第8話 革細工を作ろう

 翌朝から、狼の皮のなめし作業が始まった。

 私がやってくると、ハントは家の外に出た。そこには私たちが持ち帰った狼の皮が積み上げられている。


「どうやるの?」


「まずは水につけて洗う。汚いからな」


 そう言って、ハントは大きなバケツを持ってきて、そこに並々と水を注いだ。そして、一枚の皮をつっこみ、じゃぶじゃぶともみ洗いする。

 あっという間に水が真っ黒になった。


「体を洗ったことのない連中だからなあ」


 やがて、ハントが洗濯を終えた皮を取り出した。


「次のやつは坊ちゃんが洗ってくれ。できるか?」


「もちろん」


 雑務を断るなんてあり得ない。そこも含めて『革』を作ることなのだから。私は嬉々とした気分で新しい皮を手に取り、ハントと同じように洗い出した。


「洗いながらでいいから、見ておけ」


 ハントは鋭利なナイフを取り出すと、毛やこびりついていた肉片を外していく。


「こういう感じで皮を綺麗にしていくんだ」


「うん、わかった」


 皮が洗い終わったので、私も毛剃りを始めていく。

 ここでも前世での経験が役に立った。私は拳だけではなく、刀剣の使いにも慣れている。私は思うがままに刃を滑らせることができる。


「……なかなかやるじゃねえか、坊ちゃん」


 毛を剃り落とした部分を見て、ハントがそんなことを言う。

 なかなかのツルツルっぷりだと思う。私は齢100を超えても髪があったが、盟友だった老大臣のつるっとした頭と比較しても引けは取らないかもしれない。

 ハントのものと比べても、品質は私のもののほうが上だろう。


「昨日の解体でも思ったんだけど、坊ちゃんは刃物の扱いに慣れているのか?」


「100年くらいの経験があるよ」


「おいおい、冗談を言うならもう少し工夫してくれ。そっちは修行が足りないな!」


 そう言って、ガハハハとハントが笑う。本当のことなのだが、確かに7歳児の発言としては不適当だ。変に口を滑らせても、信じてもらえないことは便利ではある。

 やがて、ハントが1枚目の毛剃りを終えた。

 ハントの家には、大きなひさしのついた一角がある。直射日光が当たらない場所に大きな樽があって、そこに水をドバドバと注ぎ込み、最後に家から持ってきた瓶から液体を流し込んだ。


「……その瓶は?」


「なめし液だよ。こいつを入れたものにつけておくと、革になるんだよ」


「へえ! 明日にはできているの?」


「いやいや、一週間は放置だ」


「長いね!?」


「自然の素材を使えるようにするには時間がかかるものなんだよ」


 確かに木材も水分を飛ばすにはそれなりの時間が必要だ。

 ひとつの製品が出来上がるまでには、素材の成り立ちから考えると膨大な手間暇がかかっているのだなあ……と感心してしまう。

 前世では木造の建築物など拍手の衝撃だけで破壊していたし、革の鎧に至っては眼力で圧をかけるだけで打ち砕いていた。壊すのは一瞬だが、作るのはこんなにも大変なのだなあ……。

 少しばかり、前世での製造者を思って反省してしまう。

 そんなわけで、私の革細工修行はしばしの空き時間ができてしまった。

 革が上がるのを待っている間に、懸念事項が無事に解決した。


「村長! 娘の熱が下がってきた! 峠を越したよ!」


 みっちゃんの父親が家にやってきて、喜びの声を届けてくれたのだ。もちろん、私の家族一同は両手をあげて万歳三唱した。


「クラスト君、本当にありがとう! 君は娘の命の恩人だ!」


「いやあ……たまたまですよ。でも、お役に立てて嬉しいです」


 みっちゃんのお見舞いに行きたいところだが、今はまだ病み上がりなので、控えておこう。

 そんなこんなしているうちに、


「できたぞ」


 なめし革が完成した。純粋に『皮』なので、四足獣の形以外はなんの痕跡もない。自分で初めて作ったものだと思うと感慨がある。

「この革を使って、色々と作れるんだよね?」


「ああ、革細工だな。だけど、悪いな。そっちは俺の領分じゃないから教えてやれない。なめして売るまでが俺の仕事だな」


「そうなんだ……」


 少し残念ではあったが、豪快なハントがちまちま裁縫している姿も想像できないので当然か。それをいうのなら、前世の私を知る人間が、私がちまちまとものづくりをしているのを知ると腰を抜かすだろうが。


