第5話 お礼

「待ってくれ」


 俺はつかさずダンジョンの出口へと歩いていこうとする少女を止める。帰るなら確実に《転移》の方が早い。


「ここでは危険です。話があるなら、まずダンジョンから出ましょう」


 そう言うと少女は話を聞く気はなく足を止めることなく歩き続ける。


 それでも少女を止めるために追いかけながら説得する。


「歩いて転移の円盤に向かうつもりか?それだと時間がかなりかかるし、さっきまで倒れてたんだからモンスターに遭遇したら危険すぎる」


 転移の円盤は階層ごとに配置されていて、下の階層にたどり着き円盤に触れることでその階層と地上とを繋げてくれるかなり便利なものだ。


 基本的に1層に一個以上あり、階段前やボス部屋前など意味のある場所にぽつんと置かれている。


 少女が向かう方向的に14層に降りてすぐある階段近くにある円盤での帰還を考えているようだが、今俺たちがいる場所はダンジョンの中央くらいの場所。それなりに距離がありそれなりの難易度なので少なくとも1時間はかかってしまう。


「そうですが、それ以外に方法はありません」


 それを聞いて俺は気付く。

 少女の頭の中に転移の魔道具のことがないことに。


 当たり前だ。高価なアイテムそんな頻繁に使えるものじゃない。ミナーヴァであっても、序盤の階層の攻略者。そんな人が転移の魔道具なんて持っていない筈。


 俺が持っているなんて知っている訳もないし。


「えっと。別の方法ならあるよ」

「なんですか?」

「《転移》のスキル。あれなら一瞬で帰れる」


 それを聞くと円盤に向かって歩くのをやめこちらに戻ってくる。


「まさかだとは思いますが、《転移》の魔道具を持っているのですか?」

「まあ、深層を潜っていたから必要なものだったし」


 俺はそこまで使ってないが移動手段として必要なものであるという認識をしっかりと持っていた。だから、あの時も一応、常時何個か持ち歩いていた。


「ですが、《転移》の魔道具は使い切り。そんなものこんな層で使ってもらうことなんてできません」


 と諦めてまた出口に向かおうとする。


「ちょっと待て。最後まで話を聞いてくれ。別に金のこととか気にしなくていい。ってかまず、俺の魔道具は使い切りじゃないし」


 少女は一瞬で理解できなかったのか


「えっと、嘘ですよね」


 と返す。


「ここで嘘つく意味ないだろ」


 コートの袖をまくり戻ってくる少女にブレスレットを見せる。


 それを見るために少女は目の前まで来ると腰をかがめてブレスレットを眺める。


「これが転移の魔道具。綺麗。使い切りでない転移の魔道具なんて本当に存在したんですね」

「ダンジョン深層を攻略する人たちの中でも持っているのは限られているからな。というか、何度も使える転移の魔道具なんて攻略者だったら自分で使いたくなるからな。あまり市場には出回らないんだよな。だから、存在しないと思うのが普通だ、よ。俺だって自分で手に入れるまで知らなかったし」

「そうだったんですか。でも、そんな貴重なものを私が使ってもいいのですか?」


 と不安そうに聞いてくる。


 そんな少女に対して、


「別にさっきも言った通り使い切りじゃないから問題は何もない。それに俺が帰るついでだ。俺がこれを持っていることを黙っててくれれば俺はなんでもいいんだよ」


 と返す。


 さっきの男達には転移の魔道具を渡している。少女に使わせない理由がない。転移の魔道具はさっきから話している通り貴重なので下手に噂を広められるとめんどくさいので黙っててもらう必要があるがそれ以外で問題はない。


「な、なら、使いたいです」

「了解。早速使いたいと思うんだけど、その前にちょっといいか?」


 そう言って俺はポケットからさっき拾った石を取り出す。


「それは?」

「さっき倒したモンスターから出た魔道具だよ。ここより先を攻略するなら、魔道具の1個や2個は待っておいた方がいいだろ」


 なんの魔道具かはわからないが使い切りの魔道具。売ればお金になるだろうが少女に渡す方がいいだろう。10層はどうにかなると思うが20層以上では魔道具なしなんてそんなの通用しない。


「貴方が倒したんですよね。そんなの貰えませんよ」


 わかってはいたが遠慮される。あげると言っているのだから素直に貰えばいいのに。


「要らないなら、別の攻略者にあげるからいいよ」


 と冗談を言っておく。少女は悩んだ末に


「他の人にあげるなら、もらいます。」


 と返答したので反強制的に魔道具を渡す。


 すると、少女はさっきまではとは違い魔道具を嬉しそうに眺めて微笑む。子供みたいな少女を見ていると俺の頭にふと頭にアヤの顔が浮かぶ。それと同時に今まで忘れていた『先に帰った方がご飯を作る。』と言う約束を思い出す。


 なんのスキルだったのだろうかと少し疑問になるが「そんなことより帰ることが先」そう思って、


「よし、そろそろ帰りたいから俺の手を握ってくれないか?」


 そう言うと、


「な、な、何を言ってるんですか!そんな、手を繋ぐなんて、そんなのできるわけないじゃないですか!」


 と少女は顔を赤らめてわずかに距離を取り怒る。


 俺は確かに黒石を探すためにダンジョン内の壁を触ったり、草をかき分けたりしたがそこまで反応しなくてもいいのにと落ち込む。


 転移の魔道具は使用者に触れていれば一緒に転移ができる。これによって片方が行ったことがある場所ならもう片方の人間が行ったことのない場所でも行くことができる。


「そんなに嫌なら俺は一人で帰るから、これでも使ってくれ」


 と使い切りの方の転移の魔道具を少女に投げる。無理してまで一緒に戻る必要はない。とりあえず、一緒にダンジョン外に出ることは諦めて1人で帰ることにする。


 俺が目を瞑ると隣から


「ま、待ってください。これは使えません。なので!」


 と言う少女の声が聞こえて小指を包まれて熱が伝わってくる。とりあえず、俺の手を触ってくれた。これならしっかりと戻れるはず。


 目を瞑っているので表情は見えないが嫌々触っているだろうと思いながら、


「目は瞑っとけよ」


 とだけ少女に伝えて、ギルドの近くの裏路地をイメージして入ってきた時と同じように


「転移」


 と呟いた。


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