第35話 反撃しても、いいですか?
それから最後のラストスパートが始まった。
資材の到着が遅れた分は、作業時間を増やすことで埋め合わせるしかない。作業は深夜まで及ぶことになった。昼に建築した後、夜は作業場にこもって翌日の資材を準備する。
もちろん、臨時雇いの職人にはあまり無視をさせられないので、ある程度で切り上げてもらい、そこからはチームキクツキ工務店で作業を進める。そして、キクツキのメンバーも限界を迎えたところで、私とロイドが夜な夜な作業を進める――
「おい、クラスト。もういいから上がれ」
ロイドが手を休めずに言う。だから、私は手を休めずに返した。
「まだ大丈夫だよ」
「無理をするな。まだ成長期にもなってないガキなんだ、ちゃんと寝ろよ」
「まあ、そうだね……」
ふぁう、と小さなあくびがこぼれる。私本人に寝るつもりはないのだけど、肉体そのものの限界はある。夜遅くなると、どうしてもおねむの時間になるのだ。
「じゃあ、僕もそろそろ休むよ」
「そうしろ」
「だけど、ロイドも休んだら?」
ロイドの睡眠時間がびっくりするほど短いのも事実だ。昼休みなどに仮眠をとっているのも知っている。
「事故が起きちゃうよ?」
「大丈夫だ……もう少しなんだから、気力でいくさ」
「……」
止めるべきかどうか、と言われるなら、止めるべきだろう。下手をすれば命を落とす作業でもあるのだから。
……とはいえ、初の現場監督に燃えるロイドにも譲れないものがあるのも理解できる。あれだけグレイドーンにコケにされたのだ。親方にも期待されているのだ。必ず成し遂げようという気持ちでいっぱいのはず。己の身を削ることでそれが達成できるのなら、いくらでもする――そういう気持ちになるのは無理もない。
だから、止めるつもりはない。
せめて、彼が倒れないように支えようと思う。
「……おやすみ」
無理はしないでおこう。きっと私にとって、今はそのときではないから。
そんなロイドの献身もあり、建築作業は遅延判定ギリギリのラインを水平飛行しながら進んでいく。
「おいおい、これ、終わるんじゃね?」
ラードンが信じれらない、という感じで完成しつつあるラクタル邸を見上げている。
それはついに言葉に出された、皆の見解だった。
終わる! ついに終わるぞ!
ロイドたちの意地がグレイドーンを殴り飛ばす日が近づいている。少なくとも、そこにたどり着くのは確実なように思えた。雨が降れば完全にアウトだが、当面、降る様子はない 。いくらグレイドーンたちでも雨を降らせることは無理だろう。
ロイドもようやく安堵の気持ちを得たのだろう、全員に視線を送って頷いた。
「もう少しだ、頑張ろう! 王都の――キクツキの実力はすごいんだって知らしめよう!」
しかし、私はすんなり行くとは思ってもいなかった。
じっと工事中の現場を監視する視線に気づいていたから。さりげなく目を向けたところ、グレイドーンの部下のようだ。
彼らもまた、今の状況を把握しているだろう。
……そして、ラクタル邸の完成度の高さも。
この家が完成すれば、きっと町中の人間たちが『今までの建築のレベルの低さ』 に気づいてしまうに違いない。グレイドーンの顔が効くと言っても、それは少数の有力者や領主にだけ。ここで暮らす人たちにとっては関係のない話だ。
そうなれば、どうなるか?
きっとみんな、キクツキ工務店を頼りたいと思うだろう。そこが無理でも、王都の工務店に発注したい。そうなれば、今までの独占市場は崩壊する。
そんな状況に陥る一歩手前の今を、あのグレイドーンが許すはずがない――
「おい、クラスト。もういい加減、帰れ」
その晩、いつものようにロイドがそんなことを言った。
「……そうだね。そろそろ切り上げたほうがいいかな……」
そんなことを言って、私は作業を切り上げた。片付けをする準備をして、私はロイドの後方へと周り――
とん。
その首筋に手刀を叩き込んだ。
「うっ」
ロイドの体はあっという間に力を失い、そのままぐらりと揺れて――私が体を支える。そして、そのまま床に横たえた。
私が気絶させたわけだが、ロイドは何が起こったのか気づいてすらいないだろう。
まあ、過労でうっかり寝てしまった、とでも思ってくれればそれでいい。というか、そう言って洗脳しよう。うん、それがいいそれがいい。
ロイドを寝かせたのには理由がある。
もちろん、こんな深夜にまで働かせやがってー! と怒りをぶつけたわけでもない。
ここからは職人の領域を超えた――武の出番だからだ。門外漢の男には眠っていてもらいたい。きっと世に傑作を生み出す真っ白な手を暴力で傷める必要はないのだから。
いやというほどの殺気が遠方から近づいてくる。
……こういうことがあるだろうと思ったから、いつも眠気をおして夜遅くまで働いていたのだ。
ようやく、きてくれたか。
背中の皮膚が喜びで疼く。両手の骨がぱきりと音を鳴らす。
もう充分、我慢した。思えば私も随分と丸くなったものだ。これが前世であれば、もう今頃彼らは世界から消え去っていただろうから。
私は作業場のドアを押し開けて外に出た。
月明かりだけが広がる闇夜を歩き、出入り口がよく見える建物の影に身を潜める。
それほど待つ必要もなかった。
闇の向こう側から、ゾロゾロと人影が近づいてくる。その数は30人を超える。月の光に照らされて、先頭を歩く人物の顔があらわになる。
もちろん、グレイドーンだ。
……まあ、お前以外のはずがないけどな。
グレイドーンがドアを蹴り開ける。盛大な音と同時に、ならずものたちが作業場へとなだれ込んでくる。入るなり、建物の中からグレイドーンの狂気じみた笑い声が聞こえてきた。
『へへへへへへへ、なんだこりゃあああああ!? おいおい、棟梁自らおねむかよ!? サボってんじゃねえぞ!? どーすっかなー……やっぱ起こすか。起こして、両足の骨でも折って、動けなくしてから作業場の資材を全部ぶっ壊す。泣き喚くこいつの謝罪の言葉が楽しみだ! よし、やるぞ!』
……このまま、ロイドや資材を好き放題させるわけにもいかない。
私は立ち上がると、足早に近づいてく。
建物の外、最後尾にいる男へと距離を一気に詰めて、その脇腹に容赦なく蹴り飛ばす。悲鳴すら上げる間もなく男がすっ飛んでいく。
何事かと振り向いた別の男の顎を容赦なく手で払った。脳を揺らされた男は白目をむき、カクンと体のバランスを崩して倒れる。
まだまだ多くの鴨たちが立っている。
お前たちの背後に、とんでもない危機が迫っているというのに。愚かにも絶対強者だと信じて、前方のショーを眺めている。
さあ、今までの怒りの全てを倍返しにさせてもらおうか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます