第17話 キクツキ工務店
村から王都まで馬車で一週間。
「すみませんね、クラスト様。乗り心地の悪い馬車でして……」
そんなふうにウラリニスはへこへこと謝っていたが、私にとっては存外に楽しい旅だった。
これが、村の外に出たことがない私にとっての初外出だったからだ。
馬車で移動して、宿に泊り、時間があれば出発前に散策する。そんなシンプルな旅の形だけで、私は初体験の世界に心躍らせた。
馬車の乗り心地も悪くはなかった。
結局のところ、それは馬の動きによって生じる振動の問題に過ぎないからだ。馬車が揺れるタイミングで逆方向に同じ力をかけてやるだけでキャンセルできる――
もちろん、やらないが。
もう少し掘り下げてみよう。この馬車から伝わる振動が不快な理由は、馬車によって筋肉が振動して疲労を起こすからだ。
つまり、無自覚のうちに筋トレが行われているわけだ。
これほど素晴らしいことはない!
体を鍛えたい私なら、甘んじて受け入れようではないか!
さまざまな面で私は道中を満喫した。
一日中乗れば、大人でも体がギシギシいってしまうものなのに……平気な顔なんて! さすがはクラスト様、底が知れない!
あまり子供をほいほいと褒めるのは感心できないぞ、ウラリニス?
そんな感じで、我々はついに王都へとたどり着いた。
王都クレイシャル。
この王国の中心地にして、人もの金の全てが集まる場所。政治も軍事も商売も人も全てがここを起点にして動いている。
たくさんの人たちが歩き、たくさんの建物がずらっと並んでいる。人々の着ている服も、建物のデザインも故郷の村とは一線を画している。ここには、王都にふさわしい輝きがあった。
「わあああ……」
馬車の窓から覗く、私の口から感嘆の声が漏れた。
ただ、それは驚きというよりも、懐かしさだったが。今まで暮らしていた静かな村とは明らかに違う賑やかさ、華やかさは前世の私の記憶をおおいに刺激した。
「クラスト様、どうですか、王都は? すごいでしょう?」
楽しそうな口調でクレイシャルが操縦席から声を飛ばしてくる。
「ここで勉強したことは必ずクラスト様の血肉になる! 学べるものはなんでも学んでください! いくらでもお手伝いいたしますから!」
その声には、まるで家臣のような響きがあった。
それは商売人と取引先を超えた関係だ。きっとウラリニスは『私』という存在に忠義にも近い、心酔した気持ちを持っているのだろう。
ありがたいことだ。そこまで私の才能を買ってくれるとは。
その想いには応えなければならない。
必ず、この王都で一回りも二回りも大きくなってみせよう。
馬車を、おそらくはウラリニスがよく使う宿屋に停めてから、私たちは王都を歩き出した。
「宿に荷物を運び込まなくていいのか?」
「クラスト様には家を用意していますから。あそこには泊まりません」
家!?
