第36話 そちらが殴ってきたのだから、仕方ないよね
私が拳を振るうたび、蹴りを放つたび――
人の形をしたものが容易に崩れ落ちる。
人を倒すことなど、造作もない。人など弱点のかたまりだ。決められた箇所を決められたように打撃するだけで意識など刈り取れる。必要であれば、命ですらも。
前世で『破壊』の研究は散々やり尽くした。
こんな幼い子供の力でも、大の大人を蹴散らすことなど造作もない。
初めは遠くに見えたグレイドーンがだんだんと近づいてくる。
「ひっひっひっひっひ! さあ、やれ! 俺に悲鳴を聞かせろ!」
グレイドーンがノリノリの声で喚いている。
なあ、グレイドーン。お前は一線を超えたんだ。悪意を持って暴力を振るおうとした以上、反撃をされても文句はないよな?
もうすでにお前の背後の部下たちは音もなく倒れているぞ?
前にばかり気を取られているお前は気が付かないだろうが。
私はグレイドーンの背後に――
迂回する。
そして、疾風の速度で気絶しているロイドの左右に立つ部下の真ん中に出現する。
きっと、彼らの認識では、何かが現れた、くらいだろう。
そう、それでいい。
お前たちは自分がしたことすらわからないまま絶するだけ。
私は駒のように回った。最小限の――だが、意識を失わせるには十分な打撃がグレイドーンの部下たちを打つ。
「ぐっ」
「ごっ」
「あが」
そんな短い言葉を吐いて、3人の男が倒れた。
「は、はああああああああ!? なんだ、こりゃあああああああああああ!?」
グレイドーンの絶叫が響き渡った。
動きを止めた私は振り返り、グレイドーンと向かい合う。
「僕のことは覚えている?」
「ああん? な、なんだ、いきなり現れやがって――」
ははぁん……お前の視点であれば、そう見えるのか。
「いきなり現れたわけじゃないよ。ちゃんと礼儀正しく出入り口を通ってきた。ほら、後ろを見てみなよ」
私はグレイドーンを指差した。正確には、その背後を。
「あんたの部下たちも倒しておいたよ」
振り返って惨状を見ると同時、グレイドーンの体が震える。
そして、再び私に目を向けた。怒りと恐怖の入り混じった視線を。
「倒しただあ……!? 何を言ってやがる! ガキのお前にそんなことできるはずがないだろ!?」
「ふぅん、信じられないんだ」
私は、私の足元に倒れているグレイドーンの部下たちに視線を向ける。
「後ろの人たちはともかく、この人たちが倒れたのは見たんじゃないの? そして、僕が現れるのも。素rでも察しがつかない?」
ばきり、と音が聞こえてきそうなほどにグレイドーンが強く奥歯を噛み締める。こめかみに浮き上がった青筋が今にも破裂しそうだ。
「ふざけてんじゃねえぞ、クソガキ……お前が、お前がやったってのか!?」
「さっきからそう言っているじゃないか?」
察しが悪いにもほどがある。……まあ、受け入れ難い現実というものに直面したのだから仕方がないか。
「わけわかんねーこと、言ってるんじゃねえよ!」
え、まだ信じてくれないの!?
大股に距離を詰めてきたグレイドーンが私に殴りかかってくる。
「ざけるな、ガキが! おりゃああああああああ!」
その拳に迷いはない。人を痛めつけることに躊躇のない人間の一撃だ。
だけど、それで――
私は拳を回避、踏み込んでグレイドーンの脇腹に拳を叩き込んだ。
べき、めし。
という骨のへし折れる音がする。
「ぐえええええああああああああああ!?」
グレイドーンの巨体は絶叫とともに床に転がった。その後も獣の咆哮のような声をあげてのたうち、しばらくしてからよろよろと立ち上がった。その目に宿る戦意にいささかの衰えもない。いや、むしろ怒りのガソリンのせいで燃えたぎってすらある。
「ガ、ガキがああああ……何なんだよ、てめえは……?」
しかし、多少のクールダウンはあったのだろう。声に慎重の色が混ざる。どうやらやっと私がただものではないことを認めてくれたらしい。
「別にどうだっていいだろ? ここまでやってくれたんだ。そろそろ反撃させてもらうよ?」
「へ、へへへ……アハ、ハハハハハハハハ!」
「どうしたの、急に笑い出して? ピンチすぎて頭がおかしくなった?」
「んなわけねえだろうが! おかしいのは、お前だよ! 反撃ぃ? できる立場だと思ってるのか!」
骨がへし折れて劣勢にも関わらず、彼には己の優勢を確信するだけの根拠がある、と。
……なぜだ?
