第25話 ロイドとの会話
王都にやってきて、早くも2ヶ月目に入った。
ラスベン地区の仕事も特に遅延なく進んでいる。基礎工事はすでに終わり、土台が築かれた。床や壁といった内装に着手している。少しずつ家らしきものができている実感があった。
今日、私と親方、ロイドの三人は作業場で仕事をしていた。
床として使う、床板を作る必要がある。
「今日はお前たちに、床に使う板を作ってもらう。こんな感じだな」
横が手のひらくらい、縦が大人の身長の半分くらいの板を親方が見せた。
前から不思議に思っていたことを私は口にした。
「その短い板をくっつけて大きな板として床に使っていますよね? でも、部屋と同じ長さの板を作ったほうが楽に作れるんじゃないですか?」
例えば、5メートル四方の部屋であれば、最初から5メートルの板を作って、それを一列に並べていけば床が埋まる。だけど、実際は違う。あの1メートルくらいの短い板を貼り合わせて5メートルにし、それを並べて床にしている。
前者のやり方は、私が村で小屋を作るときにしていたのだけれど。
「利点ならある。木は温度や湿気で縮んだり膨らんだりする。長ければ長いほど、その影響が大きなる。だから短くするんだ。あと、単純に長くて大きな板ほど採るのが難しい。それだけ大きい木材が必要になるからな」
「確かにそうですね……」
運用面からもコスト面からも非の打ちどころのない理由だった。
一人でやっていれば、そこにたどり着くまでにどれほどの時間がかかっただろう。やはり、誰かに教えてもらえるということはとてもありがたいことだ。
「作っていくぞ」
作業が始まった。
最近は、木に関することは率先して任せてもらえるようになっていた。ありがたい限りだ。それは私が信頼を勝ち得たという証だから。
へ? と驚いてもらうことも楽しいが、やはり地道に得た評価のほうが嬉しい。
木を切り、削り、自然から人工的なものへと変化させていく。なだらかで美しく、そこで暮らす人たちの目に溶け込むものを――
うん、いい出来だ。
ちらりとロイド少年に目をやる。彼もまた良品を作っている。彼が私を意識している関係で、私も彼をよく見ているが、わずかな期間で実力を上げてきている。素晴らしい。少なくとも、相当の才能があるはずだ。
だけど、私もまた伸びている。
私はそれほどに意識しているわけではないけれども、やはり、ああ言われたからには負けてやるつもりはないのはこちらも同様。こうやって切磋琢磨できる相手がいるということは、実に恵まれた環境だ。
……どうにも、最近はお疲れ気味のように見えるのが気になるところだ。無理をしていなければいいのだけど。
そして、親方。
自分が作ったものを集積場に置きにいくとき、親方が作ったものと見比べた。
……うーむ……。
「どう思う?」
ニヤリとした笑みを浮かべて親方が尋ねる。
もちろん、私のものですが、何か? と言いたいところだが、残念ながら、言えたらいいな、という感じだ。質問者は答えを知っている。そして、その答えは残念ながら正しい。間違えた答えを告げれば、こちらの減点は免れない。
「親方ですね」
「物の良さがわかるってことはいいことだ。精進しな」
上機嫌に言うと、親方が作業に戻る。
……残念ながら、速度にしても質感にしても、親方の成果物は圧倒的だ。木工という得意分野ですら親方の領域には届いていない。
もちろん、どちらも最上級品で間違いないのだが、そこにはわずかな隙間がある。
わずかだが、間違いなく職人に格の違いをわからせるだけの隙間が。そして、その差異は職人のプライドにとっては大きすぎる。
「いい顔しているぜ、坊主。その感情がなくなったとき、そいつの腕前はそこまでだ」
私は小さく口元をほころばせた。
どこかで聞いた言葉だと思っていたら、自分の言葉だった。前世で私も、私に追いつこうとするひよっこたちに言ったものだ。悔しさを忘れるな、と。
まだまだ精進できることがある。素晴らしいことだ。
昼休みになった。
「ちょっと現場に行ってくる。あとはお前たちだけで進めておけ」
そんなことを言って、親方が出ていった。
ロイドはふらりとどこかへと消えた。おそらくは食事に向かったのだろう。私は出勤途中の店で買ってきたホットドッグを食べた。もちろん、冷めていてもう全然ホットではなかったけど。ケチャップと大きなソーセージ――くっ、うまい、うますぎる!
