第24話 クランハウス

 冒険者ギルドに入ると、いつもの受付嬢さんに案内された。

 俺が買い取りやらなんやらをしている間に戻ってきていたのか。


「冒険者タグをお預かりしますね。おすすめの討伐クエストはガルストリザード討伐ですよ」


 ちょ、まだ何も言ってないんですけど……

 最近は討伐クエストを受けてばっかりいたから、そんなイメージがついてしまったんだろうか。


「今回はクエストを受けに来たわけじゃなくて、クランハウスのことについて聞きに来たんだ」


 討伐クエストを受けようにも、明日の朝には使節団に同行しないといけないしな。


「クランハウスですね。私も詳しいわけじゃないんですが……」


 受付嬢さんはカウンターの裏に身を隠すと、一冊の分厚い冊子を天板の上に出した。

 冊子を開いた一ページ目を俺の方に向け、説明を始める。


「まず、クランハウスはクランが所有者となる家です。クランハウスを所有すると、冒険者ギルドうちを通さなくてもクエストの受注を行えるようになります」


 うん、冊子にも同じことが書いてあるな。


「冒険者ギルドを通さずに受注すると何かメリットがあるのか?」


 冒険者ギルドは、日々出されるクエストの情報を収集して俺たち冒険者プレイヤーに提供している。

 それをクランでやるってのは、ただ仕事が増えるだけではないだろうか。


「クランの名前で直接クエストを受けられるので、クランの知名度が上がりやすくなるみたいですよ。それと手数料を引かれないので、高額クエストの報酬金を丸々受け取れます」


 受付嬢さんはその後に「ま、うちとしてはあまりやって欲しくないんですが……」と吐く。


 そりゃそうだ。

 手数料は冒険者ギルドにとって貴重な収入源だもんな。


「参考までに、手数料はどれくらいの割合が引かれてるんだ?」

「通常クエストは三割、高額クエストでは五割の手数料を頂いてます」


 ぅおっぉう。

 最大で五割か、結構取られるんだな……

 手続きがさほど難しくなければ、組合を通さずに受領するのもありだな。


「それと、クランハウスは拠点として使用することもできます」

「拠点に? 家みたいなもんか?」

「そうですね」


 なるほど、であれば今住んでいる家を引き払って、クランハウスで生活するのも悪くないな。

 金ならあるので、一度物件を買いきってしまえば家賃の支払いに頭を悩ます必要もなくなる。


 クランの所有物を私物化することにはなるが、Gruppeのメンバーは俺とリエの二人だけだ。

 クラン自体が私有物みたいなもんなので、問題にはならないだろう。


「よし、クランハウスを買うよ」

「わかりました。物件のリストを持ってきますね」


 受付嬢さんに渡された物件のリストをパラパラと捲って吟味する。

 添えられた地図を見るに、このリストの物件は全て王都の城郭内にあるみたいだ。

 金額の範囲は下が金貨二百枚、上を見れば青天井まである。


「うーん…… なんか違うんだよな」


 いくらページを捲ろうとも、俺の要望に合う物件はなかなか見つからない。


 せっかく大枚をはたいて買うのだから、クランハウスにはガレージのような作業場が欲しい。

 お高めの物件についている庭を作業場代わりにするって手もあるが、外だから天気の機嫌を伺わなければならないし、人目につくのもよろしくない。


「いっそのこと、一から建ててしまえたら良いんだけどな」

「新築するということですか……? 場所によっては天文学的な金額が必要になりますよ?」

「どういうことだ?」

「王都にはもう余っている土地はありません。ですので、新築する場合には、土地の買収、上物の建て替えが必要になるんです」


 ああ、なるほど。

 そりゃ高くつくに決まっている。

 安く済まそうと思ったら、城郭の外に建てるしか……


 ん? 城郭の外?

 そうだ、別に街中に作る必要なんてないじゃないか。


「城壁の向こう。そうだな、例えば南側の草原に建てれたりはしないのか?」

「王都の外ですか? そうなると我々も実績がないのでなんとも……」


 受付嬢さんは言葉を濁す。


「土地代と上物の解体費用がかからないので、確実に安くなるとは思います。ただ、新築するとなると、生産者協同組合というところに依頼を出すことになるので、そこで聞くのが良いでしょうね」


