第26話 麻痺
「なぜ…… だ?」
ついさっきは重たいコッキングハンドルを引けたのに、今は引き金を引くことすらできない。
上半身を支えている腕にも力が入らなくなり、俺は地べたに倒れてしまった。
「だ、大丈夫か!?」
リエとは違う、少し低めな女性の声が耳に入った。
首を無理やり声のする方に向けると、高潔な雰囲気の女性が立っていた。
走ったことでフードが脱げ、鼻筋の通った美人な顔がよく見える。
「駄目…… だな、体が、動かな…… いんだ」
口が思ったように動かせないせいで、呂律が殆ど回らない。
ドドドドドドドドド
ドドドドドドドドド
地面を蹴りつける複数の足音が、ものすごい勢いで近づいてくる。
くそ、動け、動けってんだよ俺の身体!
「おお、もうこんなに近くまで! ディフェンシオ・ロー!」
魔法使いが呪文を淀みなく唱える。
すると、空中に赤紫色の壁のシルエットが一瞬だけ現れた。
ドン
ドン
物と物がぶつかりあった、低くて鈍い音が響く。
「やったぞ、防げた! ええと次は…… 攻撃か!」
こんな凄まじい魔法の防壁を展開するくらいなので、さぞかし攻撃も凄いのだろうと胸を膨らませる。
しかし、魔法使いは「デ…… デ……」と呟くだけで、なかなか詠唱を唱えない。
さっきの滑らかな詠唱とは正反対だ。
危機一髪のところを助けてくれたのは嬉しいが、この様子で大丈夫なのだろうか?
すると、魔法使いは目尻に一雫の涙を浮かべてこちらに振り返った。
「な、なあ、攻撃魔法の詠唱を教えてもらえないか?」
どう考えても大丈夫ではなさそうだ。
攻撃魔法を教えてくれと言われても、魔法の魔の字すら知らない俺に何ができるというのだろうか。
しかし、この魔法使いにデグラムボアを何とか倒してもらわなければ、このピンチを脱することはできない。
一体どうすれば…… そうだ。
「この銃を…… 使え」
銃の扱いなら一から十まで全部知っている。
銃がどんなものなのか少しは知っているプレイヤーになら、言葉だけでも使い方くらいは教えられるだろう。
「いいのか!?」
魔法使いは、返事をすると同時にMG42を手に取った。
行動が早い。
「引き金を引けば撃てる…… 一思いにやってやれ」
ズズズズズズズズズズズアァン
至近距離から腰撃ちの姿勢で銃撃を加えたが、反動で機関銃が暴れたせいか、銃弾は明後日の方向に飛んでいった。
「なんだこれは……っ!」
トリガーを引いた後、驚愕の表情で右手を見つめている。
「早く撃て…… 感想は後にしろ……」
「そ、そうだな!」
ズズズズズズズズズズズズアァン
ズズズズズズズズズズズズアァン
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズアァン
至近距離から発射される弾丸の雨によって、デグラムボアの肉体は引き裂かれてあっという間に絶命した。
「ああっ――! 素晴らしい、素晴らしいぞこれはっ!」
その様を見た魔法使いは、あまりもの威力に驚嘆する。
それと何故かはわからないが、頬を赤らめてしまっている。
ズズズズズズズズズズズズズズズズアァン
どう考えてもオーバーキルな射撃を加えると、銃の右側から空の弾帯が落ちた。
「う、撃てなくなったぞ? 壊れたのか?」
そう言って何回も何回も引き金を引いている。
「弾切れだな…… 他に敵はいないか?」
「ああ、安心しろ。でもこの弾切れはどうすれば治るんだ?」
「
よし、呂律が回るようになってきた。
これなら体も起こせそうだ。
タッタッタッ
地面を蹴りつける軽い音が聞こえる。
リエが戻ってきたみたいだな。
「お待たせー! って…… 誰!?」
彼女は即座に短剣を抜き、俺と魔法使いの間に割って入る。
「待ってくれ、悪い人じゃない」
「どういうこと? イブキ君の銃も奪われてるんだよ?」
すごい剣幕だ。
止めなかったら短剣を突き刺していたかもしれない。
「急に体が動かなくなってな、助けてもらったんだ……」
「そ、そうだ! 私は敵じゃない!」
魔法使いは、胸に手を当てて弁明する。
おっかないオーラを出していたリエは、大きく深呼吸をして短剣を鞘に戻した。
「――嘘はついてなさそうだね。私はリエ、そっちは?」
