第41話 村が発展、みんな幸せ
あっという間に3年が経ち、もう私も16歳になった。
開店した温泉宿は、というと――
それはもう、大繁盛した。これでもか、というくらい大繁盛した。前にきてくれたグラムスリア侯爵の言葉を借りるとこんな感じだ。
「いやあ……村の名前を初めて聴いたときは、どこそれ!? という感じでね……それでも伯爵がすごい褒めているから半信半疑で行ってみたら、もうボロい村を見た時点で、あ、これはちょっと……なんて不安に駆られたんだけど、宿に着いてびっくりしたね。なんでここだけ王宮仕様なの!? みたいな。見てくれだけかな、と思っていたら内装もすごい。温泉とやらも入ってみたら、至福でね……また来たいと思わせてくれる、素晴らしい歓待だったよ」
大満足らしい。
アンケートなどは特に取っていないが、温泉宿を見て感心している様子と、温泉宿を出る時の名残惜しそうな表情を見れば満足度はわかってしまう。
すでにこの村の温泉宿は裕福な人たちの間では賞賛と絶賛を持って広まっていた。
ウラリニスが言う。
「王都で、この温泉宿の話をすると皆さん興味津々で話を聞いてくれるんですよ。携わったものとして、これほど誇らしいものはないですねえ」
そんな感じでニコニコと笑顔を浮かべながら。
おかげで、ウラリニスの商売はまたしても調子がいいらしい。儲かって仕方がないね。ひょっとして、この村との付き合いで最も得をしているのって、ウラリニスじゃ?
有名なスポットができたため、移民希望者も増えてきた。
人が増えて、税収が増えて――父も領主として忙しい日々を送っている。だけど、その表情は充実感に満ちていた。
大きくなっていく村をどう支えるか。住民たちを幸せにしてくのか。
上位の人間たちの御用達になっている以上、この村の名前も知れ渡っている。それは同時に、 父への注目集まっているということだ。
――あの村は素晴らしい! あんな三流領主なんてクビにしてしまえ!
そんなことを言われないように、というわけでもだろうけど、嬉々として領主としての本分である仕事に打ち込んでいる父は実に充実している様子だった。
事業は軌道に乗った。
私が当初、想像していたよりもはるかにずっと、素晴らしく。
だけど、それに安穏としていてはいけない。新しいものを次々と用意していかなければ、素晴らしい体験とはいえ、いずれ飽きられてしまう。
そのための準備を怠ってはいない。
新たなる体験として用意していたのが、別館だ。考えていた通り、ラグジュアリー仕様で、十分こだわっている本館を超えて、こだわりにこだわった建物だ。
本館で反省するべき点を直し、全ての家具も私自身が手掛けている。
これ以上の『完璧』はないだろう。
「それにしても、ウラリニスさんはすごいな」
そんなことをロイドが言う。
「どうして?」
「だって、別館に置いてある家具、全部、王都で有名だった謎の家具デザイナーが作ったものなんだろう? あれだけの数を、すごいよ」
「ああ……」
なんだ、そのことか。そういえば、何も言っていなかったな。教えておくか。
「その家具デザイナーはね、僕だよ」
「ふぅん……お前なんだ――…………って、えええええええええええええええええええ!?」
ノリのいい反応が返ってきた。
「本当にお前なの!?」
「うん、僕だよ。信じられない?」
「……い、いや……信じられないってことはない……むしろ、スッキリするくらいだ。あんな家具を作れる人間なんて、確かにお前くらいしかいないだろうから」
そこで、ロイドが目を細める。
「なんだよ、それだったら、教えてくれていてもよかったのに。前にその話したよな?」
「そうだね……まあ、そこは悪かったよ」
私は苦笑しながら応じる。ちなみに、さほど反省はしていない。さっきのロイドの反応は実に良かった。あの反応を引き出せたのなら、6年間の沈黙も悪くはない。
ロイドが口を開く。
「ま、いいけど……そこまで力入れただけのことはあるな。王族が泊まるだなんて……」
「本当にね」
私は、ふふふ、と笑う。
ラグジュアリー仕様の別館については、王族が最初の客として貸切で泊まることに決まっていた。
王族!
……まあ、前世で救世主だった私は王族より偉いくらいの扱いだったのだけど、基本的には最も頂点に立つ存在なのは間違いない。
そんな人たちが泊まってくれるとなると実に箔がつく。
王族からの使いがそれを告げたとき、父は完全に固まっていた。はい、はい、はい、と直立不動で話を聞いていた。その様子は少し面白かった。そして、父は使いを見送った後、こっそりと泣いていた。その様子を見て、少しばかり親孝行できたかな、そんな気持ちになれた。
「王族も認めてくれたんだ。ロイド、もう親父さんを超えたんじゃないか?」
「……実はな、ウラリニスさんが親父からの手紙を持ってきたんだよ」
「へえ?」
「手紙にはこう書いてあったよ。『噂は聞いている。立派な仕事をしたな。私は私の不明を詫びよう。今度、宿に泊まらせてもらう』って」
それは厳格な父からすれば、最大級の賛辞であっただろう。それを思い出しているロイドの表情にも誇らしさが宿っている。
「超えたとは言わないけど、あの人の視界に入るくらいに離れたんじゃないのかな?」
そんな嬉しそうなロイドの様子が、私には誇らしい。
本当に良かった。あの日、ロイドを誘うことができて。あの日、ロイドと出会うことができて。彼を幸せにできたのだから。
「どうだい、幸せだろ?」
「あなたのおかげですよ、クラスト様、ありがとうございます」
からかう口調で言い返しながら、ロイドが続ける。
「幸せなのはお前もだろ? 最初に別館を使うのは『お前』なんだよな、クラスト?」
「はははは……ま、まあ……宿泊じゃないから、許してくれるんじゃないかな?」
そう、私が、いや、私たちが最初に使う。
「結婚おめでとう、クラスト」
私と、みっちゃんが。
……そう、とうとうみっちゃんの圧に屈して、私は結婚することになった。両親たちも「え、ずっと前から結婚すると思っていたけど?」みたいに言われた。もうちょっと驚こうよ。
みっちゃんはちょっと思い込みが激しい気もするけど、昔からずっとブレずに私のことを思っていてくれたようなので、結婚してもいいのかな……そう考えた。
美人な中居さんとして、みっちゃんは宿泊客から人気があった。どうだい、うちの倅と会ってみないか? そんなお見合いの依頼がたくさんあったが、それを全て謝絶していた。
「だって、私はクラスト君のお嫁さんになるからね?」
そんなことを言って。
蹴った相手は公爵家の嫡男までいたそうだが、いいのかな、それ?
