第37話 全てが終わって
グレイドーンの死はあっという間に、小さな宿場町の話題になった。
よかったよかった。
……その死をうやむやにされないように、それはもう目立つところに置いておいたのだから。最悪なのは領主あたりが死体を隠してしまうことで、それだけは避けたかった。
グレイドーンは死んだ。
その事実を知らしめない限り、グレイドーンへの恐怖で支配されたこの地を本当に解放することはできないだろう。
おまけに、街のあちこちにでグレイドーンの部下たちが大量に気絶している。
なにが、あったんだ――?
街が騒然とする中、チームキクツキは黙々と作業を進めていく。期限を前にした職人たちに浮ついた気分でいる時間はないのだ。……もちろん、やっぱり、少しは浮ついていたけど。
そして、我々はきっちりと期限通りに仕事を終えた。
「おおおお、素晴らしい! 素晴らしいよ!」
施主であるラクタルが、出来上がった豪邸を見ながら、興奮した声を上げる。
振り返れば苦労の多い仕事だったが、やり遂げた。
施主の喜びの声を聞けただけで、そんな疲れは吹き飛んでしまう。人を喜ばせること――喜んだよ、と言ってもらえること。それが職人への最大の報いなのだ。
私とロイドは顔を見合わせる。
お互いに笑顔を浮かべあってから、拳と拳を軽くぶつけた。
それから、ラクタルが素早く手を回し、豪邸の庭で関係者の慰労会も兼ねた屋敷のお披露目会が催された。
会は立食形式で、大量の食事と飲み物が供された。
私たちも呼ばれているので、料理に舌鼓を打った。うまい! 実にうまい! さすがはこの地域の有力者であるラクタルが開いたパーティーである。こんなものまで食べさしてもらえるとは、嬉しい限りだ。
そして、ラクタルに招待された人間たちの服装を見る限り、かなり裕福な人間たちだというのもわかる。いずれもラクタルと負けず劣らず、この街に影響力を持つ人たちだろう。
ラクタルは誇らしい表情で彼らを豪邸の中に案内していく。
まだ中はがらんどうだけど、家から出てきた彼らは興奮している様子だった。今までの宿場町の建物とは明らかに違う、高貴で優雅で壮大な造りに感動しているのだろう。
そして、彼らはラクタルの案内のもと、私たちのところにもやってきた。
「彼らが、今回の建築に関わってくれたメンバーたちです。王都でも有名なキクツキ工務店の人たちですよ。で、彼が現場監督のロイドさんです」
「ロイドです」
ロイドが会釈をすると、先頭に立っていた口髭の目立つ恰幅のいい男がロイドの右手に手を伸ばしてガッツリと握手してきた。
「素晴らしいものを見せてもらったよ! さすがはキクツキの人間の仕事だ! とても感動したよ! ぜひ私も仕事をするときは君たちに頼みたい!」
彼の言葉に続いて、背後に並んでいる富豪たちも、私もだ! 今すぐにでも建て替えたいくらいだ! と賛同の声を上げてくれる。
富豪たちの一団が散っていった後、残ったラクタルが私たちに笑みを向けた。
「しばらくは忙しそうで何よりだ」
「紹介、ありがとうございます!」
深々と頭を下げるロイドに、ラクタルは首を振った。
「そんなに畏まらなくてもいい。君たちの仕事が予想以上だったのと――これは私自身の計算でもあるからね。言っただろ? 私はこの街の低劣な建築を一掃したかったんだ」
その夢は間違いなく叶うだろう。
私たちが建てた豪邸の品質は王都でも一流に属するレベルのものだ。そんなものが手に入るのなら、彼らは金などいくらでも惜しまないだろう。
そして、それを堰き止めていたグレイドーンははもういない。
「……グレイドーンの死で、この街は変わりそうですか?」
私の問いに、ラクタルは大きく頷いた。
「ああ、あれで一気に変わった。この宿場町に漂っていたどんよりとした空気が変わりつつあるのを私も感じている。グレイドーンと結託していた領主もお役御免になる見込みだしね」