「ガキんちょには社会ってもんが分かってねえんだなあ……俺はよぉ……領主様と繋がってるんだよ。俺にさ、こんなことして許されると思ってるのか? 俺が八つ当たりの暴力を振るわれたんですよお、って言えばさあああ……お前ら、どうなっちまうんだろうなああ」
そして、己の脇腹をさする。
「うへははははあ……痛え! 痛えけどよお、愛しの物的証拠だぜえええええ!」
「はっ、なんだ、そんなことか」
もっとすごいものが出てくるのかと思ったけど、興醒めだ。
そんなことは当然ながら対策している。
「問題ないよ。だって、死人に口なしだから」
「……は?」
「君は殺す。殺してしまえば、告げ口もできない。それで終わりだろ?」
ここにきて、ようやくグレイドーンは顔を蒼白にした。ついに気がついてしまったのだ。己が何者に噛み付いてしまったのか。追い詰めていると思っていた己こそが、今はもう猛獣とともに檻の中に入っているという事実に。
「こ、殺すだとぉ、それこそ犯罪じゃねえか!?」
「殴り込みに来た君に犯罪うんぬんは言われたくないけどねえ」
「領主の兵士が黙っちゃいねえぞ!?」
「君のようなタイプは裏の社会に顔がきくけど――逆に言えば、澱みの中を知りすぎているんだ。君が死んだところで『知りすぎている面倒なやつ』が消えただけ。きっと喜んでくれるんじゃないかな」
もちろん、領主が何かしらの義侠心に目覚める可能性もある。その場合も問題はない。グレイドーンと同じく、私が破壊するからだ。お前たちが望むのなら、すべての汚泥を排除してやろう。
「ガキが知ったふうな口を……!」
グレイドーンが腰から大振りの短剣を腰から引き抜いた。
「てめえは殺す! 殺してやるぅう!」
「やれるもんならやってみるといいさ」
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
グレイドーンが突進してきた。筋肉質な体の迫力が、まるで巨大な雄牛を思わせる。普通の人間であれば、それだけで恐れ慄く迫力だ。
だけど、そんなものは前世で飽きるほど見飽きている。
悪いが、この私をその程度で仕留められるとでも?
「うらあっ!」
絶叫とともにグレイドーンが短剣を突き込む。だけど、そこに残っていたのは私の影だけ。飛び上がった私はそのまま肩車のようにグレイドーンの首に座った。
「――!?」
異変に気がついたグレイドーンが何かしらの反応をしようとする。
だけど、悪いね――それすら許さない。お前の言動はずっと不快だった。もう1秒たりとも目や耳に入れたいと思わないんだ。
私は足でグレイドーンの首で締め上げたまま、体を真横に倒した。
グレイドーンの首が真横に曲がり、ごきり、という鈍い音がする。
「へ、あ……?」
そんな間抜けな声が、グレイドーンの最後の言葉となった。首の骨をへし折られたグレイドーンの肉体は制御を失い、フラフラとバランスを失う。
私が床に着地すると同時、グレイドーンの巨体が轟音とともに崩れ落ちた。
ふぅ、終わったか……。
終わったといっても、まだ半分だけだけど。ここから片付け――むしろ、本番か。
グレイドーンの死体がここにあるのはまずいので、適当な場所に捨ててこなければならない。やる気のない領主に、せめてキクツキとは関係ないと言い切れるだけの口実を与えてやらないとな。人通りの多い場所に置いておくとしよう。
部下どもは殺さずに気絶させているが、さてどうするか。
グレイドーンに踊らされていただけで、人生をやり直してもらいたい。そんな気持ちを表してみたのだけど。
背後からの奇襲によりクラストの顔は見られていないので、特に逃しても問題はない。
「……まあ、ここから少し離れた適当な場所に置いておくか」
それにしても、たくさん引き連れてきたな。
やれやれ面倒だな、と思いながらも、私は深夜の作業に取り掛かる。
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