第27話 交渉

「なんだこれは…… 本当にあの街がレドニーツァなのか?」

「はい、間違いありません」


 眼前に広がる光景に狼狽する俺に、使節が返答する

 現在の状況としては、前衛からの『街の様子がおかしい』との報告を受けて、各クランマスターと使節で見に来たところだ。


 前方に見えるのは、魔王軍のゴブリンによって占領された街の入り口。

 街に繋がる街道上には、木造の砦が築かれている。


「戦闘が起こっているような音がしない。防衛戦力は、既に壊滅していると考えて良いだろう」


 クーガーは木にもたれかかり、鋭い眼光をレドニーツァの街に飛ばす。


「まさか、連邦がそんな簡単に負けたのか?」

「連邦は我が王国と激戦を繰り広げたといえど、小さな国の集合体ですからね。一つの国に限って見れば、落とされても不思議ではないです」

「むむむむ、ならどうする? このまま帰るか?」


 この使節団の目的は、連邦との連絡を再度確保すること。

 目的が達成できないのであれば、無駄な戦闘が起きる前に帰りたい。

 弾も無限にあるわけじゃないからな。


「いえ…… むしろ、これはチャンスです!」

「チャンス?」

「魔王軍の様子からして、街を統治しているように見えます。あのような理性的な行動ができるのなら、交渉することができるかもしれません」


 なるほど。

 交渉相手が変わるだけということか。


「よし、その話乗った」

「私も同行しよう」

「お、俺もやるぜ!」


 クランマスターの意思は一致しているようだ。


「でもどうするんだ? 大軍で押しかけるわけにはいかないだろう?」

「少数だけで向かいましょう。白旗を掲げて交戦の意思がないことを示せば、軍使として認識されるはずです」

「わかった、武器は持っていって良いのか?」

「自衛程度の武器であれば大丈夫です」


 よし、それならP08を携行しても問題ないな。

 なんたって拳銃だからな。

 自衛用の武器に間違いない。うん。


「それでは行きます。私の後ろについてきてください」




 ◇◇




 ザッ ザッ ザッ ザッ


 使節が大きな白旗を携え、大きな道を一歩一歩街に向かって進んでいく。

 その凛々しさに、俺たちの足並みは自然と揃っていた。


 既に魔王軍はこちらの存在に気付いているようで、砦の周囲ではゴブリン達が慌ただしく動き回っている。


 砦の前に到着すると、使節は停止した。

 大きく息を吸い込んで、第一声を発する。


「我が名はイリドラ・シェラマン、ゼマライ王国より参った使者である! 最高指揮官と話がしたい」


 おお、すごい。

 猫が虎に化けたみたいだ。

 先程までとはオーラがまるで別人だ。


 余韻が収まった頃、砦の上に一匹のゴブリンが出てきた。

 服装はとても派手で恰幅が良く、普通のゴブリンと違うことは一目見ても明らかだ。


「ゼマライ王国よりはるばるご苦労、さぞかし大変な旅路であったことだろう。私はアネア大陸総軍司令官、ジャモス・ローランド。対話の用意はできている、誘導に従いたまえ」


 司令官と名乗るゴブリンにそう言われると、砦から十匹程度のゴブリンが出てきた。


「これより貴様らを先導する。ついてこい」


 とだけ告げられると、俺たちはゴブリンに取り囲まれた。

 先頭に立つゴブリンの誘導に従い、レドニーツァの市街地に入る。


 街の雰囲気は至って不気味で、人っ子一人の気配すらしない。

 街全体が静まり返っていて、賑やかな王都とは全くもって対照的だ。


 街の中心部に入り、小高い丘に登る。

 その頂上には、とても大きな石造りの城が築かれている。

 しかし、その美しい城はひどく痛めつけられていて、立派な塔が一本、根本からへし折られてしまっていた。


 城の中に入ると、扉の前でゴブリンが足を止めた。


「ここだ」


 そう言うと、使節に扉を開けるように促す。


 ギィィィィィィ


 使節に従って部屋に入り、各々椅子に座っていく。

 一片何メートルもある大きな机の向こうには、三匹のゴブリンが座っていた。

 三匹とも華美な装飾の服を着用している。

 真ん中にいるのは、先程砦でアネア大陸総軍司令官と名乗っていた奴だ。

 全員が椅子につくと、そいつが口を開く。


「すまないね、こんな場所しか用意できなくて。まずは飲み物でもいかがかな?」

「いや、結構」


 使節は相手の提案を切って返す。


「それは残念だ。では、そちらの要求を聞こうか」

「我々の要求は二点。オステリア連邦の現状の把握と、魔王軍のセジョア王国に対する不可侵の締結だ」

「なるほど…… では、オステリア連邦の件について話そうじゃないか」


 総軍司令官は背もたれにもたれかかって頬杖をつく。


「まず、オステリア連邦という存在は消えた。我が軍はオステリア連邦全領土を占領し、その全てを掌握している」

「住民はどうした? まさか皆殺しにした訳ではないな?」

「我がソルガ帝国は寛大だ。希望する住民は全て帝国臣民として受け入れ、それぞれの適正にあった職業に就かせている」


 聞こえは良いが、八割が嘘なんじゃないかという内容だ。

 恐らくは、大人数の住人を不穏分子だとして摘発し、強制労働でもさせているのだろう。

 そうでなければ、街があれだけ静まり返っていた説明がつかない。


「王国として、全住民の適正な処遇を望む。彼らも同じアネア大陸の同胞だ」


 使節は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「次に、セジョア王国に対する不可侵の締結だが、我が軍はこれを拒否する。むしろ、こちらから『永久にソルガ帝国に隷属せよ』と要求させてもらおう」

