第5話
戦場で最も重要なことはなんだと思う?
上官からこんなことを聞かれたことがある。
「準備を万全にすることだと思います。」
俺は、普段から口酸っぱく言われていることを答えた。
準備を怠るなと。
「そうだなそう教わったからそう答えるのが教科書的には正解なのだろう。」
上官はニヤリと笑った後、
「だが準備万全の状態などあり得ないと思っておいた方がいい。」
鋭い眼光で、鋭い口調で言った。
万全な状態を、戦場で起きうること全てを想定しそれに対応できている
状態だと仮定しよう。
もし、そうした場合の兵士の装備はどれくらいのものになるだろう・・・。
軽く見積もっても総重量は50kgは超えるだろう。人一人分だ。
自分をおんぶして10kmの行軍。
考えただけで戦闘が始まる前に、死んでしまいそうだ。
我々は必要最低限のもので戦地に向かう。それでも30kgはするが・・・。
我々は想定外のことが起きる前提で、戦いに挑むのだ。
その中で、最も重要なことは・・・、
我を忘れないと言うことだ。
情報と違う敵兵の数であっても、思わぬ襲撃を受けても、
目の前で、仲間が撃ち殺されても、我を忘れぬことだ。
恐怖も焦りも怒りも悲しみも、戦いが終わるまではかばんにしまっておけ。
それが上官から最初に教えられたことだった。
***
俺たちは今、想定外の襲撃を受けている。
7名編成の小隊で警戒任務にあたっている時にそれは起きた。
「12時の方向1km先不審物発見、警戒せよ。
繰り返す、12時の方向1km先不審物発見、警戒せよ。」
言い切った次の瞬間、その不審物は俺たちの目の前に現れた。
見た目はピットブルのようだが、
「犬?にしては大きすぎやしないか?」
成人男性ほどの大きさで目は赤く口からは涎を垂らしている、
それは御伽噺に出てくるような化け物だった。
その化け物は、口を大きく開き兵士の一人に襲いかかった。
一瞬の出来事であった、兵士は首を噛みちぎられそのまま絶命した。
他の一人がその化け物に対して発砲するが、当たらない。
1kmを一瞬で駆け抜けるほど速さだ、肉眼では捉えられない。
他の兵士も当たるはずのないのに発砲する。
そして二人、三人と、犠牲になっていった。
気づけば七人いた小隊は三人になっていた。
俺は、拳銃ではなくナイフを構えた。
そちらの方がこの化け物を殺せる確率が高いと感じた。
左手を前に、ナイフを持つ右手を後ろにし、切先を左目につけ
懐を深くし、重心を低くし、つま先7、踵3の割合で体重をかける。
誰かに教わったわけではなく、自然と身についた構えをとった。
俺の前には、戦車地雷が設置されていた。
兵士の一人が化け物に対して発砲する。
当然避けられるが、設置された地雷が爆破する。
避けられる想定で撃ち、地雷を踏むように仕向けたのだ。
「小林君!!」
その言葉を合図に俺は、爆破の方向に向かって突撃し、ナイフと突き出す。
人間とは違う感触がナイフ越しに手に伝わる。
さらに突き刺す、対象の絶命が確認できるまで突き刺し続けた。
絶命を確認すると、生き残った1人の兵士が緊張が解けたのか腰から崩れ落ちそうになった、
「まだだ!!」
化け物がこの一体だとは限らない、警戒解くのはまだ早いと兵士に檄を送った。
兵士は崩れ落ちそうな腰を再びおこし、拳銃を構え直した。
「この場所を撤退する。周囲を警戒。」
「了。」
力強い返事が返ってきたことを確認すると、
首が千切れかけた三人の死体をその場に置き、その場を去った。
こうして俺はこの世界に来て初めての戦いで味方四人を失った、
そして敵は人間ではなく、得体の知れない化け物であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます