつもよりも短い滞在で村を出ていった。

 そんなわけで、私はしばらく村を離れることが決まった。

 ……さて、そうなると、いつもとは違うムーブが必要になる。村からいなくなるのだから、その前にやっておくべきことをするべきだ。

 そこで思いついたのが、温泉に関することだ。

 とりあえず、男湯と女湯を分ける必要がある。そして、脱衣所も欲しいところだ。

 今はまだ温泉復活は告知していないが、その辺が完成すれば皆に解放してもていいだろう。それを片付けてから村を去るのが一番いい。

 私は再び温泉地へと向かった。

 暖かいお湯がほかほかと湧き、冬の冷たい空気を温めている。ここには温泉がある。だが、温泉以外のものは全てが自然のままで、何もない。

 少しずつ人の手を入れていくのだ。

 まずは、温泉周辺を切り開くことだ。周囲は木々に囲まれていて鬱蒼としている。脱衣所を作るスペースが必要だし、ここは人の領域だと獣たちに知らしめることも必要だ。

 私は樹木に近づいた。

 私が抱きついても両手が届かないくらい、みっしりと太った木だ。その樹齢を思うと、ここで文字通りに『断つ』のは気が引けるものもある。しかし、我々にも営みがあるのだ。


「許せ」


 私は手刀を木の表面に当てた。それをゆっくりと引き、木から距離を置く。静止。そして――


「はあっ!」


 気合いの掛け声とともに、手刀を樹木に叩き込んだ。

 すん――

 そんな何か擦過音が薄く響く。私の手刀は、まるで樹木の中を透過したかのように、すっと逆サイドから抜け出した。

 まるで何も起きなかったかのような、静寂。

 もちろん、何も起きていないわけがなかった。

 みし、めしめし、べきべき!

 嫌な音を立てて、切り株だけ残して樹木がへし折れる。やがて自重に耐え切れず、ドーンと大きな音を立てて地に伏した。

 平たく言えば、私の手刀が樹木を切った。そして、半ばを切り裂かれた樹木は己を支えることができず、真っ二つにへし折れたのだ。

 目標を無事に達成できたわけだが、どうにも虚しい気分にもなる。

 前世の己の肉体であれば、手刀で半ばを切る、という微妙な効果ではすまない。生み出した真空の衝撃波だけで鋭利に真っ二つだ。そのまま、ずるずるとずれていく感じなのに。……いや、衝撃波が爆発して、10メートル先の樹木まで切断していたかな?

 較べても詮無いとはいえ、どうしても考えてしまうな……。

 続いて、切り株の処理にかかった。

 切り株の端を両手でつかみ、一気に引き上げる。


「ふっ……く!」


 残念ながら無理だった。伐採のとき、鍛錬を重ねた己の肉体を試そうとたまに挑戦するのだが、抜けた試しがない。

 前世の肉体であれば、引っこ抜くどころか、抱きしめただけで木っ端微塵にできたのに。

 仕方がないので、私はいつもの方法を使うことにした。

 そっと切り株に手を当てて――

「はあっ!」


 私は、温泉を掘り起こした衝撃パンチを切り株に叩き込む。衝撃を与えることで振動を起こし、地面の中にある根をバラバラに引きちぎるのだ。

 さて、下準備は終わった。

 サクサクと作業を進めていこう。

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