第9話 対人試験

 友達と来ている人も何人かいるらしく筆記試験が終わると教室が少しざわつき始める。最初の静かな空気が嘘だと思うくらいに賑やかになる。


 俺はこれも学校だなと学校の雰囲気を感じながら聞いていると試験官が


「静かに」


 と教卓に両手をつき教室中の人を黙らせる。


「次は対人戦闘。準備をした者からついて来てください」


 そう言って試験官は教卓に集められた解答用紙を纏めると、こちらをチラッと見て教室から出て行く。


 特に支度もない俺は試験官の後を追いかける。そんな俺に釣られるようにずらずらと後ろから他の受験者がついてくる。


 試験官について行くと広い運動場のような場所に出る。


「これから対人試験を始めます」


 今回の受験者の人数は分からないが有名な学校ということもあって例年3000人くらいの人が受験していると言われている。


 合格者は300人。


 このテストで一度も勝てなければ落ちることがほぼ確定する。


「名前を呼んでいくから呼ばれたら指定の場所へ行くようにしてください」


 試験官はそう言うと一人ずつ名前を呼んでいく。


 俺はじっと試験官に名前を呼ばれるまで待機する。しかし、いっこうに名前は呼ばれない。そして、いつのまにか俺の周りには誰もいなくなっていた。


 1日前に受験することが決まるという突然のことで俺の対戦相手の調整ができなかったみたいだ。


 結局最後まで呼ばれることがなかった為、次に何するかわからなかった俺は次の指示を聞きに行こうとすると、


「1試合目は試合調整が間に合わなかったから、アルメトくんは少し休んでいてて」


 そう言われる。


 予想通り調整が間に合わなかったようだ。


 やることがなくなった俺は邪魔にならない場所に移動して、すでに始まっていた他の人の試合を遠くから見る。


 試合のレベルは決して高いわけではないがダンジョンに篭りぱなしで魔物ばかり相手をしていて対人戦闘をあまりしてこなかったので、この試験はかなり参考になる。何人かためになるような面白い動きをしている人がいたので観察をして待つ。


「面白いな」


 人が戦っている姿を見るというのは学ぶことが多くて見ていて飽きない。


 目の前の試合が終わったので次の試合を見ようと、別の試合を確認しようとすると試験官が


「そろそろ、アルメトくんも試合だ。準備をして、16番のコートに行ってくれ」


 と呼ぶ声が聞こえる。試験官に呼ばれた俺は何も準備することなくそのまま16番コートに向かう。コートには最初からずっと指示を出していた試験官が剣を腰に装備し1人立っているだけだった。


「来たみたいですね」


 随分と待っているような雰囲気だったので取り敢えず遅かったか聞いてみる。


「待たせましたか?」

「いや、むしろ早かったですよ」


 と試験官は微笑む。


 どうやら心配はいらなかったみたいだ。


 試験官はコートに着いたばかりの俺の元に近づき


「では、まずこれをつけてください」


 と腕輪を渡してくる。腕輪を受け取った俺は左手の腕輪をバッグにしまい、代わりに受け取った腕輪をつけなおして説明を聞く。


「わかっていると思いますがそれは《障壁》のスキルを持つ魔道具で一度だけある程度の攻撃を防いでくれるものです。剣は武器屋で売られている初心者用の剣で特別なものではないので普通に使ってください」


