第33話 落下
パチン チ チリッ…… チ パキッ
穏やかに燃える焚き火が、真っ暗な森を淡く照らす。
「星が綺麗に見えるね。……大丈夫? ちゃんと起きてる?」
リエが肘で俺をトンと突く。
「起きてるよ。夜の見張り番も今日が最後だ。しっかりと見張らなきゃな」
現在、俺たちGruppeの面々とセレンは、商人の護衛としてエルフェンへの街道を進んでいる。
目的地まではあと一日。
今晩はキアリミル高地の谷底を通る街道の端で野営し、夜明けに出発して昼には到着する予定だ。
「さて、そろそろ見回りの時間だ。トラップが機能しているかチェックしよう」
野営地の周りにはトラップが仕掛けてある。
とはいっても、そんなに凶悪なものじゃない。
鈴のついたロープに侵入者が引っ掛かったら音が鳴るという、ごく単純なものだ。
リエと共にトラップの位置に行き、ロープがきちんと張られているか確認する。
「よし、ここは大丈夫だ。次に行こッ――ッ!!」
いつものように足を踏み出す。
しかし、その先に地面の感触は無かった。
崩れてしまった姿勢は立て直すこともできず、俺は地面の下に落下していく。
「まさか! 落とし穴!?」
ガッ ゴッ ガッ
直下に続く筒のような穴に、何度も何度も体をぶつける。
しかし、穴の底にはまだたどり着かない。
「いったいどこまで続いてるんだ……?」
上も下も真っ暗だ。
この先がどうなっているのか全くわからない。
「クッ…… Gが」
穴の筒がぐわんと曲り、全身の血液が旋回の外側に押し寄せる。
気がつくと、水平方向に筒の上を滑るような格好に変わった。
進行方向を向くと、眩い光に目が眩んだ。
「光!? なんでここに!?」
考える暇も与えられず、俺は空中に放り出された。
体がふわりと浮く。
眼下には、盆地のような場所にある街並みが広がっていた。
「なんでこんなところに街が! って、今はそんなことを考えてる場合じゃない!」
謎の街並みについて考察するのは後だ。
今は、この状況からどうやって生き延びるかだけを考えよう。
「減速する手段はない。となると、衝突の衝撃を和らげるしか…… そうだ、あれを使えば!」
インベントリを操作し、一つのアイテムを取り出す。
瓶に入った、毒々しい緑色のドリンク。
全回復薬だ。
俺は、これに全てを賭けることにした。
「まだだ…… まだまだ」
落下点を予測して、飲むタイミングを測る。
「今だ!」
一気に回復薬を飲み干し、衝撃に備える。
人事は尽くした。
あとは助かるのを祈るだけだ!
ドガッ ガッ ゴッ ガッダダダッダッダ ダダ
「カハーーーーッ ゴホッ」
体が、熱い。
燃えるように、熱い。
指を動かそうとしても、ピクリとも反応しない。
いったい俺は、どうなっちまったんだ?
しかし、熱いのは一時だけだった。
しばらくして、体の各部から熱が引いていく。
熱が引いたところから感覚が戻り、五分もすると体は元通りになっていた。
恐るべし、全回復薬の力。
もしこれが現実世界にあったら、発明した者はノーベル賞もんだろう。
「さて、ここはいったいどこなんだ?」
服についた砂埃を払って立ち上がる。
Gew43はどこかに消えていた。
まず目に入ってきたのは、石造りの家が立ち並ぶ街並み。
街灯がそれを明るく照らしているが、空を見上げても星は一つも見えない。
まずは情報収集だな。
街を歩いていると酒場を見つけたので入ってみる。
中は見事な髭を貯えたドワーフ達で繁盛していた。
「お、あれは人族か。ここらでは久しぶりに見るな!」
酒場の中央で丸テーブルを囲む三人のドワーフの一人が樽ジョッキを煽ってそう言った。
そして樽ジョッキで机を叩き、「もう一杯!」とマスターに告げる。
「兄ちゃん、一人ならこっちに来な!」
同じテーブルのドワーフに誘われた。
せっかくなので、お招きにあずかるとしよう。
「ありがとう、色々知りたいことがあるから助かるよ」
「お、なんだ? その知りたいことってのは」
新しいジョッキの到着した左側に座るドワーフが、すぐにそれを飲んで聞く。
「この街のことについて知りたいんだ」
「なんだ、そんなことか。まず、この街はな――」
教えてもらったことを要約すると
・ここはマラドマという地下都市
・昼夜の概念は存在しない
・都市にはドワーフ族が住んでいる
・主要産業は鉱業と鍛治業
・都市の位置はエルフェンの直下
と、こんな感じだ。
この街がエルフェンの直下にあると知って、ホッと胸をなでおろす。
知らない場所に飛ばされていたらどうしようかと思った。
デスルーラで王都に戻る手はあるが、それだとローヴェンスの依頼に間に合わない。
依頼の日時まではあと四日あるので、それまでにエルフェンに行って皆んなと合流すれば良い。
「ここからエルフェンに行くにはどこを通ればいいんだ?」
俺が続けて質問をすると、ドワーフは三人とも難しい顔をした。
「エルフェンに行きたいのか。残念だが、それは無理だな」
「地上に行く唯一のトンネルに、フェルムモールが居座ってはな…… あいつがいなくなるまで、行き来は出来んよ」
左のドワーフの発言を、右の寡黙なドワーフが補強する。
居座るってことは…… フェルムモールというのはモンスターか?
