第34話

生ぬるい風が、頬を撫でる。

朝倉はまるで獣に頬を舐められたような感覚を覚えた。

小林やほどの感覚はないにしても、常人よりもはるかに

環境の変化を敏感に感じられるようになった朝倉にとって、

この感覚は気持ち悪いことこの上無かった。

平常心を保とうとするが、背中は冷や汗でびっしょりだ。

朝倉にできることは音をたてずに歩くことのみであった。

朝倉は何かを察知した。

「近藤さん。」

「ああ、わかっている。」

300メートル先に、ストーンピットブルの群れがいた。

「久しぶりのご対面だな。」と小林が無線で朝倉に言う。

「嫌なこと思い出させないでくださいよ。」

「少し遠回りになるが、奴らを避けていくぞ。」

正直、このメンツなら、ストーンピットブルの群れなどどうってことない。

しかし、近藤たちの目的は偵察であり。よほどのことでもない限り戦闘の形跡を残したくない。

「それじゃあ俺たちは先に行くぞ。」

と芹沢が近藤に言うと、

「ああ、先に行っててくれ。」

小林と芹沢は、自然に溶け込みながら、ストーンピットブルの群れを横切る。

ストーンピットブルはすぐ横にいるはずの小林たちに一切気が付かない。

「なんで?」と朝倉が不思議に思う。

「『スカウト』を極めるとあれぐらいできて普通だよ。」


敵に気づかれず生きて戻る。

潜入においての必要最低条件であり、

常に意識しておかなければならないことである。

それを戦術化し体系化したものが『スカウト』である。

気づかれないための戦術、技術は多岐に渡る。

今小林と、芹沢がやったのはその技術の一つ。

「自然に溶け込み、風景と一体化すると、敵からは気づかれないものだ。」

「確かにそのようですね。」

朝倉は二人の立ち振る舞いを見て、少し落胆していた。

こんなに差があるものか・・・。


「近藤、敵だ。」

芹沢の低く冷たい声が無線を通して伝わる。

「了解、朝倉少し急ぐぞ。」

「了解。」

「近藤さん、敵ってもしかして・・・。」

「ああ、人間だよもちろん。」

「やはり。」

「なんだ、人間と戦うのは初めてか?むしろ魔獣としか戦ったことがない方が珍しいんだがな。」

「いや、初めてではないです。」

「そうか安心しろ、よほどのことがない限り殺し合いはしない。」

「そうですか・・・。」

朝倉は一度だけ殺人をしたことがある。

そしてその日に朝倉は死にこの世界に来ることになった。

殺した殺人鬼の顔とその瞳に映る己の姿を思い返しながら、

朝倉は先に行く小林たちの元へ向かった。

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