第6話
恐怖で脚がすくむなら、怒りで己を奮起させろ。
怒りで我を見失いそうになったら、哀れみの目で相手を見ろ。
戦場で冷静になれる人間なんてほとんどいない。
それが初めての場合なら尚更だ。
あの中で、冷静でいられたのは俺ともう一人・・・。
「深呼吸しながら、小林君の背中だけ見て前に進んで。」
と今にも錯乱しそうな兵士を、落ち着かせながらベースまで誘導している。
誘導しているのは先ほど、化け物を一緒に仕留めた兵士だ。
惨劇が起きた場所からベースまでの距離は1kmもないほどだが、
俺も少し動揺しているのかやけに遠く感じた。
ベースにつくと、たった三人の俺たちを見て部隊長の山本は、
想定外の出来事に喫驚した。
「一体何があった!」
その怒声とも聞こえる声とともに兵士の一人の、
緊張と平静をなんとか保っていた糸が切れた。
「は、は、は、ははははははは、死んだみんな死んだ、ははははははは」
瞳孔は開き、目の焦点は定まらず、狂ったように笑いながら、同じ言葉を叫び続けた。
「みんな死んだ、みんな死んだ、みんな死んだ、みんな死んだ・・・」
その様子を見て、稲川は憐れむでもなく無表情に締め落とした。
「浅田君いるか。」
稲川が、ベースの奥に向かって声をかけると、
「はい。」
と、長身の若い兵士が出てきた。
「すまないが、これを医務室まで運んでってくれないか。」
「わかりました。」
浅田は、絞め落とされた兵士を抱えて医務室まで運んだ。
稲川は、いつも以上に真剣な表情になり、
「山本さん、魔獣が現れました。」
その言葉を聞き、山本は目を見開く。
「何・・・?それは本当か?」
「はい、おそらく群れから逸れた子供かと思われますが・・・。」
山本は、ふーと息を吐く。
「そうか、それは不運としかいえないな。いや、むしろ三人も生き残ったのが幸運か・・・。」
その表情から相当言葉を選んでいると言うのが見てとれた。
想定外の奇襲を受けた形だ、普通だったら全滅していてもおかしくない。
山本の言うとおり三人も生き残れたのは運が良かったのだろう。
だが山本の言葉よりも稲川の言葉で耳を疑った箇所があった。
「子供?あれがですか?」
「ああ、子供じゃなかったらそんなナイフで殺せるわけがないよ。」
血のついたナイフを指差し稲川が言う。
「あの、大きさで子供ですか・・・。」
成人男性ほどの大きさが子供なら、成獣になったらどれだけの大きさになるのだろう。今回現れたのが、子供で良かったと心底ホッとした。
「魔獣を仕留めたのは稲川君、君じゃないのか?」
山本は少し困惑しながら聞いた。
「仕留めたのは、小林君です。」
「いえ、稲川さんが、隙を作ってくれたおかげです。」
「君が合わせてくれたおかげだよ。」
「そんなこと言って、本当は稲川さん一人で仕留めれていたでしょう。」
「確かにそうかもしれないが、そうなるとこのベースに帰ってこれたのは君と私二人だけになっていたぞ。」
「確かに、そうですね。あの時私には、恐怖で脚がすくんでいる兵士を守ってやれるほどの余裕はありませんでしたから。」
少し毒のある言葉で言った。
「まあ、下手に動かれるよりかわマシだがな。」
稲川がそれに呼応するかのように皮肉めいた言葉で言う。
山本はそのやりとりを黙って眺めていた。
「小林君、聞くが君は入隊して何年になる。」
新兵とは思えない俺の立ち振る舞いを疑ったのか山本が聞く。
「1年目です。」
「1年目?」そんなわけないだろうというような表情をするが、
「はい。」と当然のような顔で答えた。
実際は、30年以上で、おそらくこの稲川よりも長いと思うが、
この世界では1年目なので、嘘ではない。
「とんでも無い新人があらわれたものだ・・・。」
山本は、感嘆と歓喜が混じった表情で俺を見た。
評価されていることは嬉しいが、その反面、ほとんど経験値によるものなので、少し申し訳ない気持ちになった。
それに本当にとんでも無いのは、稲川だ・・・。
あの一瞬で垣間見えた戦闘センスもそうだが、
この人は、ほとんど戦力にならない新人1人を生きて帰してきたのだ。
数々の仲間を見殺してきた俺は、その凄さを身をもって知っている。
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