第2話

玄関の前に立っていた、表札には”小林”とある。

俺の家だ。

確か空襲で焼けたはずじゃ・・・。

そう思っていると、

「清志郎さん、お帰りなさい。」

声の元を振り返る。

「百合子?」

そこには、名前の通り百合のように綺麗な女性が立っていた。

妻だ。

「どうしたんですか、そんな驚いた顔して。」

百合子がケラケラと笑う。

「百合子・・・。」

清志郎は名前を呼ぶだけでその後の言葉が続かない。

手紙ではいくらでもかけたその言葉が目の前にすると

喉に棘がささったかのように言えなくなる。

その姿を見て百合子はまたケラケラと笑った。

初めて見合いをしたときのような空気があたりを包んだ。

こそばゆく、気持ちの良いそんな空気だ。

そういえば、初めて会った日も俺は何も喋れなかった。

ただ二人とも黙って見合っているだけの時間がただ過ぎてった。

その空気に耐えられなかったのか、百合子はまた笑った。

その空気を切り裂くかのように、サイレンの音が鳴り響いた。

空を見上げると、B29が東京の空を闊歩していた。空襲だ。

「百合子!」

パッと、百合子の方を見ると、この後に何が起こるのかわかっているかのような表情で、空を仰ぎ目を瞑っていた。

「早く逃げないと!」

願うように叫んだだが心の中ではもうどうなるかわかっていた。

「清志郎さん愛してましたよずっと。」

百合子は優しい目そう言った。

次の瞬間百合子の周りが燃え上がり、そのまま百合子は消えてしまった。

焼夷弾が落ちるときの音がまるで死神の口笛のように聞こえた。

その口笛が俺の方に近づいてきた。

「クソッタレが・・・。」

爆音とともに景色が変わると、

俺は、グラウンドのホームベースに立っていた。

いつの間にか服装は、野球のユニフォームになっており

左手にはグローブをはめていた。

マウンドには、浅黒く焼けた肌にヨレヨレのキャップを被った

男が立っていた。

男はにっこりと笑い、

「清志郎、お前を私の誇りだ。」

そう言ってボールを俺の方に投げた。

パンという音がグランドに響く。

「父さん・・・。」

「なかなかいい球投げるだろう。」

そう言い、父はグラブを構えた。

俺は、思いっきりボールを父に向かって投げた。

パーンと気持ちのいい破裂音がグランドに響く。

「ナイスボール、最後にキャッチボールができてよかったぞ。」

父は、ガハハと豪快に笑うと、光と爆音とともに消えた。

また景色が変わり俺は、軍服に着替えていた、

上官に俺以外の仲間や先輩の名前が呼ばれていく。

そしてその中の一人が俺の方に近づいてくる。

「山本・・・。」

「小林、これを妻と子供に頼む。」

そう言い俺は1枚の手紙を渡された。

「これだけでいいのか?」

「覚悟が揺らぐからな。」

「そうか。必ず渡す。」

「ありがとう。」

山本は、同じ時期に軍に入ったいわゆる同期だ。

友でもありライバルでもあった。

その次の日、山本は敵艦にかすり傷ひとつつけられず撃墜された。

俺は約束通り、山本の奥さんに手紙を渡した。

「立派でしたか。」

泣き顔ひとつ見せずに気丈に振る舞っている姿を見て、

おそらく覚悟はずっと前から決めていたのだと悟った。

「ええ、結局最後まで、勝てませんでした。」

「そうですか。そうですか・・・。」

俺は逃げるようにその場から立ち去った。

泣き声を背中に受けながら。

そのまま歩いていると、

銃を構えた米兵が数人現れた。

やっと、俺の番か・・・。

思わずフッと笑うと、米兵は発狂しながら俺に向かって

何発も銃を乱射した。

1発が俺の眉間を貫きそのまま俺は倒れた。

ふざけた走馬灯だな。

薄れゆく意識のなかそう思った。




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