第30話 奪還

 ガタガタガタタタタタガタッガタタ


 不規則に揺れる床の振動が背中を襲う。

 その衝撃によって、俺は目を覚ました。


「ここは…… 馬車か?」


 布によって囲まれた狭い空間と、床から突き上げるこの振動は馬車で間違いないだろう。

 手足は相変わらず拘束されていて、とても逃げられるような状態ではない。


「ようやく起きたね。ちょっと薬を盛りすぎたかな?」


 同じく馬車の床に座っていた仮面野郎が、俺が目を覚ましたことに気がついたようだ。


「お陰様でぐっすりと眠れたぞ。馬車に乗せられてるのにも気づかないくらいにな」

「疲れが取れたようで良かった。なにしろ、ソルガ大陸までは長い旅路だからね」


 奴に皮肉混じりの言葉をぶつけてやるが、ひらりと躱されてしまった。


 しかしまずいな、もうソルガ大陸に向かっているというのか。

 なんとかして早くここから逃げなければ、手遅れになってしまう。

 ひとたび海に出てしまえば、アネア大陸に戻る手段なんて、魔王討伐に来る冒険者を待つくらいしかない。

 まずは情報を引きだそう。


「それで、俺はこれからどんな風に運ばれるんだ?」

「まずはこのまま馬車で港に向かうよ。勿論、魔王軍のね。そこから連絡船に乗って海を渡る。ソルガ大陸に渡ったら、あとは全て魔王軍にお任せさ」


 おうおう、よく喋るじゃないか。

 逃げられる心配がないから、喋っても問題ないと判断しているんだな。


 そしてわかったことは、この馬車から降りられかければゲームオーバーということだ。

 港まで何日の猶予があるのかは不明だが…… 積んである物資の量からして、あまり日数は残されていないだろう。


「な、なぁ、紐がきつくて腕が痺れるんだ。緩めてくれないか?」


 安直ではあるが、やれることは全部やってみよう。

 紐を緩めさせることができれば、もしかしたら拘束から抜け出せるかもしれない。


「どれどれ、ちょっと見させてもらうよ」


 と、奴は立ち上がって俺の手を直接見た。


「うん、大丈夫だね。血行は止まってないから緩める必要は――っ!!」


 バキイィッ

 ――ァン


 ガッ ガガガガガガ


「「――ッ!?」」


 木がへし折れるような音と共に、馬車が横に大きく傾いた。

 凄まじい衝撃により、俺は馬車の側板に投げ出される。


「い、いったい何がどうなっているんだ!」


 それは奴にとっても予想外な出来事だったらしく、仮面野郎は口調を一気に変化させた。


 ズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン


「て、敵襲ーっ!!」


 幌の外で、何者かが悲鳴のような叫び声を上げる。


 ズズズズズズズズアァン


「馬車を守れ! 積荷を敵の手に渡すっ――」

「隊長が! 隊長がやられたぞ! もうだめだ!」


 ズズズズズズズズアァン


 布を切り裂くような音がする度に、馬車の外から阿鼻叫喚が聞こえる。


「命拾いしたな! クソがぁ!」


 と言って、奴はMG42を手に剣で幌を切り裂き、その穴から外に出ていった。


 ズズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズズアァン

 ダアン


 その音が近づいてくるごとに、外から聞こえる悲鳴は一つ、また一つ少なくなっていく。


「た、助けてくれ! 俺はまだ死にたくなっ――」


 ダアン


 遂に最後の悲鳴が消えた。

 そしてしばらくすると、馬車の幌が開かれた。


「よかった、間に合った!」

「助けに来てくれたのか…… リエ」


 彼女は額から汗を一筋垂らして、息を少し上げている。


「見ての通り、縄で縛られてて動けないんだ。解いてくれないか?」

「うん、わかった」


 馬車に乗り込んだ彼女が、俺を縛り付けていた縄を短剣で切断する。


「大丈夫? どこか痛んだりはしない?」


 手首なんかを軽く動かしてみるが、特に痛みは感じない。

 どうやら、奴もデタラメな縛り方はしなかったみたいだ。


「大丈夫だよ。ありがとう」


 自由に動けるようになったので外に出てみると、馬車の周囲にゴブリンの死体が数十匹分転がっていた。

 ど頭を一発の弾丸で貫かれていたり、胴体を蜂の巣にされていたりなど、ひどい有様だ。


「イブキぃーっ!」


 背後からアキレスの声が聞こえたかと思うと、いきなり背後から飛びかかるようにして抱きしめられた。


「おお、生きてる…… 生きてるんだな!」


 体をもみくちゃにされるので、棒のようになって流れに身を任せるしかない。


「あーっ!! 私ですらまだやったことないのに! ずるいよ!」


 リエは嫉妬混じりに反応しながら、俺の前から抱きついてきた。

 その後しばらくの間俺はサンドイッチ状態になり、解放されたのは何分か経過した後だった。


「あともう少しで手遅れになるところだったから、本当に助かったよ。それにしても、どうして俺がこの馬車に乗ってるってわかったんだ?」

「ネロさんとクーガーさんのクランが協力してくれたんだよ。ネロさんが総出で街中を探してくれて、クーガーさんがそれを基に、イブキ君がどのルートで連れて行かれるか調べてくれたの」


