第25話 使節団

「んー、良い天気」


 腰の弾薬盒を装着したリエが、肩にかけたKar98kのスリングベルトから手を離して、「うぅーん」と息を漏らしながら背を伸ばす。


 俺たちは昨日の朝、使節団と共に王都を出発し、連邦の『レドニーツァ』という都市に向かっている。

 話によると、その都市は連邦を構成する国家の一つ『エストヴォルト共和国』の首都とのことだ。

 目的地は遠く、護衛を減らして身軽にしたとしても、片道で数日はかかる距離らしい。


「いやー、それにしてもほんと暇だねー」


 宿営地を出発してから既に数時間が経過し、太陽も頂点を超えて降りはじめているが、未だ俺たちはモンスターと一度も交戦していない。


「ネロの前衛がうまくやってる証拠だな」


 使節団の護衛はネロの『Phoenixフェニックス』、クーガーの『Defiantデファイアント』、そして我らが『Gruppeグルッペ』が担っている。


 人数が少ないのでクランごとに役割分担を決めた。

 今回はフェニックスが前衛となって露払いをし、デファイアントが側背面を警戒をしている。

 俺たちの役割は、使節団の馬車のすぐそばで待機し、突破してきたモンスターを打ち払う、いわば最終防衛線だ。


 俺たちが活躍しないに越したことはない。


「このまま順調に進むといいね。そういえば、クランハウスはどうだった?」

「ああ、もう買ったよ。二週間後には建つみたいだ」

「へー、買ったんだ。……建つってどういうこと?」

「新築で建てることにしたんだ」

「新築!?」


 リエは目を見開いて絵に書いたような二度見を繰り出す。

 クランハウスを購入するにしても、既存の物件を買うものだと思っていたんだろう。


「どうしても室内の作業場が欲しかったんだ。ほら、作ってる物が物だからさ」


 彼女は俺の五十連ドラムマガジン付きのMG42に目をやって、「ああ、なるほどね」と反応する。


「新築にした理由はわかった、よーくわかったよ。でも、それだけのお金を使うなら、イブキ君の家をグレードアップした方が良かったんじゃないの?」

「それがどうやら、クランハウスは家としても使えるみたいなんだ。完成したら、そこで生活しようと思ってる」


 一応クランハウスとは銘打ってはいるが、実質的には家兼事務所みたいな感じだ。

 もしGruppeが大人数のクランだったら、こうはいかないだろう。


「そうなんだ。ちなみに、クランハウスって結構広いの?」

「一応余裕をもった広さにしてある。それがどうかしたんだ?」


 リエが空を見て少し考える。


「じゃあさ、私もそこに住ませてよ」

「えっ、それってどういう……」


 思いもしなかった突然の申し出に、俺は言葉を詰まらせる。


「もしかして嫌?」

「いや、全然構わないんだ! けど、どうしてなのか教えてくれないか?」

「宿代がけっこう高いんだよね」


 俺の質問にリエは苦笑しつつ答える。


 たしかに、言われてみれば宿屋の料金もそれなりにする。

 一般的な個室の宿屋だと、一泊銅貨三枚が相場だ。

 毎日宿屋に泊まるとすると、ひと月に銅貨九十枚、銀貨にして九枚が必要となる。

 ちなみに、Kar98kの製造原価は銀貨二枚程度。

 ドラゴンからの戦利品で金銭感覚が麻痺していたが、これはそこそこ痛い。


 一応銅貨一枚で泊まれる宿もあることにはあるが、雑魚寝だったりでろくに休めたもんじゃない。

 そう考えれば、リエにクランハウスに住んでもらうのは合理的と言えるだろう。


「俺と一緒に住むことになるけど、それでも良いなら歓迎するよ」

「うん、イブキ君と住めるってなんか嬉しい」


 彼女はポッと頬を赤らめた。

 俺たちの間に、淡い沈黙が流れる。


 おいおいおいおいおい。

 これはあれか?

 何がとは言わないが、俺から誘った方が良いのか?