「……理由をお聞かせ願おうか」

「アネア大陸の全土併合は決定事項である。当然、その中にはセジョア王国も含まれているからだ」

「決定事項? 十万の軍勢をもってしても王都を攻め落とせず、セジョア王国領から全軍を撤退させたのにも関わらず?」

「あのような攻勢、ほんの小手調べに過ぎんよ」


 総軍司令官は吐き捨てるように言うと、向かって右側に座っていたゴブリンに目配せをした。

 それを受けた右側のゴブリンは、俺たち見下すような感じで喋り出す。


「我が南方方面軍は目下再編中だ。次期侵攻では、百万の軍勢を持って王都に攻め入る。そして、その指揮を執られるのは、千年に一度の天才とも呼ばれる総軍司令殿だ。どうだ? 今のうちに隷属しておけば、臣民の命だけは助けてやるぞ?」


 右側のゴブリンは傲慢な笑みを浮かべる。

 なるほど、対話の場所をこの城にした理由も、この要求を通す為か。

 「要求を飲まなければ、次はお前たちの街がこうなる番だぞ」と、暗に言っているのだろう。


 それにしても、ずいぶんと詳しいことまで教えてくれるんだな。

 よっぽど作戦計画に自信があるのか?


「そこまでにしておけ。さてと、返事は急がん。一週間の猶予をやろう」

「この話は持ち帰らせていただこう。それでは、我々はこの辺で失礼する」


 使節が立ち上がったのを見て、俺も席を離れる。

 こちら側の交渉は全て使節が引き受けてくれて、もはや俺は一言も喋ってないが、素人が政治的駆け引きの邪魔するよりかはいいだろう。


 そう自分を納得させて部屋を出ようとした時、先程見下した態度をとってきたゴブリンが言葉を放った。


「王国が隷属した暁には、そうだな…… 王国民を奴隷のように使ってやろう」

「あ゛? 貴様、今なんて言った?」


 俺はホルスターからP08を抜き、怒りのままに奴の頭に向ける。

 駆け引きの邪魔? んなことどうでもいい。

 今の発言は聞き捨てならない。


「ふん、何だその筒は。花を一輪活けるつもりか? 我を脅したいのなら短剣でも持っ――」


 パン


 部屋に一発の銃声が鳴り響く。

 硝煙を上げる銃口の先には、割れた花瓶が散らかっている。


「もういっぺん言ってみろ。次、ああなるのは貴様の頭だ!」


 銃の破壊力に驚いたのか、ゴブリンは三匹とも目を丸くしてP08を見つめている。


「イブキ、よせ。交渉の場だぞ」


 クーガーがP08を上から強く掴む。

 その手を見て、ようやく俺は我を取り戻した。


「あ、ああ、すまん。カッとなりすぎた」


 ホルスターに銃を戻し、部屋を出る。

 扉が閉じると、早速その向こうからざわめく声が聞こえた。


 その後は、P08を押収されるんじゃないかと思ったが特に何もなく、城に来た時と同じように街の入り口の砦まで誘導され、そこで解放された。


「追っ手は…… 来てないな」

「彼らにも意地がありますからね。変な真似はしないでしょう」


 変な、真似か……


「ああ、やっちまった。申し訳ない」


 ため息混じりに、自分の不適切な行為を恨む。

 せっかく使節がうまく駆け引きしてくれたというのに、俺のせいで全てがパーになったかもしれない。


「いや、イブキは正しいことをした! イブキがやってなきゃ、俺があいつをぶん殴ってたところだ!」


 ネロは俺の肩に手を回して、気を落とさないようにと慰めてくれる。


「交渉の場であのような暴発的な行動をしたのは反省すべき点だが――」


 冷静に問題点を指摘してくれるクーガーの言葉が身に染みる。

 そして、なにやら溜めを作っている。


「正直私もスカッとした。ありがとう、イブキ」

「私もです。あの発言には腹が煮えくりかえっていましたから」


 あれ? クーガーも使節も意外と好感触だ。

 その反応に、思わず拍子抜けしてしまう。


「それで、王国はあの要求を飲むのか?」


 話題を変えようと、クーガーが使節に質問を投げかける。

 もちろん、周囲にゴブリンがいないか確認した上でのことだ。


「あんな無茶苦茶な要求、天地がひっくり返ろうが受け入れるはずありませんよ。後は、どうやって突っぱねてやるかってだけですね」

「それに関してなんだが、俺に良い案があるんだ!」

「なんですか? 聞かせてもらいましょうか」


 ネロの提案に対し、俺たち三人は耳を傾ける。


「――というわけだ」


 ネロは俺たちの反応を固唾を呑んで待っている。


「良いんじゃないか?」

「私も異論はない」


 俺とクーガーの反応は好意的なものだ。

 いつぞやの時とは随分と違う反応だな。

 後は使節の反応次第だが……


「一度、その案を国王に提案してみましょう。きっと採用していただけると思います」


 そして四日後、ネロの案を基にした作戦が開始された。

 作戦名『連邦解放強襲作戦』

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