第7話 大量の皮が手に入ったぞ
静寂だった夜の森に響き渡る争乱の音。
しかし、それはあっという間に終わった。ほんの数秒おきに狼の悲鳴が響き渡り、1分とたたないうちに再び森は沈黙の世界に落ちる。
「ふぅ……」
私は周囲を見渡した。
そこには骨を砕かれ、内臓を破裂させた狼たちの死体が転がっている。ひくひくと小刻みに痙攣している個体もあるが、いずれは動かなくなるだろう。
一方、私は傷ひとつついていない。
だが、それではダメなのだ。そんなものは誇りにも何にもならない。それを果たした上で、私は疲れすら知らない自分でいたかった。
なのに現実は違った。短い時間とはいえ全力を振るった代償として、肉体が微妙な疲れを感じていた。
「……この程度で……」
昔であれば、10日間不眠で難敵と戦っても疲れなど知らなかったのに。
私は己を鼓舞するために、休むことなく進むことにした。肉体が、酷使するほど強くなることを私は知っている。ここで休まずに進めば、体力もまた厚みを増していくのだ。
森をぐんぐんと奥へと進んでいき、
「あれか」
大木の直下に、ハントのスケッチ帳にあった薬草と同じものがあった。緑の葉っぱだが、マダラについた赤い斑点が特徴という外見にも一致している。
みっちゃん、見つけたぞ!
私は喜び勇んで来た道を戻っていった。
森から出る頃には太陽が登り始めていた。漆黒のカーテンを溶かして、柔らかい陽光が降り注ぐ。
年寄りは目覚めが早いというが、本当だろうか?
私はラム婆さんの家に近づいて、どんどんとノックをした。
「ラム婆さん! ラム婆さん! 僕だよ、クラストだよ!」
しばらくすると、ラム婆さんがドアを開けて顔を出した。寝巻きではない服装で表情もしっかりしていたので、起きていたようだ。
「なんだい、坊ちゃん?」
「これでみっちゃんの薬を作ることができる?」
私が差し出した薬草を見て、ラム婆さんが目を見開いた。
「これは、コーネリアス草じゃないか!? どこで手に入れたんだい?」
「うーん……森の近くを散歩していたら、たまたま?」
別に正直に言ってもいいような気もするのだが、ここは誤魔化すことにした。ここで私への質問に時間を割くのは賢明ではない。1秒でも早く、みっちゃんの薬を作るべきなのだ。
「そんなところに生えていた? 嘘みたいな話だけど、ありがたい。とにかく、薬を作るよ! すまないけど、みっちゃんの家にすぐ薬を持っていくからと連絡しておいてくれないかい!?」
「うん、わかった!」
私はみっちゃんの家に向かった。愛娘が生死の境をさまよっているだけあって、みっちゃんの両親はほとんど寝ていようで、表情に疲れが目立つ。
しかし、ルネ婆さんからの伝言を伝えた瞬間、一瞬にして顔に生気が戻った。
「ほ、本当かい!?」
「はい。もう少しの辛抱です」
その後、私は自宅に向かった。
……家の中からは家人の生活音が聞こえる。玄関から帰れば、きっと混乱するだろう。無用な混乱を避けるために私は窓から自室に戻り、荷物を置いてリビングへと向かった。いずれはバレるだろうが、それは今日この時である必要はないのだ。
挨拶を交わして両親たちと何事もなく朝食を摂る。
終わった後、私は家を出た。
ハントの家に入ると、昨日、私がベッドに寝かせたままの姿勢だった。カーテンを開けてしばらく待つと、うう、とうめいてハントが目を覚ました。
「おはよう」
「坊ちゃん、どうしてお前が――ああ!? 思い出した! おい、どういうことだ!? どうなったんだ!?」
「まずは謝るよ。ごめんね、クラスト。でも、おかげでみっちゃんは助かった」
「……!? おいおい、マジかよ……コーネリアス草をとってきたのか?」
「うん。借りていたものを返すよ」
私は森の地図と、コーネリアス草のスケッチを返した。