確かに、かなり長期の滞在になるのだから、そのほうが経済的ではあるだろう。前世で、初めて一人暮らしをしたときの興奮は今も思い出せる。
楽しみだな。
「じゃあ、一人暮らしの家に?」
「その前に、お世話になるキクツキ工務店に向かいましょう」
道すがら、ウラリニスがキクツキ工務店について語ってくれた。
――どこでも、です。王都の有名店であっても可能です。
そんな約束をウラリニスはこれ以上ないくらいに守ってくれたらしい。誇張抜きに王都でもトップランクの有名店なのだそうだ。
規模はそこそこだが、親方を中心とした腕前は相当なものらしい。
「彼らからOKをもらえたときは嬉しい悲鳴が漏れましたよ。クラスト様にふさわしい店だと思いますよ!」
「ありがとう、頑張ってくれたんだね」
「ははは、いえいえ、クラスト様のおかげでできたツテがあってのことですよ」
などと言っているが、もちろん、ツテだけで、無名の人間をそんなところに押し込めるほど、職人たちの世界は甘くはない。武人の私だって、前世で箔をつけたいだけの軟弱な貴族の小倅を押し付けられそうになったときは、公爵家だろうが容赦せずに性根を叩き直して強制送還したものだ。
「つきましたよ」
しばらく歩き、私たちはキクツキ工務店までやってきた。
おそらくは事務所であろう、こじんまりとした建物の横に、倉庫のような大きな建物がある。大型の搬入口が開いているあたり、あそこが仕事場なのだろう。
ウラリニスが倉庫のほうへと歩いていく。
――ほお……。
倉庫の壁際には整備された建築資材――木材や石材、レンガなどが大量に積み上げられている。ノコギリで木を切ったり、やすりをかけたりしている職人たちの姿がちらほらとあった。
「ウラリニスです! クラスト様を連れて参りました!」
大声で叫ぶと、職人たちが手を止めて興味深げな視線を二人に向けてくる。
そんな中、35歳くらいの立派な体格の男が近づいてきた。その目はウラリニスではなく、真っ直ぐに私を見ている。
……その目は決して友好的なものではない。
言うなれば、目利きの職人が素材を眺める目だ。
何かを試そうとする目。
「久しぶりだな、ウラリニス。約束は覚えているさ」
軽く応じた後、私に向かって口を開いた。
「坊主、お前のことは聞いている。俺がこの工務店のトップ、キクツキだ。ただ、悪いな、俺は貴族様だからって客でもないお前にヘコヘコするつもりはない。それが気に食わないのなら、今すぐ村に帰ってくれ」
ぶしつけな言葉。
普通の子供であれば泣き出していてもおかしくはないほどの、容赦のなさ。
だけど、それでいい。それこそが痛快だ。ここの戦場に立つ資格を問うのなら、それでいい。そこには単純な技量の優劣だけが存在し、優しさのかけらもあってはならないのだから。
「構いません。僕はあなたの弟子ですから当然です。逆に、僕のほうこそ敬語で話しましょう」
「はっ、貴族様でも、出来のいいほうか。道理がわかっているじゃないか。いいぜ、それでいこう」
それから、職人たちのほうを振り返る。
「おい、お前たち! 休憩だ! 俺はこの坊主と話がある。邪魔だから、1時間ほどぶらついてこい!」
「むっちゃ小さいガキじゃないですか。何するんですか? 俺らも興味あるんすけどね?」
「だからだよ! ここにいたら仕事にならねーだろ! 適当に時間でも潰してこい!」
「強引な……休憩くらい好きにとらせてくださいよ!」
そんな軽口に叩きながらも、職人たちはヘラヘラした様子で店から出ていく。容赦のないやりとりだったが、お互いに信頼関係がある上のようだ。
どうやら、キクツキの人望はかなりのものらしい。
誰もいなくなってから、キクツキが口を開く。
「さて、じゃあ、お前さんの腕前を見せてもらおうか?」
「試験――ですか!? 聞いていませんよ!?」
驚きの声を上げるウラリニスに、キクツキが平然とした顔で応じる。
「試験をしないとも言っていないだろ? お貴族様だからって、別に特別扱いするつもりはない。うちに入るつもりなら、それなりのものを見せてもらわないとな?」
譲るつもりはない、そんな意志を感じさせる響きだった。
もちろん、私だって否はない。しょせんはコネの坊主――だなんて思われるくらいなら、最初からガツンとやったほうがいい。
私にはそれができるくらいの実力があるのだから。
キクツキが指をさした先には、高さ50センチくらいの、伐採されたままの幹が壁に立てかけられていた。
「あいつから木板を作ってくれ。できるか?」
「わかりました」
私は木の幹をひょいと担ぎ上げた。そして、それを彼らの前まで持っていき、床に置く。切断面に手刀を置いて、すーっと息を吐く。
まずは大割りだ。
「はあっ!」
気合い一閃、木材に手刀を叩き込む。
ぱっかーん!
と大きな音を立てて、太い幹が真っ二つに割れた。
がらん、と大きな音を立てた後、キクツキの口から間の抜けた声が漏れた。
「……へ?」
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