第28話

満員電車の中、朝倉は揺られていた。

黒縁の眼鏡に大きめのマスクをかけ、

痴漢対策のために、両手で吊り革を握っている。

どうせ今日も怒られるんだろうな。

朝倉は入社したての頃は、自信に満ち溢れ努力家の面を持っていた。

世のため、人のために生きるを生きがいとしている様な青年であった。

だが、将来に対する朝倉の希望はいとも簡単に打ち砕かれた。

「別に朝倉くんはそんなことしなくていいから。」

「え?」

「朝倉くん新人でしょう?改善とか、プロジェクトのことは上の人間がすることだから、君の意見なんて今は必要ないの、その前に与えられた仕事をしっかりするように。」

「・・・わかりました。」

新人と言われた朝倉は、すでに入社してから5年以上経っていた。

システムエンジニアとして、世間を驚かすようなものを開発したいと思って

入社した朝倉に最初に与えられて仕事は、その会社の製品の検証であった。

IT系の会社ではよくあることで、新人からいきなり開発を任されることの方が稀で、よほどプログラムができるか人手が足りていない限りは、

1年ぐらい検証として経験を積ませるのがほとんどだ。

朝倉は、そこそこプログラムができると思っていたが、周りを見た時

自分がいかに自惚れていたかに気づき、検証として一流の仕事をしようと、

奮闘していた。

その努力が認められたのか、3年目の時に異動の話が出た。

異動先は、朝倉がずっと望んでいた、開発ができる部署であった。

期待を膨らませ、異動した朝倉に最初に任された仕事は、

またしても検証であった。

この時点でもうすでに、朝倉の仕事に対するモチベーションは、

なくなりかけていた。

しかもその、異動先の部署はかなり問題を抱えていた。

行き当たりばったりのプロジェクト、頻繁にリーダーが入れ替わり、

引き継ぎがまともに行われておらず、責任の所在がよくわかっていない。

開発するにしても、まともな設計どころか、要求仕様すら作られておらず、

出来上がったものはバグや不具合だらけだ。

そんな状態で、いつリリースできるのかと上からのプレッシャーも強く、

いつしか、いかに不具合を見つけない様に検証を終わらせらるかという様な考えになっていった。

流石にこのままではいけない、開発をしたいと思っていたが、この部署は開発以前の問題が多すぎる。そう思い、朝倉は上司に進言した。

問題点と解決策を資料にまとめて。

しかし、上司からの返答は朝倉が期待していたものではなかった。

「別に朝倉くんはそんなことしなくていいから。」

「朝倉くんまだ新人でしょう?」

朝倉が一番ショックだったのは、自ら作った改善案が突っぱねられたことよりも、5年もいるのに新人扱いされたことだ。

朝倉は、この言葉を聞いた後、一切自分から何かをすることはしなくなった。

上司に自分がすることを聞き、それ以外のことそれ以上のことはやらなかった。


俺がいる意味ってなんだろう・・・。

そう思いながら朝倉は、スクランブル交差点を歩いていた。

キャーという悲鳴が聞こえた。

悲鳴のする方向を見ると、大型トラックが群衆を轢きながら暴走していた。

壁に衝突し、ドーンと爆発音に似た音を響かせた。

煙を上げるトラックの中から、一人の男が出てきた、

男は刃渡り30センチの包丁を持っていた。

音かは瞳孔を見開き、包丁を握りしめ息を荒くしていた。

殺されると周りの人間は思った。

逃げ惑うを人たちに向かい男は襲いかかる。

首や、腹部を切られ刺され、スクランブル交差点は血の海に染まる。

朝倉はそんな男の近くに向かった。

手は震えていた。

止めなければという正義感と、今の現状に絶望した中での

破滅的衝動が相まって、朝倉男に飛びかかっていた。

飛びついた瞬間、腹が燃えたかのように熱くなる。

男の両手を押さえ、ひとまず動けなくしたが、力がなかなか入らない。

上から覆い被さる様にした。幸か不幸か、体重は重い方だったから、

手を押さえなくてもこれだけで人一人動けなくすることができた。

「放せーー!」男が叫んでいるが、朝倉の耳には届いていない。

警察が到着し、持っていた刃物を取り外し、男は逮捕された。

これで俺の人生終わりか・・・。

薄れゆく意識の中朝倉は、疲れ切った顔で笑った。

***

「しょうもない人生だな。」

ミネルヴァは、手元のファイルを見ながら朝倉に向かっていった。

「しょうもないって。」

「貴様の死に様には惹かれるものがあったんだが、生き様は本当につまらんな。」

「つまらないって、失礼ですよ。」

「この前の小林は良かったんだがな。」

「誰なんですか、小林って?」

「日本の軍人だよ。もう死んで他の世界に行ったがな。」

「軍人?それと他の世界ってどういう意味ですか?」

「そうだ、お前も小林のところに送ろう。面白そうだ。」

「それってどういう意味ですか?」

「それじゃあ、行ってこい。」

「ちょっと待ってください、まだ説明が・・・」

朝倉を光が包むと、違う世界に飛ばされた。

朝倉は気がつくと、30kgの装備をつけて行軍していた。

眠りから目が覚めたかばかりように、

意識が少し朦朧として目が虚になっっている。

「数字でも数えると、少しは気が紛れるぞ。」

一人の青年が朝倉に向かって声をかけた。


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