第29話 拉致

「んんっ――」


 目を覚ますと、何故か俺は硬い床の上で寝ていた。

 昨日は確かにベッドで寝たはずなのに、なぜこんなことになっているのか疑問に思うが、それ以上の疑問が吹き飛ばす。


「手足が…… 縛られてる!?」


 両手が身体の後ろで、両足は膝と足首が縄で縛られていて、身動きができないようにされている。

 

「くっ―― このっ!」


 なんとか拘束を解けないかともがいてみるが、全く解けそうな気すらしない。

 力づくではこの状況は変えられなさそうだ。


「なにか…… 何かないのか?」


 脱出の手がかりがないか、薄暗い部屋を見回してみる。

 しかし、高い位置に蝋燭が一本あるだけで、それ以外は何もない。


「おーい! 誰か! 誰かいないか!」


 出せるだけの声を出して助けを呼んでみるが、声はただ石の壁に跳ね返るだけで、誰かに届いたようには思えない。


「くっそお…… なんだ? 攫われたのか?」


 状況からして、そう考えるしかない。

 それにしても、一体誰がこんな真似をやりやがったんだ?

 唇を噛み締めていると、部屋の扉が開いた。


「お目覚めのようだね、ウィンプバレット。いや、」と呼んだ方がいいかな?」

「……誰だ、お前」


 そこに立っていたのは、顔のような柄の面をつけた、明らかに不審な男。

 プレイヤーネームは『n1』と、無機質な感じの意味不明なものだ。

 こいつが俺を攫ったのだろう。


「僕が名乗る必要は無いね。だって君には必要ない情報なんだから。これからは、僕はご主人様で君が忠犬、そうしようじゃないか」


 この野郎…… 舐めたこと言いやがって。

 ご主人様だなんて死んでも呼んでやるか。

 仮面野郎と呼んでやろう。


「さて、僕の忠犬よ。まずは簡単な質問に答えてくれ」


 と言うと、仮面野郎がMG42を部屋に持ってきた。


「それは俺の――」

「MG42、第三帝国の銘銃だね。まさか、こんな形でお目にかかれるとは思わなかったよ」

「……知ってるのか」

「もちろん、同盟国の銃だからね」


 MG42を知っているということは、だいぶ銃に詳しい人間だ。

 銃の中では知名度のある方だが、それでも一般人が見ただけで名前を言えるような代物ではない。


「おっと、話が逸れた。それじゃあまずは、このMG42をどうやって手に入れたのか答えてもらおうか」

「ふん、誰が喋るか。お前みたいな奴に教えるゴフッ――ッ!!」


 仮面野郎が容赦なく俺の腹を蹴ってきた。


「言うことを聞かない悪い子には、お仕置きをしないとね。いいかい? 君に拒否権は無いんだ。ほら、答えてよっ!!」


 奴はドン・ドン・ドンと、リズミカルに俺に蹴りを入れ続ける。


「ほら、ほら! 痛い? 痛いよねえ!?」


 クソ、実に愉快そうな声で蹴りやがる。

 ここまで一方的に蹴られると、頭の血管がはち切れそうでしょうがない。


 しかし、こいつはなかなかにマヌケな野郎だ。

 理由として一つは、センサリー・ブロッカーの存在がある。

 どれだけ俺の体に攻撃をしようとも、痛覚は全て遮断されるので、せいぜいHPを少し減らすくらいにしかならない。あと精神的屈辱か。

 二つ目は、ここがゲームの中だということだ。

 ゲームの最速クリアを目指すタイムアタックなんかでは、あえて死ぬことで復活時のワープを利用するデスルーラというテクニックがある。

 現実世界であれば攫われてしまうと自力で脱出する他ないが、ゲームの中であればデスルーラしてしまえば簡単に脱出できるというわけだ。


 さて、早いところHPを0にしてデスルーラしてしまおう。

 MG42を仮面野郎の手に渡してしまうことになるが、弾薬の供給能力のない奴には漬物石同然だろう。


 決心した俺は、舌を思いっきり噛んで自決を図る。


「デスルーラしようなんて考えても無駄だよ」


 仮面野郎は俺を蹴り続けながら冷たく釘を刺す。


「どういうことだ」

「君にはの魔法がかけられてるんだよ」


 被圧者? なんだそれ?