 おお、生産者協同組合か。

 何気にその名前を聞くのは久しぶりな気がするぞ。

 一応、これでも本職? は生産職なんだがな。


「それじゃぁ生産者協同組合に聞いてくるよ」

「お役に立てなくてすみません」


 受付嬢さんは申し訳無さそうな顔を浮かべる。


「いやいや、相談に乗ってくれただけでもありがたい。また来るよ」




 ◇◇




「おじゃましまーす……」


 生産者協同組合の扉をゆっくりと押し開けて中に入る。


「はい、その件につきましては未だ相手の返答が――」

「ゴマルタからの木材供給が途絶えたァ!? オラホの木材ならほぼ同質だ! 今、市場にある分、全て確保しておけ! 今すぐに!」


 中はまるで戦場のような様相を呈していた。


「と、取り付く島もないって感じだな」


 さっきまでのんびりとした雰囲気の流れる冒険者組合にいた分、余計にそう感じるのだろう。

 誰か手すきにならないだろうかと待っていると、短く切りそろえた桜色の髪の女性が木箱を持って目の前を駆けていった。


「とっとっと」


 俺の姿に気づいたのか、女性は急制動してバックで目の前に戻ってきた。


「どうした!? なんか用かい?」

「クランハウスを建てたくて来たんだ」

「わかった! ちょっと今手が離せないから、そこに座って待っててよ!」


 言葉を最後まで言い終わらないうちに、嵐のように走り去ってしまった。

 あれだけ忙しそうにしているのに文句を言えるはずもないので、長椅子に腰をかけて待つ。


 それにしてもあの人、冒険者組合の受付嬢さんと似てるな。

 髪の長さの違ったり喋り方もぜんぜん違うが、髪色も顔つきもよく似ている。


「ハァ、ハア、お待たせ! こっちで案内するから来て!」


 用事を終わらせたらしい女性が、息を切らしながら俺を窓口に案内してくれた。


「こんなに忙しそうなのにすまないな」

「とんでもない! 窓口対応している間はむしろ休憩みたいなもんだからさ!」


 おい、ちょっと待て。

 とんだブラック職場だぞ、ここ。


「それで、クランハウスを建てたいんだっけ?」

「いかにも。安く済ませたいから、南側の草原に建てたいんだ」


 端的に返事をすると、机の上に紙とペンを出された。


「どんなのを建てたいか教えて。予算にもよるけど、なるべく希望どおりにするよ」


 そう言われ、俺は簡単なイメージ図を書く。


 三階建ての建物で、一階部分が全て作業場になっている。

 二階は吹き抜け付きのリビングになっていて、三階には寝室にぴったりな小部屋がある。


 まだイメージの段階だが、なかなかに男子心をくすぐるな。


「予算はどれくらい? なるべく希望どおりにはするけど、これだと最低でも金貨千枚は欲しいかな」

「最低で金貨千枚か……」


 そうだ、もしかしたら、あれが使えるかもしれない。

 ポケットに押し込んでいた、ドラゴンの鱗の買取金の控え書類を取り出す。


「実は、買取所に金貨五百枚の買取金を月々支払ってもらう約束をしているんだ。最終的には金貨二千八百枚になる。これでどうだ?」

「ふむふむ、ちょっと見させてもらうよ」


 彼女は書類を手に取り、隅から隅までチェックしている。

 書類が偽造ではないかなどを確認しているのだろう。


「うん、問題ないね」


 書類を返されたので、二つ折りにしてまたポケットにしまう。


「ま、金貨二千枚もあれば十分だよ。それで家具付きにできるけど、どうする?」

「本当か!? それで頼むよ!」

「ん、それじゃぁこの書類にサインをお願い」


 机の上に出された書類にサインをすると、目の前に『高額決済です 実行しますか?』と書かれたポップアップが出てきた。

 躊躇いもなく『実行』を押すと、生産者協同組合との契約が結ばれたことを知らせる表示に変わった。


 なんというか、あっという間に終わったな。

 千枚単位の金貨を支払ったという実感がなかなか湧いてこない。


「後はこっちでやっておくよ。なんか質問はない?」

「完成はいつぐらいになりそうだ?」

「二週間後かな」

「ず、随分と早いんだな」


 普通に数ヶ月単位で待つと思っていたので、あまりの早さに驚いてしまった。

 完成したらミニチュアの家でしたとかではないよな?


「予算がたっぷりあるからね。楽しみに待っててよ」

「わかった。楽しみにしてるよ」


 俺はどんなクランハウスになるのか期待に胸を膨らませ、すぐそこの家に帰る。


 さて、明日は使節団と共に連邦に向けて出発だ。

 補給ができない可能性もあるから、今のうちにできるだけ多くの弾を作っておく必要があるな。


「そうだ、いざって時のために、も作っておくか」


 全ての準備を終えた後、俺は眠りについた。

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