第22話 買い取り

「ーぃ、ぉーぃ、おーい」


 陽気に包まれてうつらうつらしていると、遠くからリエの呼びかける声が聞こえてきた。


 冒険者組合に報告し終えて、俺を助けに戻ってきてくれたのか?。

 上半身を起こして、声のする方を向く。


 俺を助けにきてくれたのは、リエだけでは無いみたいだ。

 クーガーやネロ、その他にも大勢の冒険者が重装備でこちらに走ってきている。

 その中には、いつも冒険者組合でお世話になっている受付嬢さんの姿もあった。


「よかった生きてる!」


 リエは俺の姿を認めるなり、ほっと安堵したような表情を浮かべた。


「ああ、なんとかギリギリのところで生きながらえたよ」

「ドラゴンはどうなったの?」

「もう倒したよ。ほら、そこの穴がドラゴンが落ちた時にできた穴だ」


 俺のその言葉に、増援の冒険者たちは目を丸くする。

 その中の一人が声を上げる。


「ほ、本当に倒したのか……? どこかに飛んでいったとかじゃなくて?」

「本当だって、そこまで言うなら――」


 インベントリからアイテムを一つ取り出す。


「こいつを見たら信じて貰えるか?」


 冒険者たちの口が更にぽかんと開いた。

 その視線は、俺の手のひらよりも大きいアイテムに釘付けになっている。


「そ、それは?」

「フレンマドラゴンの鱗だ。これがえーっと…… 二八二枚あるな」


 最後にその冒険者は、頭をのけぞらせて一歩二歩すり足で下がった。


「そこまで証拠が揃っているなら信じる他ない。イブキ、よくやったな」


 クーガーが俺に手を差し伸べて引き起こす。


「一つ聞きたいんですが、そのフレンマドラゴンの大きさはどれくらいでしたか?」

「大きさ? あんまり覚えてないけど……」


 フレンマドラゴンが、どのように地面に横たわっていたかを思い出しながら、翼を広げた分の横幅を歩く。


「ここからここまでだったと思う」


 歩いた歩数からして、十から十一メートルくらいか。

 それを見た受付嬢さんが、分厚い本を手にパラパラと捲っている。


「この大きさだと…… 恐らく、子供のフレンマドラゴンですね」


 子供なのか……? あれで?