そんな簡単な食事を手早くすませて、私は自分の時間を確保する。
取り出したのは、大きなスケッチブックだ。
最近はこれを持ち運び、そこに設計図を書いている。将来、私が作る予定の温泉宿だ。
……難しい……。
そもそも外観すらあやふやで、確かなものがわからないのだ。それを設計図に落とし込むのは時期尚早だろう。だけど、別に構わないと思う。何もしない無為な時間を過ごすよりは、自分で手を動かして、頭を働かせて、何かしらの経験を積むほうがいい。私の個人的な価値観としては、何かを始める場合はさっさと始めるべきだと思っている。
それに、何かを作っているのは単純に楽しいからな。
落書きと同じだ。
正しくなくてもいい、ただ、己の夢をそこに描き出すだけ。
楽しくないはずがないだろう?
さて、そうやって楽しい時間を過ごしていると、何者かの足音が近づいてくるのを感じた。
ふと顔を上げると、ロイドが立っていた。
……はて?
少し照れたような顔でロイドが鼻の頭をかく。
「いや、ちょっと、その……用事はないんだけど、お前が何を書いているのか気になってな」
ああ、確かに。私がこのスケッチブックを書き始めてから、たまにロイドが熱い視線を送ってきていたのは感じていた。
「見せてもらってもいいか?」
「いいよ」
私はスケッチブックを差し出した。
ロイドは私の目の前に座り、スケッチブックに目を走らせる。
「これは、何かの設計図か……?」
「うん、うちの村に作る温泉宿だよ」
その瞬間、ロイドの顔に驚愕が浮かんだ。
「温泉宿……?」
「うん、村に温泉があってね――」
「あ、いや、その……すまない。温泉から説明してもらえないか?」
確かに、こちらの世界の一般人は知らないことだったな。
「なんていうか……村とか街の中じゃない自然の話だけど、いつもお湯が湧き出ている場所があってね。それが溜まってお風呂みたいになっていることがあるんだ。それが温泉だよ」
風呂そのものは存在するので、問題ないはず。ただ――
「お湯の、風呂……?」
そう、そこが問題だろう。
まず、魔法でなんでも解決の世の中だけど、残念ながら、温泉に使えるほどの熱いお湯を手軽に出すことはできない。基本的には、温かくも冷たくもない水なのだ。そのため、大衆浴場に大きな風呂はあるのだけど『常温』くらいの微妙なぬるさなのだ。
そのため、そこの理解が及ばない。
「水じゃなくて、お湯に浸かるんだよ。すごく気持ちがいいんだよ。冷たいシャワーで体を洗うのとは段違いだ」
本当に素晴らしい! という気持ちを込めて喋っているけど、ロイドの反応は薄い。
……まあ、当然だよなあ……だって、体験したことがないんだから。
私はテーブルに置いてあるカップの表面に触れた。
これには私が少し前に入れたコーヒーが入っている。陶器のカップなので、表面をさわれば温度が伝わる。
うん、程よく熱いちょうどいい温度だ。
「これくらいの温度って、気持ち良くない?」
私が差し出したコップの表面にロイドが触れる。心地よさに口元が綻んだ。
「どう? いい感じじゃない?」
「気持ちいいね」
「このコーヒーと同じぐらいの温度に全身で浸かったら、すごく気持ちいいと思わない?」
「――!?」
ロイドが何かを理解したようだった。
「……それは確かに入ってみたい」
「だよね?」
胸がすーっと気持ちよくなる。己の想いが相手と共有できた喜びだ。それが温泉のよさだ!
「体中の筋肉がほぐれるんだよ。疲れが取れていく感じが、たまらないよ」
「そんなにすごいんだな……」
少し恍惚とした表情で呟いてから、ロイドが再び視線を私のスケッチブックに落とす。
「で、その温泉を売りにした宿を作るってことか?」
「そうだよ、とても人気が出ると思うんだ。僕の故郷はとても寂れた村でね……少しでも活気を取り戻したいと思っている。温泉に来てもらうために必要なのは、のんびりできる宿だ。とても大きな――100年後の村にも残るような、村人も泊まった人たちも誇りにできるような立派な宿を作りたいと思っている。その技を学ぶために僕はここに来たんだ」
「100年後にも、残る……」
ロイドがあっけに取られたような表情で呟く。
だけど、その目の輝きは秒ごとに輝きを増していた。それはきっと、目の前にいる人間を認めたときに放つ光だ。私の言葉が、きっとロイドの心の琴線に触れたのだろう。私という人間への興味が一段と増した、そんな感じだ。
「自分で作るのか、それを……?」
「もちろん、そのつもりだよ。誰にも任せたくないからね」
「羨ましいな……」
「え?」
「そんなに素晴らしくて、立派な夢を持っているなんて」
独り言のようにそう呟いてから、ロイドが続ける。
「もう少し、しっかり見せてもらっていいかな?」
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