いつもなら、私は苦笑を浮かべつつ、もう少し考えたほうがいいんじゃないかな? なんて応じていたのだけど、そのときは違った。
「いいよ、結婚しよう」
そう言ったとき、本当に嬉しそうな表情でみっちゃんは私の胸に飛び込んできてくれた。
……なんとなく、みっちゃんがどこそこ家の貴族にもらわれたことを想像すると、もやもやしてくるのだ。そうなる前に、手を打ったというわけだ。
いつの間にか、私もみっちゃんのことが好きになっていたのだろう。
子供の頃からずっと一緒に遊んでいて――温泉宿を作ってからは一緒に盛り立てていた。お互いの気持ちが通い合うには十分すぎるほどの時間だろう。
「……そちらの仲間入りをするから、色々と教えて欲しい」
「わかった」
小さな笑みを浮かべながらロイドが応じる。
ロイドは2年前に、村の娘と結婚していた。もうすでに生まれたばかりの子供を抱えていて、最近は父としても忙しい日々を過ごしている。
「ロイドの親父さんは、村に来たら息子が結婚していて、孫までできてることを知るんだな」
「それは少し楽しみにしている」
くくく、と肩を揺らしてロイドが笑う。その様子はイタズラを仕替えた悪ガキのようだった。
「色々と振り回されたからな。それくらいはやり返してもいいだろう」
ロイドはこの地で結婚して、仕事でも認められた。きっと私とともにこの村の発展にずっと貢献してくれるだろう。
私はロイドに右手を差し出した。
「ありがとう、これからも一緒に頑張ろう」
「ああ」
ロイドが強く握り返してくれた。
ほどなくして、私とみっちゃんの挙式が行われた。入り口のエントランスホールを大きく飾り立てて式場として使っている。
……入ってくるときに見えて、ちょっとびっくりした。
飾り立て、頑張りすぎない? 噂だとウラリニスが本気を出しているそうだけど。
私は結婚用の白い服に身を飾ってエントランスホールに通じる両開きのドアへと向かう。すると、そこにはウエディングドレスを身にまとったみっちゃんがいた。
見た瞬間、私は思わず息を呑む。というか、動きが止まってしまった。このときの私であれば、背後からの不意打ちすらも許していたかもな。それほどの衝撃だった。
ちょっと――
いや、ちょっとどころか、かなり――いやいや、前世も含めてみた異性の中でもトップランクに美しい女性がそこにいた。
……もともと美人だったのを、6年の月日が磨き上げたか――
あるいは、私のみっちゃんに対する好意が、私の感覚を狂わせているのか。
どっちでもいいか。私にとって、みっちゃんが自慢できるほどに美しいと言うことだけが大事なのだから。
「遅いよ、クラスト君! 待たせすぎ!」
「ごめんごめん、みっちゃん」
並んで両開きのドアの前に立つ。ドアの向こう側には、たくさんの人々の気配と、司会進行を務めるウラリニスの声が聞こえてくる。
……ウラリニス、お前、本当になんでもやるなあ……。
もうすぐ呼ばれるな、というところで、私は脳裏に浮かんだ質問を投げかけた。
「ねえ、みっちゃん」
「なぁに?」
「みっちゃんの名前って、なんなの?」
「え、ええええ!? 私の名前、知らないの!? 普通、ないでしょ!? 花嫁の名前を知らないだなんて!?」
「い、いや、そうだけど……」
子供のときからずっと、私の親も彼女の親も村のみんなも『みっちゃん』だったからな……。そして、それで困らなかった。
「うっかり聞きそびれた?」
「それでも、聞くタイミングはあるんじゃない? 今日のここじゃないでしょ!」
「確かにそうだな……」
いや、思いついちゃったからね?
「仕方がないなあ……ちゃんと覚えておいてね、旦那様?」
はあ、とため息をついて、みっちゃんが答えを口にする。
「私の名前は――」
『さあ、新郎新婦のご入場です! 大きな拍手でお迎えください!』
ウラリニスの言葉と同時、大きな音を立てて両開きのドアが開く。そして、私たちの結婚を祝福しれてくれいる村人たちの割れんばかりの拍手が続いた。
……うん、見事にみっちゃんの名前がかき消されたしまった。
ま、聞くのなら、いつでもいいだろう。これからずっと一緒にいるのだ。機会ならいつでもあるだろう。
「よし、行こう」
私はみっちゃんの手を取り、一歩を踏み出した。
元・英雄の規格外すぎるアトリエ生活 〜第二の人生は気ままに楽しく〜 三船十矢 @mtoya
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