「革で何かを作りたいのなら、クレナを訪ねるといい」


 クレナというのは村の人間で、主に裁縫を得意とする女性だ。服の修繕から作成まで請け負ってくれる。


「布が専門で革はあんまり詳しくないらしいが、基礎的なことはわかっている。あとはお前のセンスでなんとかなるんじゃないか」


 最後の投げやりな感じが気になるが、たまらなくハントっぽくて好きだった。


「わかった、聞いてみるよ」


 そう言ってから、私は視線を革に戻した。


「これ、僕にも何枚かもらえるのかな?」


「もともとは坊ちゃんのものだろ。好きなだけ持っていけ。おっと、手間賃は残しておいてくれよ」


「僕のぶんは3枚くらいでいいよ」


「それでいいのか? 7枚でも文句はないぞ?」


「充分だよ」


 これだけ教えてくれたハントには恩義があるからね。

 一枚はクレナへのお土産。教えを乞うのだから、何かしら貢物は必要だろう。次の一枚は自分のぶん。靴を新調してみたいので、ちょうどいいだろう。残りの一枚は――

「ハントは残ったぶんをどうするの?」


「村の連中が欲しければ交換するかな。なければ行商人に売るつもりだ。そろそろ来る時期だ」


 私はクレナの家に向かい、革細工を教えて欲しいと頼んだ。

 クレナは30歳くらいの女性で「革細工は本職じゃないんだけどね」と言いつつ、作り方を教えてくれた。

 基礎さえあれば充分だ。

 スタート地点を自力で調べることの、なんと難しいことか。そこさえわかれば、ハントの言う通り、あとはセンス勝負になる。

 そして、この肉体は生産職については高いセンスを持っている。

 数日かけて、私は自分用の革のブーツを作った。

 今までの草を編んで作ったサンダルに比べると、実に歩きやすい。でこぼことした森の地面も、これなら楽に歩けるだろう。

 それから――

「みっちゃん、お見舞いに来たよ」


 私はみっちゃんの家を訪れた。快方に向かったという報告から日も経っている。みっちゃんの両親に確認すると、娘も喜ぶからぜひ! と言われた。

 ドアを開けると、簡素なベッドに上半身を起こし、みっちゃんは静かに本を読んでいた。

 俺に視線を向けたみっちゃんの表情がパッと明るくなった。


「あ、クラスト君! 久しぶり! 元気!?」


「元気、かどうかは僕のセリフじゃないかな」


「ああ、そうだね!」


 そう言って、みっちゃんは楽しげに笑う。その表情に病魔の影はなく、以前の明るいみっちゃんのままだった。

 あのとき行動を起こして本当に良かった。


「で、元気なの?」


「うん、もう元気だよ! 本当は遊びに行きたいんだけど、お母さんがまだダメって言うんだ」


「そうか」


「だから、クラスト君が来てくれて嬉しいよ」


「じゃあ、退屈しているみっちゃんにこれをあげよう――お見舞いのプレゼントだよ」


 私は持ってきていたカバンから――さらに小さなカバンを取り出した。

 それは、子供にはちょうどいいサイズの肩掛けカバンだった。大変な目にあったみっちゃんが少しでも元気になればと思って考えたのがこれだった。

 果たして喜んでくれるだろうか。

 前世の頃から、あまり女性には気が効くタイプではない。こういうもののチョイスには、あまり自信がなかった。

 みっちゃんは私が差し出したカバンを手に取った。そして、それをキラキラと輝く瞳で眺める。まるで、世界でたったひとつしかない宝石を眺めるかのように。


「プレゼント、私に……?」


「うん。どうかな?」


「嬉しい、嬉しいよ! こんな素敵なカバン!」


 みっちゃんが満面の笑みを浮かべてくれる。作った苦労は無駄ではなかった。


「でも、どこで買ったの?」


「僕が作ったんだ」


「え!?」


 しばらく絶句してから、みっちゃんが続ける。


「そうか! でも、クラスト君、器用だから、これくらいできるかもね」


「ものづくりなら任せて」


「このカバン、すっごく大事にするね? 一生ずっと大切に!」


 そこでみっちゃんは悩ましい表情を作った。


「でも、どうしょう……薬を用意してくれたのもクラスト君で……このカバンをくれたのもクラスト君で……どうやってお返ししたらいいのかわからない!」


「気にしなくていいよ。みっちゃんが元気なら、それでいいから」


「うーん、でも……ここまでされたらねえ……」


 しばらく考えた後、みっちゃんが両手を叩いた。ピカピカと輝く瞳を私に向ける。


「思いついた!」


「え?」


「私決めた! クラスト君のお嫁さんになる!」


「いやいやいやいやいやいや!?」


 さすがにこれだけで未来を決めるのは早計だろう。みっちゃんには、もう少し自分を大事にするよう、教え諭さなければならないな……。

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