第4章 キアリミル聖教国

第31話 クランハウスお披露目

「さて、心の準備はいいかい?」

「ああ、ばっちりだ」

「私も大丈夫」

「お、おお、おお……」


 俺たちGruppeの三人は、生産者協同組合の受付嬢さんに連れられ、クランハウスのお披露目にやってきた。

 リエはわりと平然としているが、アキレスは目の前の建築物に圧倒されている。


 斜面に建てられたクランハウスは三階建ての構造で、一番下の階は石造りの半地下構造になっている。

 東側にある玄関は大きな両開きの扉で、その先のロビーは下に降りる階段、左右の廊下に繋がっていた。


「左側がクランの実務用の部屋で、執務室、会議室、応接間を用意してあるよ。そんでもって、右側が生活用の空間だな」


 左と右で別れてるから、仕事とプライベートを分けれるってわけか。

 プライベートの空間をリラックスできるものになるので、これはありがたい。


「まずはリビング。要望どおり、天井まで吹き抜けにしてある」


 そこには、とても開放的な空間が広がっていた。

 広い部屋、吹き抜け、南向きの大きな窓。

 これらが組み合わさり、まるでテラスにいるかのような錯覚に陥る。


「外がすごい綺麗だよ! 草原が遠くまで続いてる!」


 リエが興奮気味に窓の外を見ている。

 ここは小高い丘の上にあるので、遠くまでよく見えるな。


「ソファーもすごいぞ! 包み込まれるような柔らかさだが、柔らかすぎないんだ」

「そうなのか? どれどれ」


 恐る恐る腰掛けたアキレスの隣に座ってみる。

 

 おお、確かにこれはやばい。

 眠気のあるときに座ろうもんなら、イチコロで夢の世界に送られてしまうだろう。


 上を見ると、南側の高い位置に、美しい模様のステンドグラスがはめられていた。

 一体誰が作ったんだろうか。

 ちょっと気になるな。


「そしてこっちがダイニング、奥にはキッチンがあるよ」


 ダイニングには八人は座れそうな長テーブルが置いてある。

 それより人数が増えたとしても、リビングの方にもう一つテーブルを置けば対応できそうだ。


 キッチンも広く、大人数のパーティーの際でも、調理スペースに困ることはなさそうだ。


「二階にはリビングの階段から行くことができる。部屋は三つで、大きな物置もある。寝室にぴったりだよ」


 それぞれの部屋には、おあつらえむきにベッドが置いてある。

 これなら今日の晩は、ゆっくり休むことができそうだ。


「イブキくんはどの部屋を使うの?」


 そう言われれば何も考えてなかった。

 俺、リエ、アキレスの三人で住むとして、一人一室か。

 部屋の位置によって色々とメリットはあるが、どうしようか……


 いや、もう適当でいいか。

 どの部屋でもそんなに変わりはしないだろう。


「じゃあ、この部屋にするよ」


 俺が選んだのは、階段に近い一室。

 日差しがいいだの面積が広いだのよりも、楽に生活できることを選んだ。


「その部屋にするんだね。わかった、ちょっと待ってて」


 そう言うと、リエは他の一室からベッドを一つ出して、俺の部屋に持ち込んでしまった。

 大きな物音がした後、彼女は満足げな顔で部屋から出てくる。


「ど、どうしたんだ? もしかして布団派だったのか?」

「ううん、私もイブキくんと同じ部屋で寝るから」


 ベッド派か~。奇遇だ、一緒だな~。

 じゃない!!

 一つ屋根の下どころの話じゃないぞ!


