第16話

小林はひたすら素振りをしていた。

テンポを変えず、一定の調子で一本ずつ丁寧に振る。

降った時に、ブンっと風切り音がする。これは切先がしっかりと走っていないと

ならない。ただ力任せに振っても風切り音はするが、

そのような振り方はただの筋トレでしんどいだけだ。

武術とは力がなくなってから本領を発揮するものだ。

もちろんそのためには理合と言うものを理解しておく必要がある。

千本を超えたあたりから、木刀を握る握力はなくなっていき。

肩が鉛のように重くなっていった。

ただ無心でひたすらに振り続けた。

小林の足元には、汗で小さな池ができている。

その隣で、朝倉が泥人形のように倒れている。

「お前、なんで来たんだ?」

小林が、素振りをしながら聞く。

「いや、稲川さんにお前も斎藤さんのところ行けって言われて。」

朝倉も同じように素振りをしていたが、500本あたりで腕が上がらなくなり。

木刀を竹刀に変えてもらって続けたが、ついにその竹刀すら握れなくなり、

斎藤から「もういい、そこで腕立て伏せやってろ」と言われ、

その腕立て伏せすらできなくなって、今こんなふうに泥人形のようになっている。

「て言うか、なんでそんな触れるんですか?もう千本ぐらい振っているんじゃないんですか?」

「3600本だ。」

斎藤が答える。

「え?そんなに振ってるのに全然ペース乱れないですね。」

「そこは乱さないように気をつけているからな、と言うよりも斎藤さんもう1時間たっているじゃないんですか?」

「ん?ああそうだった、1時間だけの約束だったな。」

小林と朝倉は、自らが所属している部隊の訓練の合間を縫って

斎藤に稽古をつけてもらっている。

自分の訓練もあるため、確保できる時間が1時間しかなかった。

「斎藤さん、自分の素振りはどうでしたか?」

「そうだな・・・。ちょいとその木刀を貸してくれ。」

「はい。」

そう言い、小林が斎藤に木刀を渡す。

斎藤はそれを軽く握り、構え、小林の正面に立った。

「よく、見てなさい。」

そう言った直後、ヒュンという音がした。

振り上げと振り下ろしの動作が全く見えなかった、

刀がブレると、刀の長さはすぐにわかってしまうが、それも一切なく

一本の線がそのままの状態で、その後にヒュンと振った時の音が聞こえた。

その一連の動きに力感は一切なく、ただただ美しい武の姿がそこに存在するのみであった。

「これを1本目からできるようになって一人前だな。千本超えたあたりから徐々にできるようになって来たが・・・。」

「お恥ずかしい限りです、精進します。」

「えー!?」

朝倉が、泥人形のまま声を上げる。

「お前はまず、千本振れるようになってからだ。」

「そうですよね。」

真の武とは肉体の限界を超えた先に存在する。

目の前にいる斎藤一という男はそれを体現していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る