第23話 工房

 コンコンコン


 工房の前に立ち、木の扉を三回叩く。


「……はい」


 中から出てきたのは、予想外にも可憐な顔立ちをしているエルフの少女だった。

 だが、その上目遣いの顔はクールな表情のままだ。

 頭上にはネームタグが出ていないので、NPCであることは確かだな。


「……何」

「買取所で買い取りを断られたんだけど、ここなら買い取って貰えるかもしれないと聞いて来たんだ」


 エルフの少女は、「ふーん」とつぶやいて目を細める。


「ん」


 少女は工房の扉を大きく開くと、中に戻っていく。

 これは一体どうしたら良いんだ……?


「……入らないの?」


 そういうことか。

 表情が表に出ないから全然気づけなかった。


 工房の中は物が散らかっていて、いかにも作業場といった空気が漂っている。

 床に置かれた物を踏んでしまわないように、慎重に足の踏み場を見定めながらエルフの少女の後をついてく。


「ここ、座って」


 工房の隅にある、背もたれのない小さな丸椅子に座らされる。

 見た目的にはパイプ丸椅子にそっくりだな。


 少女は工房からもう一つの椅子を持ってきて、俺の正面に座った。


「で、何を私に買い取って欲しいの?」

「これなんだ」


 ドラゴンの瞳を受け取った少女は、右手の指の上で転がすようにして一瞥する。


「フレンマドラゴンの瞳、お兄さんが仕留めたの?」

「そうだ、見ただけなのによくわかったな」

「何年もこの工房をやってきたから」


 眼の前の少女は、少しだけ得意げな顔を浮かべた。

 けど、少女の年齢は、見た目からして十二、三そこらだ。

 そんなに何年もこの工房を営んでいるとは思えない。


「一体、何年なんだ?」

「三一六年」


 さ、さんびゃく!?

 そうか、エルフは長寿だから人間と同じように考えては駄目なのか!


「でもこの瞳、少し小さい」

「倒したのは子供のドラゴンだったみたいなんだ」


 すると、少女は手に持っていたドラゴンの瞳を上に投げ始めた。

 ちょ、ちょっといくらなんでも扱いが雑じゃないか?

 買取所の職員とは、天と地ほどの差がある。


「金貨千枚で買う。どう?」


 せ、千枚……

 さっきから飛び交う金額がインフレしすぎて、金銭感覚がおかしくなってしまいそうだ。


「でも大丈夫なのか? 金貨千枚なんて工面するのも大変じゃないか?」


 あの大きな買取所ですら、月金貨五百枚の支払いにしてくれと言われたんだ。

 この小さな工房に、そんな力があるとはにわかに信じがたい。


「大丈夫、即金で用意する」


 少女の表情こそは変わっていないものの、その声は自信に満ち溢れている。


「よし、その条件飲んだ!」


 俺の返事を受け取った少女は、工房内にある階段で地下に降りていった。

 暇になったので、作業台の上を見てみる。


「なんだこれ?」


 作業台の上に、手で握れるくらいの円筒状の道具が置かれていた。

 上と下にレンズがあるから、単眼鏡みたいなものだろうか?


「ちょっとだけ…… ちょっと見るだけだから」


 筒を通して見てみると、世界が少しだけ大きく見えた。

 像は正立して見えているので、右に首を振れば右に視線も流れる。


 ただ、あまり倍率は高くない。

 それに視野も狭く、視野周辺もボケているので、ガリレオ式望遠鏡と同じような構造なのだろう。


「あっ――」


 階段の方から、小さく鳴くような声が聞こえる。


 声のする方を見てみると、両手に鞄を持った少女が顔を真っ赤にしているのが見てとれた。

 低倍率といえども、室内のような近距離であれば、その顔をはっきりと確認できる。


 少女はしばらく硬直していたが、鞄を下ろすと単眼鏡を取り返した。


「失敗作だから…… 見ちゃだめ」

「失敗作? これが?」


 望遠鏡としてもそれなりに使えそうな代物なのに、失敗作とはどういうことなのだろうか?


