第28話 解放作戦
レドニーツァの平原の砦近くに用意された壇前に、王国の使者がただ一人で立つ。
使者の後方左右には、到底数えられないような数のゴブリンが大きな四角に整列している。
「さて、期限だ。セジョア王国の回答を聞かせていただこうか」
壇上に置かれた玉座のような椅子に座る三匹のゴブリンが、氷のような冷たい視線を投げかける。
しかし、使節はそんな視線にも屈せず、堂々とした態度で答える。
「『永久に隷属せよ』などと馬鹿げた要求は、到底受け入れられない。断固拒否する」
その返答に、壇上のゴブリンは耳をほじくった。
「すまない、耳が詰まっていてよく聞こえなかったみたいだ。もう一度言ってくれるか?」
「馬鹿な考えはやめた方がいいぞ! 後ろの軍勢が見えぬか? もし貴様が我々の要求を断ろうものなら、すぐさま、編成の完了したこの三十万の軍勢が王都に攻め込む!」
「無礼は聞かなかったことにしてやろう。さあ、答えよ」
使節はそう言われると、諦観した表情で天を仰ぎ見る。
そして、覚悟を決めた眼で壇上のゴブリンを真っ直ぐ見た。
「もう一度言うが、我が国はあのような馬鹿げた要求を拒否する。百万の軍勢を見せられようが、この意思に揺らぎはない!」
「そうか、それは残念だ。次に使者殿が見るのは、この街のように痛めつけられた王都の姿だろう」
と言った真ん中のゴブリンは席を立つと、右手を高く掲げ、号令を発しようとする。
だが、それを使者の言葉が遮った。
「セジョア王国より魔王軍へ、最後宣告する!」
いいところを邪魔されたゴブリンは眉をひそめた。
しかし、使者はそれを意に介さず続ける。
「くたばれ」
パン
使節の右手には、真上に掲げられたP08が握られていた。
「ふ、ふん、確かにその小筒は強力だが、たかが一人で何ができる。貴様など、この三十万の軍勢で捻り――」
ジジジジジジジジ ジジジジジジジジ
ジジジジジジジジ ジジジジジジジジ
「グアーーっ!!」
「痛ぇ、痛ぇよおっ!」
「隣の奴がやられた!」
土の弾けるような連続音がすると、隊列を組んでいたゴブリンたちが次々に悲鳴を上げる。
「き、貴様ぁっ! 何をしたっ!」
◇◇
「どんどん撃ち込め! ここが俺たち
ズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン
ズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン
使節の合図を確認した俺とアキレスは、MG42の引き金を引く。
横薙ぎに発射された弾丸は、集結していたゴブリンの軍勢を薙ぎ払う。
「素晴らしい! 素晴らしい!! 素晴らしいっ!! これぞ私の求めていた力だ!」
アキレスは悦に入り、指切り射撃を続けている。
よしよし、その調子だ。
チュン
チュンチュン
すると、砦の上から次々に閃光の攻撃が飛んできた。
距離は離れているので、まだ当たりそうな雰囲気はない。
「敵の対抗射撃!
さあ、頼んだぞ。
新装備の力、魔王軍の連中に見せてやれ!
ダアン
少し離れた位置に布陣したスナイパーから、一発の弾丸が放たれる。
すると、閃光の出所が一つ沈黙した。
「初弾から目標に命中か、やるな!」
リエの持つKar98kには、専用スナイパースコープ『Zf.39』を装備している。
スコープを手にしたリエは、まさに鬼に金棒だ。
セレンに作ってもらった甲斐があった。
ダアン
ダアン
リエが発砲するごとに、飛んでくる閃光の数が減ってくる。
火点制圧は大成功だな。
敵を混乱の中に陥れたところで、大勢の人間が魔王軍に向かって突撃してく。
「敵を叩き潰すぞ! 続け!」
先頭に立つネロが、後続を鼓舞して真っ先にゴブリンに斬りかかる。
その後に続く、ワールドクエストによって招集された冒険者が、次々と混乱したゴブリンを倒していく。
「さて、俺らは俺らの仕事をしないとな」
ズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン
敵は密集しているので、撃てば撃つほど戦果が上がっていく。
そうしていくうちに、弾帯を一本、また一本と消費する。
「これで四本目! あれをやらないとな」
バレルジャケット右側後部にあるラッチを開き、熱した銃身を引き抜く。
そして新しい銃身をバレルジャケットに滑り込ませてラッチを閉じ、銃身交換を完了させた。
