第15話
「相手の技を受けて返す」なんてことは、真剣勝負の世界では滅多に起きない。
ほんの一瞬の迷い、隙を突かれて負けることがほとんどだ。
構えは隙を無くし、誘い、攻めは隙を生み出すためのものだ。
達人の領域になる程、隙と言うものが無くなってくる。
そこでようやく技や力の勝負になってくる。
未熟な技で綺麗に勝とうとしているやつより、必死になって刀振り回しているやつの方がよっぽど恐ろしい。
と言うよりも、生死をかけた真剣勝負は、必死になって刀振り回して結果どちらかが死ぬのがほとんどだ。
小林は斎藤と稲川、道場の正面に飾られた神棚の前に正座している。
「正面に礼」
斎藤の号令と共に、3人は神棚に向かって座礼した。
小林は昔、剣道をやってた頃を思い出した。
父に無理やり連れてかれて始めたが結局、
戦争が始まるまで、ずっと続けていた。
竹刀でも刀を扱うように振れ、
「打つのでは無い、斬るのだ」と言うのがその道場の教えであった。
斬ると言うことはどう言うことだと聞いた時、
日本刀と巻藁を持ってきて、「斬ってみろ」と言われたことがある。
巻藁に弾かれ「それじゃあ斬れないぞ」と言われながら何回も繰り返した。
すると、ほぼ力を加えずにスッと巻藁を綺麗に真っ二つにすることができた。
この時初めて「斬る」と言う感覚を覚えた。
その道場では、と言うよりほとんどの武道の道場では
最初と最後に今のように神前に向かって礼をしている。
無事にこの稽古ができていることに感謝するという意味で。
座礼しながら、懐かしさを感じていた。
「小林くんは、剣術を習っていたことはあるのかね?」
「はい、5歳から」
「そうなのか?初めて知ったぞ。なら、剣術歴で言ったら俺よりも長いことになるな。」
「稲川さんは20年ぐらいやっているものだと思ってました。」
「俺は専門は徒手格闘だから、刀を握り始めたのは、ほんのここ数年だよ。」
「まあ、稲川はこれまでのバックボーンがあるから、覚えるのも早かったけどな。巻藁も初見ですぐに切り落とせたしな。」
「そうなんですか?自分は結構苦戦しましたけど。」
「ほう、小林君が通って行た道場は素晴らしいところだな、
そこらへんの街道場では、剣術と名乗っておきながら刀なんて置いていないぞ。」
「じゃあ、どうやって斬るって言うことを覚えて行くんですか?」
「悲しいかな、そんなこと教えていないんだよ。ほとんどの剣術道場でやっていることは武術ではなく舞踏、ダンスだよ。だから型にはまったやり方しかできない。」
「なんとなく分かります。出稽古に行った時に言っちゃ悪いですが無駄な稽古をしているところが多かったです。」
「”型”自体は別に悪いことじゃない、基礎、基本を覚えるのにはこれほど有効なものはない。俺も一度その”型”を極めた人にコテンパンにやられたことがあるからな。柳生なんとかって言う名だったかな?」
「その人は、今も生きているんですか?」
「いや、この世界にはいない。」
「そうなんですか。」
「まあその逆で河上っていう型破りで恐ろしく強い奴もいたがな。」
「斎藤さんはどうなんですか?」
「俺か?俺は実践で強くなっていたと思う。任される仕事が、良くも悪くもきたものが多かったからな。洞察力はそこで培ったかな。」
「小林君は、どうやって強くなった?」
「自分はそうですね。仲間が殺されるところをずっとみてきたからですかね。」
「そうか、死線を潜り抜けるということは、その分死線入ってしまった仲間を見てきたということでもあるからな。」
斎藤のいう通り、戦場を生き抜いたものは自然とそこに行くと死ぬという場所が何故か感覚的にわかってくる。
死線というものが見えてくるのかもしれない。
「というより、若いのに色々と経験しているんだね。」
稲川が言う。
「え?まあ、そうですね。」
小林は、言葉を濁しながら答える。
斎藤はそのやりとりを見て、ふっと笑い。
「空いている時でいいから、うちの道場に来なさい。教えられることは少ないかもしれませんが、私でよければいつでも相手しますよ。」
「よろしくお願いします。」
小林は心の中でガッツポーズをした。
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