 どういう魔法なんだかさっぱりわからない。


「この魔法はね、対象者の復活場所を指定できるんだ」


 対象者の復活場所を指定できる。

 その対象者は俺、ということはもしかして……


「復活場所はお前の目の前、だったりな」


 俺の予想を述べると、仮面野郎は感心したような身振りをして蹴るのをやめた。


 「ほお、よくわかってるじゃないか。ご名答だよ」


 危ない。

 あのままデスルーラを進めていたら、俺がマヌケ野郎になるところだった。


「それと、舌を噛み切っても、そう簡単には死ねないらいしね。じゃ、続きをやろうか」


 仮面野郎は右足で勢いよく蹴ろうとしたが、その足はすんでのところで止まった。


「……いや、確かシステムで痛覚は遮断されるんだったっけ? 攻め方を変えようか」


 と言って、仮面野郎は部屋を出ていく。

 つかの間の平穏が訪れた。

 蹴りの衝撃で縄が緩んでいないかともがいてみるが、やはりこの拘束から逃れられそうにはない。

 そうこうしているうちに、奴が戻ってきた。


「おまたせ。さっそくなんだけど、これを見てくれるかな?」


 目の前に二枚の写真を出される。

 その写真には、リエとアキレスの姿が写っていた。


「リエとアキリーズ、とても可愛らしいお嬢さん達だね。もし君がこのまま答えないのなら、この娘たちがどうなるか保証できないな」


 この野郎……! リエとアキレスを人質にとるつもりか!

 物理攻撃が効かないのなら精神攻撃を、という意図はわかるが、人質だなんて卑怯な手を使いやがる。


 正直言うと、今すぐにでもこいつの眉間に鉛玉をぶち込んでやりたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし、手足が拘束されている今の状況では、一発殴ってやることすら叶わない。


 俺のゴタゴタにあの二人を巻き込む訳にはいかないな……

 ここは、おとなしく奴の要求に従うしかないか。


「その機関銃は買ったものじゃない。俺が一から作ったやつだ」

「作った? それはすごいね! もしかしてだけど、生産職なの?」

「そうだ、悪いか?」

「いやいや、悪いなんてことないよ。それにしても、まさか、あのウィンプバレットが生産職だなんて驚きだな」


 なんか前にも同じようなことを聞かれた気がするな。


「まあいいや、探す手間が省けて良かった。それで、これはどうやって作ってるんだい?」

「マスタースキルの金属加工で作っている。旋盤も必要ないから、ゲーム開始直後でも銃を作れた」

「それなら他の銃も作れるの? 例えば、九九式軽機関銃とか」

「設計図さえあればな。それさえあれば、九九式小銃だろうが九二式重機だろうが作れる」


 奴が旧日本陸軍の銃を例にしてきたので、こちらも同様にして返す。

 ちなみに九九式小銃はKar98kのようなボルトアクションライフルで、九九式軽機関銃は弾倉マガジンが銃上部についたちょっと変わった形の機関銃、九二式重機が三脚に据えつけて運用する機関銃だ。


「よし、これからの君の扱いが決まった」


 奴が手を叩いてパンという音を出し、自分の世界に入りかけていた俺を引き戻した。


「これから君には、ソルガ大陸に渡ってもらう」

「ソルガ大陸に渡るだと? そんなこと、出来るわけないじゃないか。途中で魔王軍にやられるのが関の山だぞ」


 ソルガ大陸は魔王軍の本拠地だ。

 トッププレイヤーですらアネア大陸を安定化してからでないと不可能と判断しているのに、こんな奴には海を渡ることすら不可能だろう。


「出来るよ。だって、その魔王軍に協力してもらうんだから」

「協力だって……? 魔王軍と?」


 奴がさも当然かのように放った言葉に、俺は言葉を失って愕然としてしまう。

 まさか、プレイヤーの中に魔王軍の協力者がいたのだから、そうなって当然だ。


「それで、俺はソルガ大陸でなにをさせられるんだ?」

「銃を作ってもらうんだよ。βテストが終わるまでずっとね」

「それで魔王軍に銃を供給させる気か……? だが、どうしてこんなことをするんだ? お前のやっていることは、明らかな利敵行為じゃないか」

「利敵? ああ、そうか。君たち普通のプレイヤーにはそう見えるのか」


 奴は仮面を少し上げて、隠されていた口元を覗かせる。


「僕たちの組織の目的は、魔王討伐なんてちんけなものじゃない。目的達成のために、王国だろうが魔王軍だろうが利用しているだけさ」


 口角をニッっと上げ、仮面を元に戻した。


「さて、明日の夜にはここを発つ予定だ。それまでおやすみだね、イブキくん」


 すると、口に布を強く押し付けられた。

 その布には液体が染み込んでいて、それを吸い込んでしまう。

 途端に意識が朦朧としはじめ、俺はあっという間に意識を手放した。

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