「あの、そういうのはよそでやってもらえませんか?」

「あっはい」


 馬車を操る御者の言葉によって、甘い空気は吹き飛んだ。



 ◇◇



 空が赤く染まり始めた頃、進行方向から聞こえてくる喧騒が徐々に近づいてきた。

 HPを減らして後方に離脱してくる冒険者の数も、少しづつではあるが増えてきている。


「どうも前衛が押されているみたいだな」


 残念なことに出番が近そうなので、手元のMG42の確認を行う。


 装填、よし。

 もう一つある予備のドラムマガジンも問題ないな。

 馬車に載せてある弾薬箱を取りに行く必要がなければ良いんだが。


 リエも肩に背負っていたKar98kを手に持ち、安全装置を解除した。

 左手の指の間には弾薬クリップが一つ挟まれていて、速射する気満々のようだ。


「もし相手が少数だったら、そっちで頼むぞ」

「了解、弾を無駄遣いできないもんね」


 神経を張り巡らせていると、前方に冒険者の集団が見えてきた。

 目を凝らして見てみれば、その集団の前方に数匹のデグラムボアが立ちはだかっている。


 集団から突出している片手剣使いに、一匹のデグラムボアが突進を始めた。

 片手剣使いが体当たりされる寸前のところで飛んで躱すと、疾走するデグラムボアは見えない壁に激突した。

 その瞬間、後ろに待機していた仲間が一気に前に出て、よろけていたデグラムボアを危なげなく倒す。


「やった!」


 いつ突破されても良いように狙いをつけていたリエが、銃を下げて歓声を上げる。


「いや、そう喜んでもいられなさそうだぞ」

「どういうこと?」

「奥にまだ十匹以上いるのが見えた。あの数が一気に来てしまったら持ち堪えられない」

「油断は禁物、ってことだね……!」


 冒険者達は、同じ手を使用して更に一匹を倒す。

 しかし、直後にもう一匹が見えない壁を回避して、片手剣使いを突き飛ばした。

 その一撃が決定打となり、冒険者は散り散りになって逃げ出す。


「リエ、やるぞ!」

「もちろん!」


 彼女は返事をするよりも前に銃を構えていた。

 素早く照準を合わせ、引き金を引く。


 ダアン


 発砲音が耳をつんざいた数瞬後、背を向けて逃げる冒険者を追うデグラムボアがドサッと倒れた。


「俺もうかうかしてられないな」


 地面に伏せて二脚バイポッドを展開し、射撃姿勢をとる。

 狙いは後続のデグラムボアだ。


 ズズズズズズアァン ズズズズズズズズアァン

 

 指切り射撃をすると、目標は一瞬にして血煙に変わった。

 照準を次の目標に定める。


 ズズズズズズズアァン


 少しの間だけ引き金を引いて短連射を行う指切り射撃は、MG42を使うなら必須の撃ち方だ。

 毎分一二〇〇発の弾丸を吐き出すMG42は、五十連のドラムマガジンなど二秒半もあれば撃ちきってしまう。

 指切り射撃を行うことで、弾の消費を抑えながら、ある程度の集弾性を保って撃つことができる。


 ズズズズズズズアァン


 よし、これで三匹。

 リエの方も調子良くやっているみたいで、ボルトアクションライフルの限界に近い連射を繰り出している。

 このまま撃てば余裕で殲滅できそうだ。


「ねえ、あそこに人がいない?」


 空となった弾倉に弾を押し込み、クリップを弾き飛ばしたリエが警鐘を鳴らす。

 

 射撃を中断してその方向をよく見ると、黒いローブに身を包んで背丈ほどの長さの杖を持つ、いかにも魔法使いといった恰好の冒険者が立っていた。

 すくんでいるのか知らないが、その場から一歩たりとも動いていない。


「そこは危険だ! 早く逃げろ!」


 今出せるだけの一番大きな声で、叫ぶようにして伝える。

 距離があって声が届くかどうか不安だったが、魔法使いはフードの口をこちらに向けたので、しっかり届いているようだ。

 しかし、なかなか逃げようとしない。


「逃げろ! 今すぐ!」


 声だけではなく、身振り手振りも使って伝える。

 やっと理解してくれたのか、魔法使いはこちらに向かって走り出した。

 その後ろからは、四匹のデグラムボアが追いかけてきている。


「そうやすやすと逃してくれないか……!」


 ズズズズズズアァン ズズズズズズアァン


 弾幕による壁を張り、援護射撃を行う。

 倒すには至らないが、デグラムボアをビビらせるには十分だ。


 ダダアァン


 チッ チッ


 引き金を引いているにも関わらず、弾が発射されなくなった。


 弾切れだ。


 なんとも間の悪いことだが、再装填するしかない。


「リエ、馬車から弾薬箱を持ってきてくれ! 手持ちの弾はじきに切れる!」


 彼女は射撃を中断して「わかった!」とだけ言い、後ろの馬車に走っていった。


 トップカバーを開けてドラムマガジンを地面に投げるようして外し、新しいマガジンを装着してコッキングハンドルを引く。

 引き金を引いて射撃を再開しようと思った時、思いもよらない事態が発生した。


「か、体が…… 動か、ない……」

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