「そうなんですか?」
「グレイドーンと領主は持ちつ持たれつの関係だったからね。グレイドーンが恐怖と暴力で街を威圧し、領主がそれを法的に擁護する――」
私たちが使う資材の供給を、グレイドーンの狂言をもとに遮断したのがいい例だろう。つまり、ああいったことを日常的にしていたわけだ。
「グレイドーンはね、ああいった感じだけど、人を抑え込むことには長けていた。だけど、領主のほうはただの無能な男だよ。グレイドーンにうまく操られていただけのね。そうなれば、私たちとしても反撃の手段はある。もうあの男は罠の中にいるウサギだよ」
ふふふ、と笑ったラクタルの顔に暗い愉悦が入る。
怖いなあ……怖い。私たちと違って何年、いや、それ以上の期間を苦しんだのだから、恨み骨髄でも仕方がないだろうけど。
領主が処罰されるらしいので、私としてはほっとした。グレイドーンだけを潰すのでは、片手落ちな感じもしていたので。
「しかし、どうして、グレイドーンはこうもタイミングよく死んだんだろうな。グレイドーンの部下たちは君たちの作業場に襲撃をした――と証言していて、寝ているロイド君のが姿だけを見て、そこからの記憶がない、と言っていたけど」
そこで困惑の沈黙が降りる。
真相は誰にもわからない。私の姿すらも、彼らの証言からは出てこない。なぜなら、私は決して姿を見られないように立ち回ったから。私の影を見た瞬間、彼らは気を失っていた。そうなるよう、わざわざ作業場を出て後背から襲撃をかけたのだ。振り返る時間さえ稼げれば、私は彼らの意識を刈り取れる。
私というピースが抜け落ちてしまえば、真相には決してたどり着けない。
結局のところ、寝ているロイド1人でどうこうできるはずがないからだ。寝ている男が30人もの部下たちを薙ぎ倒し、グレイドーンを仕留めたのだろうか。
それはもう、自分たちの証言の時点で矛盾している。
最終的に、グレイドーンで狼狽した部下たちが口裏を合わせて対立しているキクツキを巻き込もうとした、という曖昧な結論に落ち着いたらしい。
よかったよかった。
領主が我々を追い詰める方向に頭を使わなくて。もしも、そうしていれば、領主は立場どころか命すらも失っていただろうから。
ロイドが困ったような表情で首を傾げる。
「さすがに、寝た状態でグレイドーン一味を壊滅させるほど強くないですよ、俺は」
「夢遊病とか?」
「寝れば寝るほど強くなる――いやいや、俺はそういう人間じゃないですから!」
はははは、と気楽な笑いが周囲を彩る。
うん、これでいい。こんな感じがいい。大きな苦労をして、大きな仕事を片付けて、楽しい気持ちで笑い合える。こんな時間こそが最高じゃないか。
「ま、天網恢恢、疎にして漏らさず、だ。天誅が降ったんだろう。私も肝に銘じておかないとな」
ほろ苦い表情を浮かべてから、ラクタルが続けた。
「ありがとう、君たちの活躍に感謝するよ。これから、この街は見違えるようになる。それが楽しみでならないよ」
ラクタルは私たち職人一人一人に丁寧な手つきで握手をすると、他の富豪たちの相手をしようと立ち去った。
やがて、パーティーもお開きとなり――
ついに仕事が終わった。
私の、キクツキ工務店での仕事が。翌日には王都に戻り、親方に挨拶して、私の退職が発表される。ウラリニスは王都に滞在しているので、数日後には故郷の村へと帰ることになる。
決断するのなら、今日が最後だろう。
……さて、どうするか。
私は割り当てられている宿の部屋を抜け出し、隣の部屋のドアをノックした。しばらくすると、ガチャリと音を立てて、部屋の主が顔をみせる。
「何か――ってクラストか……どうした、こんな夜更けに?」
「少し話をしたいんだ。時間をくれないか?」
顔を見せたロイドに、私はそう言った。
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