第32話 依頼
「私はミルシア・ローヴェンス。あなた方Gruppeに依頼をしたく、キアリミル聖教国より参りました」
ローヴェンスという名のつり目なエルフの青年は、胸に手を当て、とても優雅に頭を下げている。
もしかして、これが冒険者ギルドを通さずにクエストを受注するってやつか?
こんなにすぐ依頼が舞い込んでくるとは、我がGruppeもなかなかに名が売れているらしい。
「俺はイブキだ。まずは、どんな依頼なのか聞かせてもらおう。こんなところで話すのもなんだ、入ってくれ」
「ご配慮痛み入ります」
ローヴェンスを招き入れ、応接間に通す。
せっかくあるんだし、使ってみようじゃないか。
机を挟んで互いに椅子につくと、ローヴェンスが話を切り出した。
「我々の依頼は単刀直入に言うと、王国の暴挙から我が国を守って欲しいというものです」
「暴挙ぉ!?」
これっぽっちも想定してなかった話に、思わず椅子からすっ転びそうになる。
「ぼ、暴挙とは何かの間違いじゃないのか? 王国がそんなことをするとは思えないぞ」
「いえ、間違いではありません。王国は連邦を魔王軍の下から解放こそしましたが、その後は構成諸国を傀儡国としようとしているのです」
真っ直ぐに見つめてくるローヴェンスの目は、いたって真剣なものだ。
この話、与太話のようには思えないな。
王国と連邦は百年戦争をやっていたんだ。
傀儡化するという考えに至ったとしても、おかしくはない。
「イブキ様、連邦の構成種族はご存知でしょうか」
「構成種族か…… レドニーツァの街じゃ獣人をよく見かけたし、獣人か?」
「当たらずとも遠からずですね。連邦の住民は、亜人がその多くを占めます。各種族が小さな国を作り、それが連なって連邦という大きな国家を掲載していたのです」
つまるところ、多種族国家ということか。
『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』という言葉が思い浮かぶ。
「色んな種族がいるってことは、内戦とかもあったのか?」
「帝国の崩壊後、数年間は内戦が頻発していました。ですが、我が国が主導して鎮定させてからは、一度も起きていません。近年は戦争に魔王軍で、それどころではありませんでしたから」
やっぱり起きてはいるのか。
多種族の共生はそれだけ難しいということか。
「今の話を頭に入れた上で、人族の統治する王国の傀儡となった場合、どのような事態になるか考えてみてください」
「……いい方向に進みそうに無いのは確かだな」
種族が違えば、文化、風習なんかが異なる。
それが軋轢を生み、後に迫害へと発展するかもしれない。
よし、決めた。
依頼を受けよう。
困ってる人は絶対に助けると決めたんだ。
王国に背くことになるので禍根を残してしまうかもしれないが、そんなの知ったことか。
後で何か言われたとしても、それはその時に考えればいい。
「依頼を受けるよ。それで、俺たちはいったい何をしたら良いんだ?」
そう告げると、ローヴェンスの顔が一気に明るくなった。
「ありがとうございます! 十日後、キアリミル聖教国の教都エルフェンで、傀儡化に対する反対運動が起きます。それをたまたま来ていたGruppeの方々に見ていただき、その様子を王国の高官に伝えて頂きたいのです」
「なるほど、プロパガンダの一端を担うわけだな」
たまたまというのがポイントだな。
俺たちが反対運動を見かけたのは、あくまで偶然で、他意はない。
王国の高官に話を信じてもらうため、そこは徹底してやる必要がある。
「それで、キアリミル聖教国はどこにあるんだ?」
「こちらの地図をご覧ください」
ローヴェンスはどこからともなく地図を出す。
その地図は国王に見せてもらったものとは異なり、大陸の形が大ざっぱ、国の形も違う気がする。
一応、街道については記されているので、これで不自由はしていないのだろう。
「我が国の位置はここ、アネア大陸西部のキアリミル高地にあります。王都からですと、首都のエルフェンまで、おおよそ六日となります」
「わかった。地図を写させてくれるか?」
「それには及びません。こちらの地図は差し上げますので、どうぞお使いください」
地図を丸めて渡されたので、俺はそれを受け取った。
「明後日、私の息のかかった商人が王都からエルフェンに向かう予定です。その護衛として来ていただければ、怪しまれることもないかと」
「
例えば、魔王軍やドラゴンなんかの強力なモンスター。
あのあたりに行く手を阻まれたら、回れ右して引き返すしかないだろう。