 おお…… こりゃかなり世話になってしまったみたいだ。

 次会った時に、礼を伝えておかないとな。


「それと、イブキが攫われたのに最初に気づいたのは私だからな。忘れないでくれよ!」

「そうなのか。ありがとう、アキレス」


 アキレスが早期に見つけてくれなければ、手遅れになっていたかもしれないな。

 一体どういう経緯で見つけたのかは気になるが、聞かないようにしておこう。


「さて、こんなところで話しているのもなんだし、街に戻ろうか。奴が増援を引き連れて戻ってくるかもしれないしな」

「そうだね!」

「そうだな」




 ◇◇




「ふう、ようやく帰ってきた。なんだか懐かしい気がするな」


 レドニーツァの街の外縁に辿り着き、ホッと一息つく。

 ここまで来れば、奴も増援を引き連れて追いかけてはこられないだろう。

 両手を組んで背中をうんと伸ばし、緩んだ体を元に戻す。


「おお、イブキじゃないか!」


 背を伸ばしたままちらっと見ると、完全武装のクーガーがこちらに向かって歩いてきていた。

 その後ろには、パーティーを組んでいるのであろう、同じく完全武装の十名が続いている。


 すごい迫力だ。

 このパーティーであれば、子供のドラゴン程度なら倒してしまいそうだ。


「我々もイブキの救出に向かおうとしていたんだが…… 必要なかったみたいだな」


 クーガーは地面に大楯をついて肩の力を抜いた。


「その節はずいぶんと世話になっあた。本当にありがとう」


 深く頭を下げて礼を述べる。


「かわいいお嬢さん方の頼みとあっては断れないからな。気にするな」

「そう言ってもらえると助かる」


 頭を上げると、クーガーが耳打ちしてきた。


「それでイブキ、実行犯についての情報を教えてもらえないか?」

「もちろんだ。返せるものはそれくらいしかないからな」


 そして、俺はクーガーに事の顛末を話した。

 全て、包み隠さず。

 事件の直後で情報の整理ができていないところもあったが、そこら辺は向こうでうまく咀嚼して理解してくれた。


「魔王討伐すら凌ぐという奴らの目的…… 気になるな。レイア、来てくれ」


 クーガーは後ろに待機していたレイアという女性を呼ぶと、二言三言指示を出す。

 レイアは一つ頷くと、一人で街の中へと戻った。


「どうかしたのか?」

「彼女には、諜報部に今の情報を渡しにいってもらった。情報は鮮度が命だからな」


 ちょ、諜報部!?

 諜報ってのは、まあ簡単にいうとスパイ行為だ。

 ということは、クランの中にスパイ行為を専門とする部署を設けていることになる。


 まさか、そんなものまで作っているなんてな……

 恐ろしや。

 クーガーが味方で良かったと、今一度実感する。


「それと、これは諜報部が得た情報なんだがな。今回の事件には、『33』という組織が絡んでいるようだ」

「組織? クランじゃないのか?」

「ああ、組織だ。念のため冒険者ギルドに確認をとっが、『33』というクランは存在しなかった」


 冒険者ギルドの認知しない非公式な組織。

 秘密結社といったところだろうか。

 わけのわからない名前をつけているあたり、あの仮面野郎との関係は深そうだ。


「それにしても、よくそこまで調べたな。もう見当はついてるのか?」

「いや、現状、尻尾すら掴めていない」


 クーガーは言い淀むことなく、スッパリと言い切った。

 ううんむ、この様子だと、調査は難航していそうだな。


「俺にできることは情報を集めるくらいか。また何かわかったら伝えるよ」

「頼む。さて、これから私は魔王軍の追撃に入ろうと思うが、イブキはどうするんだ?」

「俺は一旦王都に帰るよ。やることがあるしな」


 そう返すと、クーガーは少し悲しそうな顔をする。


「あの火力があれば、戦線突破がかなり楽になるんだがな…… 仕方ない。だが、必要になったら救援要請を出す。その時は頼んだぞ」

「もちろんだ。弾薬をたっぷり持って向かうさ」


 そして、俺たちはクーガー達と別れた。


 ネロにも礼をと思って探してしみたが、既に最前線に出て魔王軍と戦っているらしい。

 なので、一旦手紙で礼をしておいた。

 また会った時にでも、ちゃんとお礼をすればいいだろう。


 さて、王都に帰った頃にはクランハウスが完成しているだろう。

 どんな仕上がりになってるのか楽しみだな。

 そうして俺は、胸を躍らせて帰路を辿った。



―――――――――――――


―第3章 終―


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