「銃身の交換は、ベルト三本につき一回だ! 忘れるんじゃないぞ!」
「ああ、心得ている! 私もそろそろ交換するタイミングだ!」
MG42は発射速度が早いので、連射の場合は一五〇発、指切り射撃の場合は二五〇発が銃身交換の目安だ。
今回は連射に近い撃ち方をしているので、一五〇発に一度交換するように決めてある。
ズズズズズズズズズアァン ズズズズズズズズズズズアァン
空のベルトリンクと空薬莢がどっさりと積み上がった頃、魔王軍は完全に瓦解していた。
「決着はついたな」
あれだけいたゴブリンは、逃げるか倒されるかしてかなりの数が減っている。
俺たちが倒した数だけでも、確実に四桁、下手すれば五桁に上っているだろう。
完全に勢いに乗った冒険者達は、そのまま残敵掃討を進めた。
◇◇
残敵掃討がある程度完了し、レドニーツァが解放された。
使者から明日の暫定政府樹立式に出席して欲しいと言われたので、今晩泊まる宿屋を探しに街に入る。
魔王軍が撤退した街に足を踏み入れると、一週間前の雰囲気と全く違っていた。
道沿いの家はどこも窓を大きく開け放っていて、市民の賑やかな声があちらこちらから聞こえてくる。
また、王国とは市民の種族も違う。
王国はほとんどが俺たちと同じ人間だったが、こっちは獣人なんかの亜人が多くを占めている。
「見て! この街を開放してくれた英雄だわ!」
「本当だ! 確か、あいつら王国の連中なんだって? 王国が俺たちを助けてくれるなんて、十年前は思いもしなかったよな」
外を歩けば道ゆく市民からの歓声を送られ、まるで凱旋する英雄になった気分だ。
アキレスは歓声に大きく手を振って返し、リエはにこやかな顔で小さく手を振っている。
「おう、兄ちゃんらがあの魔王軍を追っ払ってくれたのか! これはほんのお礼でい! 受け取ってくれや!」
目の前に出てきた豚のようなおっさんがそう言って、手に持った瓶を渡してきた。
「これは…… 酒か?」
「うちの倉庫に眠らせてた秘蔵のやつでい! 勇者様に飲まれるんなら、この酒も浮かばれるってもんよ!」
「そういうことか、ありがとう。ありがたく頂くとするよ」
と、断るのも悪いので貰ってしまったが……
「さて、これはどうしたもんか……」
現実世界の俺は、まだまだ十五歳の高校生だ。
酒が飲める二十歳までは、あと五年もある。
うーむ、バレなきゃ犯罪じゃないか?
それに仮想世界の中なんだし、現実の体に影響はない……
いやいやいや、せっかく十五年間も法律を遵守してきたんだ。
あと五年は我慢しようじゃないか。
いや、でもな…… せっかくの貰い物を無下にするのもなんだかな。
酒瓶の扱いに悩んでいると、アキレスが俺の肩に手を置いた。
「安心しろ、イブキ」
「な、なにを?」
「法律を守ろうなんて、今更だ」
スカッとした爽やかな笑顔でそう告げられる。
すると、リエも横から加勢してきた。
「こんなに銃を作ってるのに、ほんと今更だよね」
そう言われれば確かにそうだ。
ここが仮想世界だから何事もなく銃を作れているが、現実世界でやろうものならすぐお縄になってしまうだろう。
銃刀法に武器等製造法、場合によっては火薬類取締法など、犯していそうな法律は山ほどある。
「そういうことだから、安心してその酒を飲め! な、なんなら、私が付き合ってもいいぞ!」
なんだかアキレスの声が若干うわずっているような気がする。
もしかして、ただ単に酒を飲みたいだけなんじゃないか?
「ああ、じゃあ今晩にでも一緒に飲もうか」
インベントリに酒瓶をしまい、宿屋を探し続ける。
その後、ようやく宿屋を見つけたので、そこに泊まることにした。
「ふぅ…… ようやっと休めるな」
両手に抱えるほどあるアイテムを下ろし、ベッドに身を投げ出す。
「まさか、インベントリに収納するのが追いつかないまでに貰ってしまうとは…… 迂闊だった」
よほど魔王軍に抑圧されていたのか、市民の歓迎っぷりは凄まじい。
俺だけでなく、リエとアキレスも同じように山盛りのアイテムを貰っていた。
「結構疲れたな。ちょっと早いけど、もう寝てしまうか」
張り詰めていた緊張が抜けたせいか、すぐに眠りに落ちた。
◇◇
バタン
アキレスが部屋の扉を開け放つ。
「さあイブキ、酒を飲み交わそうじゃないか! ……おい、イブキ? どこに行った! イブキ!」
部屋には、アキレスの声だけが響いていた。
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