「道中に現れるモンスターはせいぜいデグラムボアくらいですし、我が国周辺には魔王軍もおりません。それに、たった一人でドラゴンを討伐されたとの名声も聞き及んでいます。問題はないかと」
一人でドラゴンを倒したといっても、まだ子供のドラゴンだったんだけどな。
まあそれでも、異国の地にまで俺の評判が届いてるのは、素直に嬉しい。
これに思い上がらず、一つづつ着実に功績を積み重ねていこう。
「報酬については、エルフェンで相応の物をお渡しいたします。それでは、私はそろそろ失礼します。あと、この話はくれぐれも内密にお願いします」
ローヴェンスは席を立ち、椅子を戻した。
「わかった。せっかくだし、見送らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
応接間を出て、ローヴェンスを玄関に案内する。
すると、右手の階段からセレンが上がってきた。
彼女はキョロキョロと誰かを探しているかのようだ。
「イブキ、どこ? いったいいつまで話してる――」
「姉様っ!!」
セレンの小さな声をかき消す勢いで、ローヴェンスが叫ぶ。
彼女はそれに体をビクつかせ、叫び声の方を見た。
「ロー…… ヴェンス? なんでここに?」
「それは私の台詞です! 姉様こそ、なぜこんなところにいらっしゃるのですか!」
ローヴェンスは俺の体を押しのけるようにセレンの前に向かい、その手をとった。
セレンは目をギュッと絞って、顔をうつむかせている。
「姉様! お答えください!」
萎縮し続けるセレンを、ローヴェンスは矢継ぎ早に捲し立てる。
さっきまでの行儀良さは、どこか彼方に飛んでいってしまったのか?
「ローヴェンス、一旦落ち着け。セレン、俺の後ろに下がってろ」
ローヴェンスとセレンの間に割り込み、二人を引き離す。
俺の後ろに隠れたセレンは、背中をギュッと掴んだ。
「イブキ様! どいてください!」
「だから落ち着け。俺がちゃんと聞いてやるから、冷静に話し合うんだ」
額に皺を寄せてすごい剣幕で寄ってきたローヴェンスは、体を震わせながら一歩、二歩と下がった。
「まず、俺から質問させてくれ。『姉様』とはどういうことだ?」
「イブキ様の後ろにいるのは、ミルシア・セレリーナ第一王女、私の姉です」
「セレン…… 本当なのか?」
後ろを向いて確認すると、セレンはこくりと一回頷いた。
どうやら本当らしい。
「私からも質問させてください。姉様とイブキ様は、一体どのような関係なのですか?」
その質問を聞いて、セレンは背中を握る手を強めた。
「……パートナー」
うん、確かにビジネスパートナーだな。
でも、その言い方で大丈夫なのか?
なんか誤解を生んじゃったりしないか?
「クッ……ッ! なるほど……ッ! では、ここにいた理由も、イブキ様に会いに来たということですかッ」
面食らった顔のローヴェンスは、引きずり出すようにして次の質問を繰り出す。
「……うん」
少しの間を開けて、セレンが静かに答えた。
それを聞いたローヴェンスは、諦観した表情で両手に握りこぶしを作る。
「わかりました、姉様。そういうことでしたら、兄上に報告させていただきます」
そして、目線を俺に向けた。
「イブキ様、エルフェンにお越しいただく際は、姉様と共にお越しください。そして、大神官様に謁見していただきます。よろしいですね?」
「あ、ああ」
ローヴェンスの圧力に、俺は思わず承諾してしまう。
「姉様も、エルフェンにてお待ちしております。では、また」
そう言うと、彼は玄関から出ていった。
セレンは、まだ俺の後ろに隠れている。
「……ごめん、変なことに巻き込んで」
「良いさ、気にしないでくれ」
突然のことで、セレンも混乱していたのだろう。
言葉足らずでローヴェンスに誤解されてしまったような気がするが、それを解くのは次会ったときでも遅くない。
遅くない…… よな?
「でも、ローヴェンス言ってることは、イブキにとっても悪いことじゃないと思う」
「どういうことだ?」
「エルフ族は、みんな高い技術を持ってる。仲良くなれば、スコープをもっとたくさん作れるかも」
それはなかなかに魅力的だ。
どうしてもセレンだけでは生産量に限界がある。
複数人で作れば、各人の負担も減るだろう。
スコープを作れるだけの技術力があるなら、他の精工な部品も作れるかもしれない。
だが、それとこれとは違うだろう。
「俺のことは気にしなくて良い。セレンの思うようにやってくれ」
これはセレンの問題なんだ。
俺の私情を挟むべきではない。
「ありがとう」
まっすぐ俺を見た彼女は、微笑んでそう答えた。
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