 デグラムボアを討伐しに行ったときも同じようなことがあったが、あの時は忙しくて結局ナニもシテいない。


 しかし、今度は違う。

 据え膳食わぬはの状況に陥るのは想像に容易い。


「この前は、イブキくんが一人で寝てるところを攫われたでしょ? 私も同じ部屋で寝たら、あんなことにならないと思って」


 そんな真剣な理由で考えてくれていたとは……

 アッチ方面の考えにしか至らなかった自分が恥ずかしくなってくる。


「それなら私も同じようにしよう!」

「うん! 二人のほうがイブキくんを守りやすいしね」


 そして、アキレスが残りの一室からベッドを移動させる。


 だいぶ狭くなってしまったな、俺の部屋。

 いや、三人の部屋か。


「最後に、一番下の階には家事室と馬車置き場。面積が広いから、多目的になんにでも使えるよ」


 家事室は家事に使うものを集約してある部屋だ。

 洗濯用のシンクや掃除道具などが色々と置いてある。


 そしてこの、外と木製シャッターで区切られた馬車置き場…… ガレージと呼ぼう。

 ガレージは広い空間が確保されていて、リフトだって置けそうなくらいだ。

 上げる車はないけどな。


 でも、広い分に困ることはない。

 作業台でも置いて、存分に銃器制作に励むとしよう。


「これで全部だね。なにか不満なところはなかった?」


 受付嬢さんは腰に手をあてて、一息ついた。


「最高の仕上がりだよ。本当にありがとう」

「それは良かった。はぁ…… じゃ、私は職場に戻らなきゃいけないから、ここらで失礼するよ」


 ものすごく大きなため息をついた受付嬢さんは、重い足取りで階段を登っていった。


 これからあのブラック職場に戻るとなれば、ため息の一つもつきたくなるか。

 いつか、あの環境が改善されると良いんだが……


「それでイブキ、今日はこれからどうするんだ?」

「さっそく新しい銃を作ってみようと思う。MG42は奴に持っていかれてしまったしな。リエとアキレスは?」

「買い物かな~。家具とか見に行ってみたいし」

「私は…… もう少しあのソファーに座ってくるとしよう」


 アキレスは、リビングのソファーがお気に召したみたいだ。

 そういうことなら、好きなだけくつろいでもらおう。


「夕方にはリビングに集まろうか。それまでは、各々自由行動ってことで」




 ◇◇




「さて、やるか」


 サクッと用意した作業台の前に立ち、インベントリから材料を取り出す。

 すると、視界の端に、エルフの少女が飛び込んできた。


「……なにをやるの?」


 目の前にいきなり出てきたのに驚いて、思わず一歩下がる。


 と、なんだセレンか。

 それなら安心だ…… って、なんでここにいるんだ?

 クランハウスについては何も話してないはずだぞ?


「銃を作ろうとしてたんだ。セレンはどうしてここに?」

「ステンドグラスが、どんなふうになったかを見に来た。ほら、リビングの」


 セレンは人差し指を上に向ける。


 ああ、あれか。

 誰が作ったんだろうか気になっていたが、セレンがやってくれたのか。

 どうりで綺麗なわけだ。


「ねえ、銃ってなに?」

「銃ってのは、誰でも使えるようになる弓みたいな武器だ」

「それはすごい! 国の戦士のみんなに配れたら、戦闘力が何倍にもなる」


 普段ポーカーフェイスなセレンが、珍しく表情を変えた。


「国に納められるような量は、まだ作れないんだけどな。今は自分のとこの分だけで精いっぱいだ」

「でも、すごいのには変わらない。私にも銃見せて」

「わかった。今から作るから自由に見てくれ」


 さて、今回作るのは『Gewehr 43』というセミオートマチックライフル。

 Gew43やG43、K43と呼ばれている銃だ。


 セミオートマチックライフルというのは、引き金を一回引くごとに弾が一発発射され、同時にマガジンから次弾が送り出されて薬室に装填される機構だ。


 Kar98kのようなボルトアクションライフルとは違い、いちいちコッキングをしなくても良いという利点がある。

 MG42に比べて火力には劣るが、逆にじっくり狙うことができるので、弾薬を浪費することがない。


 Kar98kでは火力が足りないし、MG42では弾薬を使いすぎてしまう。

 そんな過去の戦訓からはじき出された最適解が、このGew43というわけだ。

 フラップロック式ロッキングメカニズムにガスピストン方式による自動装填システムと、Kar98kより格段にややこしい作りになっているので、きちんと作れるか不安だがな……


 しかし、三種類もの銃を作ってきた俺にはそんな心配は不要だったらしく、スムーズに完成させることができた。


「よし、完成!」


 出来上がったGew43をセレンに手渡す。

 それを彼女は両手で手に取った。

 まるで、プレゼントを受け取ったときのような顔を浮かべている。


 ……セレンが持つと大きく見えるな。

 一応、形状はKar98kに近いはずなんだが……


「もしかして、これにスコープがつくの?」

「この前作ってもらったやつは無理だな。けど、同じようなスコープならつけられるぞ」

「また欲しいのがあったら教えて。頑張って作るから」


 彼女は口元を結んで、ガッツポーズを作る。

 やる気満々だな。


「そう遠くないうちに頼――」


 コン コン コン


「ん、なんだ?」


 上から聞こえるノック音が会話の腰を折った。


「今の音は玄関から?」

「みたいだな、ちょっと出てくる」


 普通に考えて、誰かが訪ねてきたのだろう。

 これでもクランハウスの主なので、訪問者にはきちんと対応せねばならない。


 階段を上がり、玄関の扉を開ける。


「お初にお目にかかります。私はミルシア・ローヴェンス。あなた方Gruppeに依頼をしたく、キアリミル聖教国より参りました」


 扉の向こうにいたのは、それはもうハンサムなつり目のエルフの青年だった。

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