 勿論、俺は障壁の魔道具について良く知っている。説明なんかなくても問題なく使うことはできる。


 そもそもダンジョン攻略の初心者は《障壁》の魔道具を持つことが義務づけられるくらい大切なものだ。知らない人の方が少ない。


「一撃でも攻撃を当てれば勝ちってことですよね。」

「そうですね。実際、対人戦闘は一撃でもダメージを受ければ勝負はついてしまうことが多いですからそういうことも踏まえての試験になっているんですよ」


 一撃で終わるならば魔道具であるこのコートを着ていても問題はなさそうだ。念のためにそのままでもいいかどうか聞いてみる。


「なら、このコートは着ててもいいってことですか?」

「コートを着るくらいだったらいいですよ。しかし、それ以外のバッグや今つけてればだけど腕輪とかネックレスは魔道具の可能性もあるから出来るだけ外してください」


 そう言われてバッグを外し、盗まれる心配などを踏まえて試験官に渡した方がいいと考えて


「なら、これ、持っておいて貰えませんか」


 と試験官に差し出す。

 コートも魔道具だが許可貰ったのでそのままでいいだろう。そもそも一撃でも当たれば負けなのでコートの効果を発揮することはない筈だ。


「いいですよ」


 そう言って試験官はバッグを受け取ると他の試験官に預ける。


 中には輝石や転移の魔道具などそれなりに高価なものが入っているので話したことのある人間にしっかりと預かってて欲しいのだが。まあ、どの試験官でも責任持って預かってくれているか。


 全身に余計なものがなくなったことを確認して置いてあった剣を取り、闘う準備を終えた。


 準備を終えたのはいいが対戦相手が来ない。少し心配になったので聞いてみる。


「あの、俺は誰と闘うんですか?」

「そういえば、対戦相手のこと言ってませんでしたね」


 試験官はそう言いながら親指で自分を指して、


「君の対戦相手は...僕です!」


 とドヤ顔をきめた。


 足りなかった枠を先生が相手をする事で問題を解消したか。さっき待たされたのは試合が終わるのを待った訳ではなく場所の準備をしていただけのようだ。


 一応、想定外ではあったが特に困ることはない。負けなければいいそれだけ。

 そんなことを考えていると、


「もう少し、リアクションをとって欲しいかったですね」


 と苦笑いされた。

 無反応だったのは悪いと思うが相手は試験官だ。リアクションに困る。


「すみません。考え事してしまって」

「考え事。それは僕がただの先生で受験者よりも弱い可能性があることですか?元最年少のダンジョン攻略者、ユヅキ・アルメトくん」


 ダンジョン攻略者と思えない細い身体つきをしている。だが、見た目だけでは強さなど判断できない。スキルがあるから。試験官は仮にも教師。生徒に教えることが出来るだけの実力を持っている。決して弱いわけがない。


 というか、俺のことを知っている人間か。どこまで知っているかわからないが、俺のことを少しでも知っているってことはダンジョンに詳しい人間。かなりの実力者であることは間違いない。


「そんなこと考えてなかったですよ。貴方は強い。俺もダンジョンで色んな人を見てきましたからそれはわかります」


 それを聞いて試験官は硬い表情を解き嬉しそうにする。


「そうですか。あまり人に自慢できる話ではないですが、こう見えても僕は教師になる前はミナーヴァに潜っていたダンジョン攻略者だったですよ。なのである程度、実力に自信があると思っています」


 やはり元ダンジョン攻略者。魔道具なしの俺の実力がちゃんと理解できる相手。俺の実力を学校側が把握するために油断はできない。


「さて、話はこれくらいにしてそろそろ始めないと時間が押してしまいますね。準備はいいですか?」

「そうですね。準備はできてますよ」


 そう言って地面に刺さっていた剣を勢いよく引き抜く。


 そして俺たちはお互いに反対方向へと歩いていき少し距離をとる。お互いに向き合うと試験官は腰にあった剣を鞘から抜き取り構える。俺もそれを見て剣を軽く握り肩にのせる。


 先程の筆記試験時にはなかった腰の剣は防犯用ではなく元々、この為に用意したものらしい。俺の持つ剣はいつも使っている剣よりも軽くすぐ折れてしまいそうな剣。あまり無茶な使い方は出来なさそうだ。


「最後に一つ、これは僕からのお願いになるんだけど、この試験は試験官ではなく、ダンジョン攻略者であるセルビア・アーレイズ個人として戦って欲しい」

「わかりました」


 これは変な遠慮するなということだろう。元々、誰であろうと勝ちに行く気持ちだったので遠慮なんてするわけない。


「ありがとう。さあ、準備ができ次第始めていいですよ。現役のダンジョン攻略者である君の実力を確かめさせてもらいましょうか」


 こっちもダンジョン攻略者であると言われた時から、いや、最初からそのつもりだ。手加減なしで確実に倒す。これに変わりはない。


「なら、遠慮なく行きますよ」


 そう返し軽く息を吸って呼吸を整える。そして、一気に走り出した。

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