「魔導師のアキレスだ」
ドドドドド
ドドドドド
ドドドドド
「またデグラムボアか…… 前衛はいったいどうなってるんだ?」
「私たちでやるしかないね。どう? 動けそう?」
「ある程度は動くけど、
「私か!? でも、リロードというのをやらないといけないのだろう? 私にはできないぞ!」
「大丈夫だ、今から教える。リエ、その間の足止めを頼む」
「わかった!」
リエはサッと
ダアン
よし、手短に済まそう。
「まずは銃の上の蓋を開けるんだ。その後に左のマガジンを外したら閉めてくれて良い」
「これか? んんん…… よし、これで良いか?」
「ああ、そしたら右側についてるハンドルを引け」
チャキリ
「箱の中から黒いタブのついてるベルトを取り出してくれ。それを銃の左の穴から通して、反対側から出てきたタブを強く引っ張れば装填完了だ」
「これで撃てるんだな? もう撃っていいんだな!?」
「よし、好きなだけ撃て!」
ズズズズズズズズズズズ
指示を出したすぐ直後、アキレスがMG42による射撃を開始した。
ベルトに繋がれた銃弾が次々と吸い込まれていく。
「ふぅ、これでなんとかなるか」
弾帯にスタータータブをつけておいて良かった。
装填をやりやすくする目的でつけたものだが、こんな形で約に立つとは思わなかった。
スタータータブを用いることによって、トップカバーを開けずとも弾帯を機関銃に装填できる。
穴に突っ込んで引っ張るだけなので、迷うことがなく簡単だ。
ズズズズズズズズズズズ
さて、そろそろ五十発撃ち切る頃か
二度目の再装填は、先ほどの経験があるのでスムーズに終わるだろう?
ズズズズズズズズズズズ
「……長くないか?」
流石に射撃時間が長すぎる。
経過した時間からして、百発は既に発射しているはずだ。
「ま、まさか!」
あの弾帯、ふざけて作った三百連のやつだ!
全弾を一連射で撃ち切られでもしたら、まずいことになる!
「撃ち方やめ! 撃ち方やめだ!」
しかし、俺の声は発砲音にかき消され、アキレスに届くことは無かった。
◇◇
「ははは、すっげえ、銃身が見たことない色してら」
スタータータブ先端に設けられたフックを用いて取り出した銃身は、それはもう真っ赤に加熱していた。
この銃身はもう使い物にならないだろう。
銃身は発射される弾丸との摩擦や発射ガスにより、熱を蓄積していく。
赤熱化するまで加熱してしまうと、内部が磨耗したり歪みが発生したりして、まともな精度での射撃が不可能になる。
そうならないためにも、加熱しきってしまう前に銃身を交換するのだが……
今となってはもう後の祭りだな。
「すまない! まさかこんなことになるとは思わないで……」
アキレスが目をギュッと閉じて謝罪してきた。
「アキレスが謝ることないさ。元はと言えば、俺の説明不足だしな」
「いやでも、壊してしまった責任を私は――」
「
一応持ってきていた予備銃身に入れ替え、MG42をアキレスに手渡す。
「それでも気が済まないってんなら、これで敵を倒しまくってくれ」
「本当に…… いいのか? 私のような部外者がこれを握って」
「良いんだよ。それに、俺たちは轡を並べて戦った仲じゃないか。アキレスはもう俺にとっての仲間だ」
魔法使いはMG42を抱きしめ、整った顔を崩して涙を流す。
「早速なんだが、また撃ちきってしまったせいで、ここに
「ああ、任せろ!」
アキレスは、重たい機関銃を持って馬車に走っていった。
すると、リエが耳元に口を寄せてきた。
「イブキ君の銃はどうするの?」
「大丈夫だ。こんな時のために、新しい銃を用意してある」
腰のホルスターに収納されたそれを取り出し、リエに見せる。
「それは…… 拳銃?」
「
P08は一九〇八年にドイツ陸軍が正式ピストルとして採用した拳銃で、トグル・アクションという独特な作動方式で有名な銃だ。
至近距離であれば十分使えるので、この使節団の護衛を終えるまでならなんとかなるだろう。
その後、使節団は体制を整え直し、無事に目的地のレドニーツァにたどりついた。
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