第39話 男の理由
俺が歩いて戻っている姿を見てヒカリが走ってくる。
「先輩お疲れ様です」
「ヒカリもお疲れ」
殆どの人が疲れ切って腰をついているが誰も怪我をしていない。
流石は他者を癒す力。
ヒカリのお陰で俺たちが来てからの被害は最小限に抑えられた。
「ありがとな」
と頭を撫でる。
するとヒカリは
「えっ。はい」
と返事をして俯いてしまう。
嫌だったか。子供扱いされているみたいだもんな。
そう思って手を離すとヒカリは「あっ」呟いて少し残念そうにする。
どうすればいいのかわからないのでとりあえず話を振る。
「状況は? 一応、聞くけど死者とかいないよな?」
念の為にヒカリにも聞いておく。全員を見た訳ではないのでもしかしたら間に合わなかった人もいるかもしれない。
「はい。勿論、いません。私の後ろにいるのが全員です。そして、全員無事です」
「よかった」
それを聞いて安心する。ヒカリと話していると後ろから誰かが近づいてくる。
炎の男だなと思いながら振り返る。予想通り炎の男が歩いてきていた。
「お疲れ」
そう言うが何も返事をしない。
その代わりに
「俺が悪かった。すまん」
そう言って頭を下げた。
あの時、少しムカついて説教をしたが謝るようになるとは思わなかった。
「俺はこの学校の入試まで自分が最強だと思い込んでいた。でも、それは違くて、俺はこの学校じゃ普通の人間。お前やアオギ。他にも沢山俺より強い人間がいる。だから、焦ったんだ」
強くなりたいという気持ちはわかる。だが、どうして1人で強くなろうとしたのか。
「別に今すぐに強くなる必要なんてなかったんじゃないのか? 」
「チーム戦や授業だと差をつけられない。いつまで経っても追い抜かすことはできないから」
確かにそれはあるかもしれないが、オリエンテーションは個を強くするためのものではない。チーム、クラスの団結。その機会をわざわざ削る必要はない。寧ろ、大切にしないといけなかった。
「でも、どうしてそこまでして強くなりたかったんだ?」
「俺の夢は神格ダンジョンの完全攻略だ。でもそれを成し遂げて来たのはいつだってチームじゃなくて1人の最強攻略者だ。だから、俺は俺自身がもっと強くならなきゃいけないそう思ってた」
「それでか」
完全攻略者はいつだって1人の最強か。確かにそうかもしれない。神格ダンジョンの神器を手にして戻ってくるのはいつも1人。だから、神格ダンジョンの神器は攻略成功した回数分しか存在しない。他のダンジョンであれば完全攻略した人数分。
だからこの世界で今、生きている人間の中で自分で攻略した神格ダンジョンの神器を持っている人間は一桁しかいない。
それが焦りの原因。1人で強くならないとダンジョン完全攻略はできないと思った理由か。
「ま、最初から1人を選んでも辛くなるだけだよ」
「わかってる。いや、今回ちゃんと理解した」
「なら、よかった」
あまり考えずにただ1人で強くなろうとしてるだけの人間だと思ったけど、しっかり理由があった。なんか、すごい言い過ぎたかもしれないな。
「それで、俺はずっと自分が強くなること以外何も見えていなかった。それでお前に迷惑をかけた」
そう言って男は頭を下げる。
「ダンジョンは一人じゃ危険だ。真に強くなるまでは仲間と協力して戦う。その大切さがわかれば今日のことは謝る必要はないよ」
男は俺の言葉をしっかりと受け止める。
ちゃんとわかったならそれでいい。
まだ学校が数日。これから学んでいけばいい。
「それじゃあ、少し時間がかかったが、みんなを下の階に送り届けるぞ。それでこのゲームは終了だ」
「ああ」
男を自然と五層に向かうように誘導する。
すると、
「ちょっと待ってくださいよ!」
とヒカリが止めに入る。
「どうした?」
ヒカリは少し怒り気味だった。
何かあったか?
「いつそいつと仲良くなったんですか!」
俺に近づいて男を指差してそう聞いてくる。
「さっきかな。仲直りしたからそれなりに仲良くなったのかな?」
「あー、そいつが何したか覚えてますよね?」
「ああ。まあ、覚えてるよ」
無視。勝手な行動。
そこら辺はダンジョン攻略初心者なら仕方ないと思う。
「なら、すまんじゃ済まないですよ!」
「いいだろ。反省してるんだし」
そんなに怒らなくてもいいのに。
「ダメですよ! 先輩を邪魔したり、文句言ったりしたんですよ。先輩のそんな優しいところもいいと思いますが、ここははっきりと言わないといけないですよ」
いや、やっぱり別にこれ以上はいいと思うけどなぁ。そう思っている俺にヒカリは続けて
「それに私には謝ってないですし」
そう言う。
あっ、そういえば謝ってないなぁ。
俺は一瞬男の顔を見ると、
「悪かった」
とヒカリに向けて軽く謝る。
「うー。なんか素直に許せないですー」
と渋々男のことを許す。
「仲直りしたんだし、喧嘩するなよ。他の奴らも驚いてる」
「なんでこいつのことを庇うんですか!」
「庇ってはいないよ。それより早くゲームクリアするぞ」
そう言うと二人は
「そうですよね。はい。そうでした。こんな奴に構っている暇なんてありませんでしたね」
「なんでこいつはこんなに怒ってるんだよ」
ヒカリは男のことが気に入らないようだが、コミニュケーションを取るようになったのはいいことだ。
「まだダンジョン内だ。気を引き締めろよ」
俺がそう言うと
「はい!」「わかってる」
二人は元気よく返事をする。
「さて、どうしてこんなことになったのか確かめに行くか」
そう言って腰を下ろしているクラスメイトの近くに歩いて行った。
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