「王立軍に持っていったら、こんなの目で見ればいいからいらないって言われた」


 ああ、なるほど。

 多少拡大して見えるとはいえ、この程度の倍率なら、肉眼でも見ようと思えば見れてしまうしな。

 その王立軍の人物は、わざわざ道具を使う手間を嫌ったんだろう。


 単眼鏡を使いたくなるようなメリットを付加するなら、やはり高倍率、高解像度な像を得られるようにしたいところだ。

 しかし、ガリレオ式では、どうしてもすぐに頭打ちになってしまう。


 これは技術レベルの上な方式に変えるしかない。

 この少女の技術であれば、実現可能なはずだ。


「王立軍もあっと言うようなやつにする方法があるんだけど、教えようか?」


 俺の提案に、少女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。


「……教えて」


 少女は横を向くと、小さくそう呟いた。


「よし、紙とペンを借りるぞ」


 ブラウザでポロプリズム式単眼鏡の内部構造を開き、それを参考にして紙に図を書き起こしていく。

 最初は横を向き続けていた少女も、じきに食い入るように図を見るようになった。


「この二つの山に光が通って…… なるほど」


 説明なんてしていないのに、もうプリズムの仕組みについて理解したみたいだ。

 プリズムは、反射を利用して倒立像を正立像にする部品で、ポロ式とダハ式の二つの方式がある。

 今回ポロ式にしたのは、比較的構造が単純で、ダハ式より高度な精度を求められないからだ。


「よし、書けたぞ。どうだ? 作れそうか?」


 少女は、真剣な面持ちで俺の書いた図を見ている。


「やってみないとわからない。ちょっと待ってて」


 そう言うと、工房の真ん中の作業台に向かい、ガラスに細工をし始めた。

 その手つきは滑らかで迷いがなく、熟練のオーラを感じさせる。


「お兄さん、名前は?」


 作業を続ける少女が口を開いた。


「イブキ。Gruppeのクランマスターをやっている」

「ふーん、私、セレン」


 そう言うと、セレンはまた無言で作業に戻る。


 黙々と手を動かし続け、一時間くらい経過したところで単眼鏡が形になった。

 少女は、完成した単眼鏡を通してまっすぐ俺を見てくる。


「……うん、良い」


 単眼鏡で覆われていない方の表情を見るに、結果は上々のようだ。


「はい、イブキも」


 手渡された単眼鏡を通して景色を見てみる。


 うん、倍率も高いし像もシャープだ。

 これなら王立軍のお偉いさんも唸ることだろう。


「良いんじゃないか? これならバッチリだよ」


 改良の終わった単眼鏡を返すと、入れ替わりのように鞄を渡された。

 結構重く、両手にずっしりとくる。


「それが金貨千枚ね」


 なるほど、だからこんなに重いのか。

 インベントリに収納して…… いや待てよ?


「なぁ、この金貨千枚でセレンの腕を買えないか?」

「――ッ!?」


 セレンの顔が、またもや真っ赤に染まった。


「まっ、まままま、まさか、イブキにそんな趣味が!」

「そういうんじゃないって! セレンの腕前で作って欲しいものがあるんだ!」


 少女の反応からして、とんでもない勘違いをされていたみたいなので、急いで情報を付け加える。


「そ、そういうことなら最初からそう言って…… それで、何が欲しい?」


 またペンを借り、先ほど使った紙の余白に、Kar98k用のスコープ『Zf.39』の図面を書いていく。


「ふんふん、ちょっと質問がある」

「なんだ?」


 セレンは図面の一部を指さす。


「このT字型の模様はどういうこと?」

「この模様に標的を重ねて狙いをつけるんだ。これを通して覗くと標的が大きく見えるから、もっと遠くの標的を狙えるようになるんだ」


 俺の回答に、少女は深く頷く。


「一週間あったら作れる」


 瞳をまっすぐ俺に向け、自信満々にそう告げた。


「でも良いの? これくらいだったら、金貨千枚なんか貰わなくても、さっき教えてもらったお礼に作っても良いくらいなのに」

「これからもセレンの世話になりそうだからな。その時の手付金も込みってことで」


 今日はKar98k用のスコープだけだが、ゆくゆくは様々な光学機器を製作を依頼するかもしれない。

 その時の布石と考えれば、金貨千枚くらい安いもんだ。


 もしスコープが上手くいけば、『Lafetteラフェッテ42』なんかも作ってみたいな。

 これはMG42を重機関銃として運用するための三脚で、光学照準器を併用すれば、三五〇〇メートルもの先の目標を有効射程に入れることができる。

 王都会戦のような戦いがまた起きれば、きっとその実力を遺憾なく発揮してくれるはずだ。


「それじゃぁ、一週間後ぐらいにまた様子を見にくるよ。じゃぁな」

「うん、また」


 パタン


 工房の扉が静かに閉じる。

 外はまだ明るい。


「時間はあるし、クランハウスについて聞きにいってみるか」


 そうして俺は、冒険者ギルドへと向かった。

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