「せ、成長したらどれくらいのサイズになるんだ?」

「この文献によると、成長すれば二十メートルを超す大きさになるみたいです」

「にじゅっ―― メートル!?」


 死闘を繰り広げたドラゴンが子供だと告げられて、つい声がうわずってしまった。


「ですが、フレンマドラゴンが王都に現れれば、子供といえども甚大な被害が出ていたでしょう。ここで倒せたのは幸運でしたね」


 確かに、あんなのが王都に襲来しようもんなら……

 考えたくもないな。


「フレンマドラゴンが出てきた巣穴はここですか?」

「ん? そこだな」


 受付嬢さんは穴の入り口に立ち、巣穴に向けて「ワッ!」と叫んだ。

 しばらくして、巣穴から反響音が返ってきた。


「かなり深い…… これは調査をする必要がありますね」


 彼女は眉をひそめて顔をしかめた。


「もうドラゴンは倒してしまったのにか?」

「はい、この巣穴の奥にまだドラゴンの卵が残っているかもしれません。早く調査依頼を出して、冒険者の方々に来てもらわないと……」


 彼女の思い悩んでいる姿を見ると、もう俺がこのまま調査に入ってしまいたいと強く思う。


 しかし、巣穴に一歩足を踏み入れた先は、一寸先も見えないほどの真っ暗闇。

 今の装備では、モンスターの接近にすら気づけず、即座にやられてしまうだろう。


 俺が入るにしても、一旦王都に帰って装備を整える必要がある。


「俺たちなら、すぐにでも調査に入れるぜ」


 頭を抱えているところに、ネロが救いの手を差し伸べた。


「本当ですか!?」


 そうか、元々の目的はドラゴン討伐だったとはいえ、ここには重装備の冒険者たちが集まっている。

 調査中にモンスターに出くわしたとしても、すぐに返り討ちにできるだろう。


「それではお願いできますか? 依頼の手続きは事後に回しますので」

「もちろん!」


 ネロは快く応え、他の冒険者も意気揚々とエネルギッシュな返事を返す。


「緊急依頼ということで、クエスト達成報酬は倍になります! 調査が終わったら手続きをするので、組合本部にお越しください!」


 その言葉を聞いた冒険者たちは、続々と穴の中に入っていく。


「デ・ルクス」


 冒険者の一人がそう唱えると、真っ暗な洞穴の中が淡い光で照らされた。

 足元が見える程度のものだが、あると無いのとでは大きな違いだ。


「イブキは行かないのか?」


 足を止めていた俺にクーガーが話しかけてきた。


「やめておくよ、跳弾で同士討ちフレンドリーファイアするかもしれないからな」

「そうか、その機関銃の戦いぶりを見れないのは残念だが…… 気をつけて帰れよ」


 ブローが殿に立って巣穴の中に入っていく。

 調査報告が楽しみだな。


「さて、王都に帰るとするか」


 俺とリエは王都に帰り、チクータバタフライ討伐クエストの完了手続きのために冒険者組合に向かう。




 ◇◇




「ものすごい大出世だな……」


 冒険者組合の建物を出た所で、改めて自分の冒険者タグを確認する。

 そのタグの中心には、ひし形の金がはめられていた。


「初級クラスⅢから、いきなり上級クラスⅡだもんね」


 隣のリエが肘で俺を小突いてきた。

 思わず頬が熱くなる。


「じ、実感は無いんだけどな」


 冒険者組合では、七階級昇格なんて前例がないと言われた。

 しかし、フレンマドラゴン一匹分の経験値を積み重ねると、それくらいになってしまうらしい。


「それじゃぁ買取所に行こうか」

「そうだね」


 買取所の中は、大勢の冒険者で賑わっていた。

 思いの外待たされることにはなったが、しばらくして窓口に案内された。


「本日は買取ですか?」


 窓口の向こうで俺たちに話しかけるのは、眼鏡をかけた若人といった風貌の男だ。


「ああ、ゴブリンからのドロップ品が貯まってきたから売りたいんだ。あと、ドラゴンの鱗だな」

「はい、ゴブリンとドラゴンです…… ドラゴン!? しかも今、鱗って言いましたか!?」


 淡々と事務的に会話を進めようとした男が、声を震わせて俺の発言を確認する。

 大声を出して驚いているので、買取所にいる全員の注目を集めてしまった。


「ドラゴンの鱗で間違いないよ。俺が持ってても宝の持ち腐れだからな」

「そ、そうですか…… ここだと話ずらいので奥にご案内しますね」


 そうして俺たちは、一階の窓口から二階の別室に通された。

 部屋の中心には落ち着いた色の木のローテーブルがあり、その側に革張りのソファーが対に配置されている。


 入り口から遠い方のソファーに腰をかけると、反対側のソファーに受付員の男が座った。

 その横には、明らかに役職の高そうな、頭に白のメッシュがかかった職員が座っている。

 これが特別対応ってやつか……


「まずはですね――」


 最初に若男の受付員が話を切り出す。


「買取希望の鱗の枚数を教えていただけますか?」

「ええと、二八二枚だな」

「にひゃく――ッッ!?」


 枚数の多さに驚いたのか、上司は顔を引きつらせた。

 なんどか平静を装うとはしているが、全くもって隠せていない。


「ど、ドラゴンの鱗は一つ金貨十枚ですので、合計買取金額は金貨二八二〇枚になります」

「一匹からかなり手に入るのに、めちゃくちゃ高く売れるんだな」

「ドラゴンは一人で倒すようなモンスターではないですからね」


 それもそうか。

 普通に考えて、あんな強敵を一人で倒せるわけがないもんな。

 俺もMG42を作っていなかったら、今頃ドラゴンの腹の中に収まっていただろう。

 いや、土の肥しか?


「討伐はだいたい二十人ぐらいのパーティーでやるのか?」

「そんな、もっと多いですよ! 最後にドラゴンが現れた時は、百人の冒険者でなんとか倒したらしいですからね」


 ひゃ、百人だと……?

 それだと一人の分け前は、鱗二、三枚にしかならないじゃないか。


「その鱗も、自分の装備を作るための素材にされてしまうので、市場に出回る数は少ないんです」


 だからこそ、金貨十枚の買取価格がつくってことか。

 とは言っても、俺の装備を作るのに鱗は必要ないし、トロフィーとしてとっておくのも数枚で十分だ。


「そうだな…… 切りよくして二八〇枚。買い取りを頼むよ」

「その件なんですが――」


 今まで無口だった、白髪混じりの上司が話に入ってきた。


「金貨二千枚を超える大金を一度にお支払いしてしまうと、この買取所の体力では耐えきれません。ですので、分割にして買取金をお支払いしたいのです」

「分割で? 期限はどれくらいなんだ?」

「月に金貨を五百枚ずつ、最終月に調整して六ヶ月と考えています」


 それを聞いて、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 βテスト中に全額を受け取れるのであれば問題ない。


「わかりました、それで手を打ちましょう」


 上司は安堵したかのように大きく息を吐き出した。


「それと、もう一つ買い取って欲しいものがあるんだが……」

「ま、まだあるんですか!?」


 インベントリからフレンマドラゴンの瞳を取り出して手渡す。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そもそも、ドラゴンの瞳の買取実績なんてあったかどうか……」


 若男が目を丸くして上司に訴えかけるが、上司はその言葉を無視して瞳を手に取る。

 その手つきは、割れ物を扱うかのように慎重なものだ。


「これは…… 買取所うちでは値をつけられません」


 まじかよ。

 これって、そんなレアなアイテムなのか?


「もしかすると、ならあるいは……」

「あそこ?」

「硝子細工を主とする工房があるんですが、そこなら買い取ってくれるかもしれません」


 工房?

 そんなところが、買取所で断られるようなアイテムを買い取れるのだろうか?


「まぁ、行くだけ行ってみよう」

「それが良いでしょう。では、買取金支払いについての書類を用意しますね。何しろ、金額が金額ですから」


 上司はそう言うと、若男の職員と共に部屋を出ていった。


「それにしても、二千枚以上の金貨って大金だよね。何に使うつもり?」

「うーん、実は何も考えてないんだ。でも、ただ貯めておくのも勿体ないよな」


 大切に貯金していたとしても、どのみち一年でβテストは終わってしまう。

 それまでにパーっと豪勢に使い切ってしまいな。


「なんかクランハウスってのがあるんだけど、それが結構お金がかかるらしいよ?」

「クランハウス?」

「私もよく知らないんだけどね」


 クランってついているくらいだから、クランに関係するものだろう。

 金には余裕があるし、試しにやってみても良いな。


「お待たせしました」


 書類を用意しに行っていた職員が戻ってきた。


「この二枚の書類にサインをお願いします」


 買取所用と控え用の書類にサインをして、最初の金貨五百枚を受け取る。

 用事を終えて買取所を出ると、リエはこれから用事があるとかで走ってどこかに行ってしまった。


「さて、例の工房に行ってみるか」

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