「貸した覚えはねーよ!」
強い語調で言いつつ、ハントは地図とスケッチをひったくった。
「……役に立ったか?」
「とても。それがなければ、無理だったよ」
これはフォローではなく、単純な事実だ。私の前世の知識は戦闘に特化していて、薬草学などはこれっぽっちも存在しないから。
私がそういうと、ハントは誇らしげな笑みを浮かべた。
「そうか、そりゃ良かった」
「ところで、狼の死体は何かの役に立つのかな?」
「狼の死体? 皮は役に立つな。牙も装飾品とかで需要はある。ん……? まさか……?」
「森を歩いていたら狼の死体を見つけたから、聞いたんだよ」
私の言葉にハントは疑わしげな視線を向けてきた。
お前が倒したんじゃないのか? という疑惑と、でも、こいつ七歳児だぞ!? という反駁がせめぎ合っている様子だ。
とりあえず、謎の大量死で押し通すとしよう。
もう少し普通の七歳児を演じていたい。
結局、ハントにとって皮はいい稼ぎになるのだろう。誘惑に勝てず、私とともに森の奥へと向かった。
明るい日差しを反射して、木々を覆う緑が宝石のような輝きを放っている。雑草も歌うように伸び上がり、樹木の鮮やかな茶色が生命の強さを感じさせる。
そんな麗らかな緑の世界に、血反吐を吐いた狼たちの死骸が転がっていた。
「ここだよ」
「ちょっと大量殺戮すぎるだろ、これは!?」
異常な状況にハントが頭を抱えた。
「ええと……これは何だ? お前が倒したのか?」
「僕は普通の七歳児だよ?」
「あんなに器用に家具を作りまくる七歳児が普通か?」
普通じゃなかった。
「いいよ、ま、詮索はしない。ひゃー、しかし、大漁だな。大忙しだ」
「大変?」
「作業量はな……持って帰るのも、この量だと……でも、肉は捨てていくから、それは楽か」
ハントが腰から大振りな解体ナイフを取り出す。
「時間がかかるから、お前は先に帰ってろ」
「ここにいる。解体を見せてよ」
「もの好きだなあ……吐くなよ?」
ハントが狼の解体に取り掛かった。慣れた手つきでナイフを差し込み、皮を剥いでいく。
もちろん、その過程で澱んだ血が吹き出し、肉の破片が飛び散るわけだが、私は特に不快に感じることもなく眺めていた。そういうのは、前世で見飽きるほどに見たのでね。
二匹目の処理が終わったところで、私はハントに近づいた。
「解体用ナイフを貸して欲しいんだけど?」
「え?」
「手順は覚えた。僕も練習してみたいんだ」
少し困った様子だったが、最終的にハントは予備の解体用ナイフを渡してくれた。
狼の体にナイフを差し入れて、すっと刃先を動かす。やはり、今の時点ではまだ慣れていない。どうにかこうにか1匹目を終えたときには、すでにハントは5匹目の解体に取り掛かっていた。
実力の差を嘆く必要はない。年季が違うのだから、当然だろう。
それに得るものはあった。
私のスキルに『解体Lv1』が発現したからだ。読み通りだ。どうやら『解体』もまた生産スキルの範囲に入っているようで成長が早い。
私は2匹目の作業に取り掛かった。
そうやって作業を進めていき、意外と早く解体作業は終了した。とはいえ、はいだ皮の枚数も相当なため、村まで持ち帰るのに何度も往復する羽目になったが。
もう、とっぷりと夜になって作業は終了した。
「ふぅ、終わったか」
腰が痛いとぼやくハントに私は尋ねた。
「この皮をこれからどうするの?」
「なめすんだよ。なめし革にすれば服や靴を作れるからな。おい、お前、まさか……」
私は満面の笑みで、ハントの不安に答えた。
「興味があるんだ。僕にも手伝わせてくれない?」
革細工は間違いなく、生産スキルに入るだろう。ここで覚えられるのなら、それは素晴らしいことだ。
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