そういうことなら、倒してしまえば通れるじゃないか。
「そのフェルムモール、俺が倒す。そのトンネルの場所を教えてくれ」
「フッ――」
三人のドワーフが息を漏らす。
「「ガーッハッハッハ!!」」
「クッ…… ククッ」
勢いは止まらず、酒場の中に笑い声が響き渡った。
「一人で倒そうなんて出来っこない! なんせ、相手は倒すのに冒険者が百人必要な地中の覇者だぞ!」
「一人で行っても返り討ちにあうだけだ! やめとけやめとけ!」
「奴を倒そうなど思わない方が良い。命が惜しいならな」
どうやら、フェルムモールというモンスターは相当に強いらしい。
ドワーフ三人から猛烈な反対を受ける。
だが、そこまで言われると、余計に倒したくなってしまうじゃないか。
すると、ふと視線を感じた。
いったいどこから見られているのだろうか。
探してみると、酒場の隅で孤独に酒を嗜むドワーフが俺を見ていた。
俺がそいつの視線に気づいたとみると、スッと視線を外した。
「お、どうした? あいつが気になるのか?」
笑い尽くした左のドワーフが、耳打ちするように聞いてくる。
「あ、ああ、なんか見られたような気がして」
「悪い事は言わないから、あいつと関わるのはやめとけ。何考えてるのかよくわかんねえ奴だからよ」
左のドワーフが、横目で隅のドワーフを見ながら忠告してくる。
本当にそうなのだろうか……?
パッと見、悪いやつのようには見えないけどな。
「ちくしょう、もうお開きか」
正面のドワーフが巾着財布を逆さにして振る。
しかし、その中はすっからかんだった。
「さて、ワシらは帰るとするか。またな、人族の少年」
と言い、三人のドワーフは酒場を後にした。
一人となったテーブルに肘をつき、俺は悩み続ける。
「冒険者百人ってことは、強さはドラゴンと同じくらいだ。弱点さえ見つければ、俺一人でもなんとかなるか……? いや、あの時は辛勝だった。事前にフェルムモールの情報を仕入れて、確実に勝てるような算段を立てないと」
独り言をぶつぶつ呟き、考えを整理する。
この街のことについてはわかったので、次はフェルムモールについての情報収集が必要だろう。
ふと気になり、先ほどの隅のドワーフをもう一度見る。
すると、そいつはまたもや俺に視線を送っていた。
今度は目を逸らすことはなかった。
それどころか、人差し指をテーブルに打ち付けている。
まるで、こっちに来いと言わんばかりに。
「話を聞くだけなら…… 大丈夫だよな」
そう、聞くだけ。
話を聞くだけだ。
せっかく忠告をしてもらったが、やっぱり気になるものは気になる。
話してみて、本当に変なやつだったら尻尾巻いて逃げよう。
誘いに乗って、そいつの対面に座る。
「お前、本当にフェルムモールをやる気なのか?」
俺が座るなり、そいつは気だるそうに語りだした。
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